第80話 「こんな力、何にもならないよ。でも」
「――お前程度の力がっ! なんになるって……!」
「何にもならない」
『正面に立っていたあたし』に、声をぶつけていた『サットの後ろから』、『あたしが声をかける』。
「え……?」
サットが僅かに頭を後ろへと――『あたしのいる方』へと傾ける。
その直後、『あたしに蹴られた』20体余りの眞化人は、全員後ろへと吹き飛ばされ、地面を盛大に転がった。
「なっ……!?」
「今……何が起きた……!?」
パルティスや、村の人たちが訳も分からず声を漏らす。
そして、サットも。
「な……なんで、そこに……? いま……目の前で、僕と喋って……」
あたしはそのまま、震える声のサットの横を通り過ぎて、元の場所へと歩く。
「こんな力、何にもならないよ。でも、何かを成すことに、役には立つんだ」
サットに背を向けたまま歩き、ギルヴスさんとすれ違った直後、立ち止まった。
「……覚悟はできたか、小娘」
「……はい」
背を合わせるように、ギルヴスさんと会話する。
寝ているマキュリを見つめて……あたしは頬に一筋の涙を流していた事に気付いた。
「……」
指で涙をぬぐう。今は、泣いている場合じゃない。
そもそもあたしは泣くことすら許されない。
あたしは跪き、静かにマキュリの手を組ませてあげた。
ゴメン……今してあげられることは、これが精いっぱいだよ……。
「この力を、受け入れる覚悟はできました。……でも」
「ああ。人を殺す覚悟はどうだ」
「……」
その葛藤はまだ、振り払えてない。
眞化人は眞性異形化したとはいえ、人。
それに手を下すという事については、さっきまで抱えてた悩みとは完全に別の問題だ。
あたしは……その覚悟は……。
「それは私たちが引き受けるわ」
「えっ……?」
顔を上げるとそこに。
「第参英霊級スキル。凄まじい力ね。――外は全部お任せしてもいいかしら?」
『あたしの仲間たち』がいてくれた。
「勇者は世界の希望よ。怪物になってしまったとは言え、人を殺すという負い目を、この世界の住人ではないあなたが背負う事はない」
「プルパも、だいじょうぶだし。プルパは、怪物だから……ふふっ……人を殺すのはやるんだし……!」
「イツカ、泣かないで! ボクたちがついてるよ!」
各々の笑顔で、あたしを気遣うみんな。
そしてヴァイスさんはみんなの最前面に立って、一人の眞化人をぐっと睨みつける。
「ゴルト……なんという姿か……! 貴様に正しき引導は、俺が渡す!」
それにこたえるように、一際大柄な眞化人はハルバードを構えなおした。
あたしの傍らで、ギルヴスさんが弾丸を込め直して、みんなと同じ方向を見つめながら言う。
「小娘……イツカ。テメェはテメェの役割をこなせ。料理は担当のシェフが責任をもって作り上げるもんだ」
「……うん、分かりました」
あたしは村の正門の方へと視線を向けた。
「イツカ、リロも一緒にお願い」
「え?」
ランの言葉に、あたしは僅かにそちらへ視線を向ける。
「リロの幻獣は人を殺傷するために動けないの。それに、リロの純粋さにも傷を負わせたくない。ね?」
「ありがと、みんな……ボク、イツカのために頑張るね?」
「うん」
「リロ……行くんだし……」
「リロはゼノグリッターを持って行きなさい」
「はーいっ!」
リロが軽く念を凝らすと、ギルヴスさんの銃撃で飛び散った周辺のゼノグリッターが、紫色の輝きを伴ってその手に集まる。
それを見て、あたしはリロと一緒に、ランたちとは反対の方向へと歩き出した。
「ま、待てよ! お前らが出て行ったところで、なんにっ……!」
銃声。
「食材はグダグダ喋るもんじゃねェ。大人しく捌かれる事だけ考えてな」
「なに、をっ……!」
「奇術の使い手よ! 王国より選ばれし勇者の護衛である我らが告げる! 我らを踏み越える事なくして、ファーレンガルドの勇者に触れること能わず! 望みあらば、まずは我らと尋常に刃をかわすべしっ!!」
「ふざけんな……邪魔だぁっ!!」
そんなやり取りを聞きながら。
あたしはリロと一緒に、村の防壁の櫓へと昇っていく。