第72話 「すいません、そのお話、詳しく」
「ところで、村長」
ランが改まった様に口を開く。
「これまで村は、あの防壁が破られた事がない、と言う話でしたが」
「左様でございます」
「魔王軍について、これまで明確に見えた変化があれば、教えてもらえないでしょうか?」
「……変化、でございますか?」
ネイプさんは怪訝な表情で首をかしげる。
「牧童級が現れた事に、驚いていたようでしたが」
「……ああ、そういう事であれば」
ネイプさんが思い出したというように手を一つ打つ。
「今回の侵攻以前には、あのような大軍が襲ってきた事はございませんでした。それは大きな変化でしょうな」
重鎮たちもうむうむと頷いて見せる。
「そうですね。どれぐらいの変化があったのでしょう」
「いやそれはもう……下手をすれば100倍近く」
「100倍っ!?」
あたしが大きな声を上げるけど、ランもヴァイスさんも一瞬言葉を失ったようで。
「大袈裟ではありませぬぞ。ルーン旅団長の見立てでは、あの軍勢は500強と言う話でしたな。それ以前は5体から、多くても10体ほどがひと月に1、2度村に近づいて来るぐらいだったのです。そう考えれば100倍と言う数字もおかしくはないでしょう」
「……確かにそうですね。他に何かないでしょうか?」
「ふーむ、他に思い当たる事は何も……」
「いや、ばーちゃん、あるぜ」
「何じゃパルティス」
「ほら、1年も前じゃなかったけどよ、その前と比べてさ」
「おお、そうじゃったな。……しかしそんなことが一体……」
それを聞いたランの表情に、真剣さが強く浮く。
「すいません、そのお話、詳しく」
「詳しくも何もねぇよ。半年以上前だから――8か月ぐらい前か、それ以前はおんなじぐらいのペースで50体近い眞性異形か村を襲ってきてたんだ。もちろん村だけで全部撃退して来たけどよ」
「でも、その8か月ぐらい前、という頃合いを境に――?」
「ああ、だんだん減っていったんだ。明らかに以前の半分以下になって、ここ数か月は10体いるのも珍しいぐらいになって」
「世界が救われる直前と言うのは、蝋燭の最後のように、眞性異形も大きな火となるのでしょうかな?」
「戦力を温存してたとかじゃねえの?」
二人は何か言葉を交わすが、特に参考になるような話ではなく。
「お二人とも、ありがとうございます。我々は作戦の準備を始めますが、他に何かお話しておいた方が良い事は?」
「村の者たちの避難の状況を確認しますじゃ。何かありましたらご報告いたします」
「お願いします」
「……勇者様!」
と、おもむろにマキュリが立ち上がって。
「ん? どうしたの、マキュ……うわっ!?」
マキュリがあたしの体を抱きしめる。
そして耳元で小さく。
「……イツカ……ご武運を」
この場では立場的に、勇者様としか呼べなかったマキュリが、親愛の情を込めてあたしの名前を呼ぶ。
「うん、ありがと、マキュリ。そんで、さっき言葉遮っちゃってごめんね?」
「いいえ、私こそ、イツカの考えてることを無視してしまって、ごめんなさい」
マキュリの肩を、ポンポンと叩く。
そして抱擁が解けると、お互い微笑み合った。
それっを見ていたランが小さく微笑んで。
「今生の別れじゃないわよ? 必ず生きてみんなここに帰って来なきゃいけないんだからね」
「はい! ……みなさん、行ってらっしゃい」
「うん、マキュリ、留守番宜しく!」
冗談を言いながら、別れられる友達。
守るべきものがあれば、あたしはさらに強くなれる。
そんな自分を信じて、今日のオビアスを守らなきゃいけない。
ランと一緒に、集会場のドアを開けた。
しかし、その扉を開いた先に。