第77話 「もう、全部……この手で終わりにするっ!!」
◆◆◆視点変更 『勇者 イツカ』◆◆◆
山へと向かおうとするあたしが足を止めたのは、その巨体が正面からゆっくりとあたしに向かって歩いてきたからだった。
「……パルティス!」
そして、その顔があまりに沈痛な色に染まっていたから。
「……どう、したの?」
声をかけるのも躊躇われたぐらいだったが、聞かないわけにはいかない。
「……勇者様よ……落ち着いてくれよな」
「なに……を?」
重々しく口を開いたパルティスが横によける。
その後ろで、サットが同じく悲痛な表情で抱き上げていたのは――。
「……マキュリっ!!?」
力なく腕の垂れたその体。
そして『その体』を見て、あたしは悲鳴にも似た声を上げてしまった。
「眞性異形化……っ!」
左肩が盛り上がり、そのせいでややはだけた衣服の肩口から、鉱石のようなものが首元へ張り出している。
……ゼノグリッターだ。
「なんで……どうして……っ……!」
「ファバロで、見つかった……見つけた時には、もう……」
パルティスが言葉を詰まらせる。
そして、サットが一歩、二歩と前へ出て、崩れるように膝をつくと、ゆっくりとマキュリを地面に置いた。
「マキュ……リ……」
あたしは震えながら手を伸ばす。
土色に変色した肌。肩のゼノグリッター。
あのかわいくて、微笑んでいる所を見ているだけで触りたくなるような白かったほっぺは見る影もなく。
そして閉じられた目が開くところを想像することが出来ないほどに、マキュリと言う意識はその体から失われていた。
それでも、その頬に、その目蓋に触れたい……。
それで何が起きるという事もないけど……それでも今のこのマキュリが信じられなくて……信じたくなくて――
――パンっ!!
「いたっ!?」
あたしの伸ばした手が払われる。
「……サッ……ト……?」
信じられない事に、それをしたのはマキュリを抱きかかえていた、サットだった。
周囲も何が起きたか分からないといった風情で状況を見守る。
「お、おい、サット……お前、何して……」
「……君のせいだ」
「えっ……」
サットの言葉はパルティスを無視して、あたしに向けられている。
「勇者イツカ……君がいなければ、マキュリはこうはならなかった……っ……!!」
「さ……サット……?」
「なっ……馬鹿野郎! テメェ自分が何を言ってるか分かって――!」
「黙ってろ、パルティス……!」
「何っ……!?」
およそその細い体からは発せられそうもない低く、鋭い声に、パルティスもあたしも声を失う。
そして……!
「た、大変だぁぁっ! ……壁の向こうに……うっ……うわああああっ!!」
轟音と共に、視線の先の、村の裏手の防壁が、ダンボールか何かのように吹き飛ぶ。
その先に現れたのは、先日のあの大きな体の、ハルバードを持った眞化人。
更にその周りの防壁にも数度衝撃が加わって弾け飛ぶと、更に眞化人の一群が現れた。
その数、20体以上。
「な、なんだ、ありゃ……!?」
「あれも、眞性異形だってのか!?」
村の人たちがざわめく中、ゆらゆらと幽鬼のように、眞化人の一群が村へと侵入し、こちらへと向かってくる。
体格はばらつきがあるけど、みんな一様に頭に何かをかぶって、肩のゼノグリッターがむき出しの状態。
あまりに異様なその姿に、村人はみんな気圧されたように、各々の武器を身構えつつも動けないでいた。
そんな中、ゆらりと立ち上がって、その一群へ向かって歩きだすのは。
「……」
サットは、横並びになって控えた眞化人の真ん中に立って振り返る。
「サット……どうして……そいつはお前の仕業か、サットぉぉっ!!」
まるで別人のような歪んだ微笑みを向けながら、サットが口を開く。
「パルティス……この村はね、一度滅んでるんだ」
「……何っ……!?」
「それを守った僕には、この村をどうするか……生殺与奪の――いや、存滅与奪、とでも言おうかな? その権利があると思ってる」
「あ!?」
「マキュリを……守れなかった。僕は……自分をマキュリから偽り切れなかった! だからっ!!」
目を見開いたサットが、憎々しげに言い放つ……!
「もう、全部……この手で終わりにするっ!!」
「意味分かんねぇんだよ……! この、大馬鹿野郎がぁぁぁっ!!」
パルティスは持っていた鉄の鋤を振り上げて、サットに躍りかかる。
でも……!
