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第76話 「それを私達が信じなければ!」

 その下流側から、登ってくるようにこちらに向かってくる影がいくつもある。


 その姿は大小あるが、どれも人の身長だった。

 全員が上半身剥き出しの姿。

 女性型もいるようで、胸元を隠した服装をした人もいるみたいだけど、肩辺りが露出になっているのは同じ。


 そしてその肩には、剥き出しになった光沢のある石が連なっていた。


 それを、私はつい先日目の当たりにしている……。


眞化人シンカビト……!」


 全員、麻袋や木の面や兜、マスクのようなものをしていて、誰が誰だかは分からないが、逆にその異様な姿は見る人に不気味さを感じさせ――




 ――マキュリ、なのか?




「え……」


 不意に私の名前が呼ばれる。

 その声の出所を探すと、横並びの列を割って、前に出てきたのは……!


「っ……!」


 私はその姿に、息を呑むしかなかった。


「何……どうして、こんなところにいるの? 『――』っ!!」


 ――マキュリこそ、なぜ。


「もちろん聖謐巫女のお役目よ……! それを全うするために……私はここに来なければならなかった!」


 私は自信をもって、言い放つ。


「……っていうか、答えて。ここで、何をしているの? なぜその眞化人シンカビトたちと一緒にいるの!?」


 私の問いに、やや躊躇うような間があった。


 でも、意を決したように帰ってきた返事は。



 ――マキュリを、そして村を、守るためだ。



「私……村を……守る?」



 ――これを作って、眞性異形ゼノグロシアを排除していた。



「その人たちを、『作って』……?」



 ――その、通りだ。



「どうして、そんな力が……。……っ……!」


 私はお婆様から聞いていた、『――』の生い立ちを思い出す。


「……そういう事、か」


 ――ああ。この力を、ずっと隠していた。もちろん使いたいと思ってこんなことをしたんじゃない。


「そうは言ったって……どうして!? その人たち、元は普通の人間なんでしょう!? なんでそんな人たちを、こんな風に変える事が出来ちゃうの!? 守るなんて言われたって、おかしいよ、こんなの!」


 ――逆に言えば、オビアス村にいて、できる事はこれしかなかったからだ。


「……事情があったって事?」


 ――そうだ。


「許されないって事を、知ってて」


 ――……そうだ。


 言葉の向こうに、確固たる意志。

 それを感じられたから、私は一度冷静になれた。


「……分かったよ、何があったかは分からないけど、止むにやまれぬ事情でこんな事をしたって言うのは信じるし、理解はする。でも……納得は出来ない!」


 ――マキュリ……。


「もうこれ以上罪を重ねないで! 今は勇者様たちがいる! 私も威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスを手に入れた。勇者様に任せれば、きっと……」



 ――勇者に……任せる?



「……え?」


 不意に、私の言葉で声色が変わる。

 そして表情をゆがめて言い放った。



 ――そんなもの、何になる……!



「えっ……? 何にって……!」



 ――勇者なんてものを当てにするから! この世界の人間は怠惰になる!!



「……待って、何を……何を言ってっ――!」



 ――この、全ての状況を、勇者が作った! それを決して許しはしない!!



「そんなっ、そんな事っ……!」



 訳が分からなかった。

 私たちは勇者様を待ってそうしてきたはず。そうであることは村の――村人全員の意志でもあると思っていた。

 にも拘らずそれを否定して発される言葉に、私は慌てふためくしかない。



 ――マキュリ、勇者を信用するな。あの程度の力しかない者に、魔王を倒せるわけもない!



「っ……!」


 その言葉に、私はフッと胸の内に湧き上がる感情が出来て、言い返すように声を上げていた。


「それを私達が信じなければ! 勇者様だって安心して戦っていけないでしょう!?」


 脳裏に甦る、私を守ってくれたその背中を思いながら、私は訴える。


「勇者様は――イツカは大丈夫だよ。本当に、本当にお強い方なんだから!」



 ――今の村の有様を見ても、そう言えるって言うのか!? 



「私が、これを届けることが出来れば! きっと勇者様は魔王を倒してくれる! 私は信じてる!!」



 ――マキュリ、目を覚ませ! 村の人間たちはもう、勇者達の事を信じてはいないぞ!



「今のあなたよりは! 信じられるっ!!!」



 ――っ!!



 その言葉が、逆鱗に触れた。



 ――マキュリぃぃっ!!!



 突如、怒りに身を任せ、握った手を突き出してくる。


「え……?」


 そして、親指の先で、人差し指の腹を弾くと……!


「……あぐっ!?」


 次の瞬間、私の左胸に、熱い点が出来たのを感じた。

 それで生まれたのは、ちくりとした小さな痛みだったが、私は起きた事が分からず、一歩、二歩と小さく後ずさりして……。


「な……な、に……?」


 次第に体から力が抜けて、ゆっくりと膝をついてしまう。


「な、にを……したの……?」


 と、そのか細い声が、私の口から洩れた直後……!




 ――どくんっ!!!




「がはっ!?」


 私は跳ねるように体を逸らして、そのまま地面に横倒しに倒れる。


「あっ……うぁっ!? いたっ……痛い……っ! あっ……ああああああっ!!!?」


 気の狂うような激痛が、胸――いや、心臓から全身へ伝わる……!

 私は身もだえして、砂利の上と言うのも構わず、地面を転げまわった。


 何かが体の中で起こってる――全身の皮膚が全て剥がされて、上から何かを覆いかぶされていくような、そんな錯覚があって……!



 ――マキュリ、従え。こうして出会ってしまった以上は、もうマキュリを守るには……こうするしか……。



「あっ……ぅああああああっ!!!?」


 従え、従え、と言う言葉が私の中を支配しようとする度、体が、びくんっ! びくんっ! と跳ねる。


 左胸から肩が、なんだかとてつもなく冷たい――そこから言葉が湧き出て、脳の中を支配しようとしている感覚があって……!


(……やだ……いやだっ……!!)


 支配されたらどうなるのか――それは漠然とだけど分かる。


 もう、みんなと、笑い合うことが出来ないって……。


 そんなの……そんなのっ……!


(イツ……カ……!)


 子供の頃から憧れていた方。


 でも、来てくれたその人は、全然立派に見えなくて、私と同じでちょっとドジで、かわいい人で、私と同じ目線で笑ってくれて。


 なのに、私を守ろうというその強い意志は、私が命を懸けたいと願った物をちゃんと形にしてくれた。


 だから、私はっ……!!


「くぅぅあああああああっ!!!!」


 ――っ!?


 私は跳ね起きる。

 そして……!


「はぁ、はぁ……はぁ……ぐくっ……!!」


 走った。

 崖に向かって。


 どういう事かは分からない。

 ただ、起き上がった瞬間から、一気に力が漲ったような気がした。


「くっ……ああああっ!!?」


 でも、全身に走る激痛は変わらない。

 まだ体が何かに置き換わろうとする感覚は続いたまま。

 変わった事と言えば、手足の先から、体の中心へとその痛みが伸びてくるような感じになったことぐらいか。


 頭の中に響く言葉は『従え』という、一点のみ……。


 だけど……だけどっ……!!


「支配……されるもんか……!」


 崖を駆け上る。

 助走をつけて数m近く。……漲った力がそうさせているのか?


「私は、イツカに……!」


 手を伸ばす。

 剥き出しの木の根に手をかけて、体を引き上げて、登っていく……!


「イツカに、威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスを届けるんだ……!!」


 私の手にあるこの希望を。


 私たち聖謐巫女だけじゃない、ずっと続いてきた、ファーレンガルド全てを苦しみから解放するために……!


「イツカなら、きっと……きっと!」


 救ってくれる。


「ぐっ……うぅぅっ!!!?」


 この世界に平和を取り戻してくれる。


(もう、すこし……このツタを握って……!)


 脅威のない、私たちが安心して生きられる世界を作ってくれる!


(掴んだ……! ここを、登り……切れば……!)


 そしたら私も、子供を産んで……そして……



『こうなってしまったら最後、もう人の営みには決して戻れない。』



 その子たちの、お母さんに……



(……)



 みんなと、いっしょに……



『摂取も排泄もなく――』



(……)



 わらって……くらせる……せかい、が……



『生物としてあるべき欲求も『生殖』も失われる――』



(……)



 手足から伸びてきて体の中心に向かっていた激痛が……私の下腹を覆いこむ、感覚……。



(……ぁ……)



 ずるり、とツタを握る手から、力が抜ける。



 ゆっくりと、空を仰ぐ視線。



(イツ、カ……)



 手が伸びる……。

 その手の先にきらめく姿……。



 もう、その希望には。



 手が、届かなくて……






(せかいを……ゆうしゃ、さま……)






「……マキュリっ! マキュリぃぃぃぃっ!!!」




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