『っ!!!』
その前にあの大柄の眞化人が立ちふさがり、振り下ろされるそれを防ぐ。
そして返す戦斧で、パルティスの巨体を薙ぎ払う……!
「……がぁぁぁああっ!!?」
数メートルは吹き飛ばされて地面に転がるパルティス。
「がっ……ぐくっ……くそっ……テメェ……!!」
体を起こすパルティスの左腕がぐしゃぐしゃに折れ曲がっている。
痛みで体を起こすのが精いっぱいと言った風だった。
村一番の怪力で武闘派であるパルティスが、一刀の下に叩き伏せられたことで、村人たちは完全に怖気づいたようだった。
「普通の人間が、こいつらを相手にしようなんて無謀が過ぎるよ、パルティス。もっとも……こいつを手に入れられたのは、僕にとって一番の収穫だったけどね」
サットは、その大男の眞化人の腕の辺りを軽く叩きながら、やはり歪な笑みを浮かべる。
そして、それを見て、ネイプさんが震える声で言った。
「ま、まさか……その方は……王国の伝令様では!」
「えっ……?」
「なん……だってっ……!?」
伝令様って……ヴァイスさんの親友の、ゴルトさん!?
「あのハルバード……お主たちは見ておらなんだやも知れぬが……ワシに儀礼をされた際にお見せくださった、王国の騎士団の物じゃ……!」
その場の全員が絶句する。
サットはうっすらと微笑みを浮かべながら、親指の先で人差し指の腹を弾いて遊んでいるかのようだった。
「サット……お前……どんだけの人間を手にかけたっ……!」
「手にかけたなんて人聞きが悪い。誰も生命としては死んでない。僕の下でこうして新たな姿を得て、役に立ってるだろう?」
「役に立ってる……だと!?」
「村を訪れた旅人や、行商人たち。この村を守るために、命を賭けて戦ってくれたんだ。彼らだって感謝の言葉が欲しいんじゃないのかなぁ」
「なんと、言う事を……! お主……もはや人を人として見ておらぬのか……! ……貴様を村に迎え入れたは……ワシの過ちだったというのか……!」
「え……?」
この村の人はみんな、村の出身者だと思ってたけど、サットは違ったのか。
そんなサットはため息をついて、やれやれというように頭を振る。
「村長。何が問題かなんて、そんな事……色んな事が起こり過ぎた今、どうだっていいんだ」
「何……?」
「ただ、この世界は平和じゃなかった。それだけの事だよ」
と、そんな事を呟きながら、世界を全て眺望するように空を見つめるサット。
「でも長い間の中で、その危険をどう受け止めて、どう対処すればいいか。人々は少しずつ環境に適応していったはずなんだよね。それはそれで、このファーレンガルドの在り方なんだって僕は思ってる。人はその中で生き方を見出して来たんだってね。……だけどさ」
サットが、ぐっとあたしを睥睨して。
「あんたが来たから、それがぶち壊された!」
「っ……!」
「来なければ来ないで、人は怠惰になる! いつか来るかもしれないと抱く希望は、叶わなければただの呪いでしかない!」
「呪……い……?」
「そうさ。誰も解くことの出来ない、人の心にのしかかる重しだ。しかも今……その平和を作るべき人が腑抜けてる……! だから僕は君を……勇者という存在を信じることが出来ない……!」
眞化人が、ザッと一歩前に出て身構え、それに合わせてサットはゆっくりと手を振り上げた。
「何もできないなら! 僕が全部終わらせて、人々は今までの生活を守ればいい! 眞性異形を一つの災害と考えれば、人は続いていける! 滅びも、営みも、世界の摂理だ! 今、僕も理解できた。この村一つが犠牲になることで、それが世に伝わるなら!」
サットの手が私に向かって振り下ろされて……!
「ユスティツア教団の意思は正しくファーレンガルドに広がるんだ!」
眞化人たちが一気に私たちへと殺到する!
……にも拘らず、あたしはただ、呆然と膝をついたままだった。
村人たちが恐慌の声を上げる。
ネイプさんが何か指示を出しているようだけど、パニックに陥った人たちには、何も伝わらない。
ただ、その中で、あたしは自分を見失ったように地面を見つめて、自問自答を繰り返す。
(あたしは……なんで、この世界に……)
無価値なら、あたしなんていらない。
この世界に不要なら……あたしは、このまま消されちゃえば……もう誰もそんな呪いになんて縛られることは……。
その時だった。
「腑抜けてる場合じゃねェ! 目を覚ませ!」