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第70話 「……待ち人来りて。その後は」

 この事があって、見張りの交代の時間を迎えた後、気になっていた村の西側に走ると、案の定――いや、想定以上に吹き飛ばされた壁の木片が飛び散っていた。


 村の向こうの林がむき出しになっている。

 ……無防備甚だしい姿だ。


「おーいっ! こっちだ!」


 声の上がった方を見ると、こういった事は村でも想定済みだったらしく、何人かで代わりの壁用の板が運ばれてきた。


「……村に備蓄してた壁の予備は5枚ってとこだ。こんな簡単に突破されちまうんじゃ、足りな過ぎんじゃねぇかな」


 パルティスが厳しい表情で呟く。


「……あ、プルパっ!」


「……イツカ……」


 騒ぎの中心から離れた所で、ぼんやり座り込んでいたプルパが立ち上がる。


「ありがとう、眞性異形ゼノグロシアをやっつけてくれたって」


 そんな言葉をかけてみるが、プルパは普段より一層ブンむくれたような顔になって、目につく村の人たちを見回して言った。


「……こいつら……心配だし……。突然の事すぎると、なんにもできない――眞性異形ゼノグロシア相手に、逃げる事しかできてなかったんだし……」


 周りに誰もいなかったから良かったものの、聞かれたらトラブルの火種にしかならないような事を口にするプルパ。

 でも、その辛辣な言葉は村の現状を的確に表していた。


「疲れたでしょ? 今日は休む?」


「プルパ……あんまり寝なくていいんだし……イツカこそちゃんと休むんだし……」


「そう、だね……」


 休む、か……。

 こんな緊張感しかない村の状況の中で、あたしは……。


 ……。


(……休める、かも……)


「勇者殿! プルパ! パルティスも大事ないか!」


 がしゃがしゃと金属音を立てながら走ってくる大柄なその人は。


「ジルバ! そっちは無事かよ!?」


「もちろんだ、共に配備されていた面々にも変わりない」


「よかった……正面の様子は?」


「ええ。このような事がありましたので配備されていた総員、突撃を受ける事を覚悟しておりましたが、魔王軍の本隊は動きませんでした」


「え……確かに、魔王軍にとってはチャンスでしたよね?」


「はい。敵の動きが気になる所ではあったのですが、いずれにせよ助かったと言いましょうか、ひとまず正面側は問題ありません」


「はい、それはちょっと安心しましたね」


「勇者殿にもお怪我がなく、何よりです」


 仲間としてお互い笑いあったものの、精神的疲労は隠せず、苦笑いのような表情になってしまったと思う。


「しかし……この壁……前からこんなに脆かったか……?」


 パルティスがそんな事を誰に聞かせるでもなく、口にする。


 その理由を、あたしもヴァイスさんも答える事は出来なかった。



  ◆



 その日は結局、誰もがあまり眠れなかった事だろうと思う。


 魔王軍の第二波がある可能性は否定できない。

 いつまた村の壁が打ち破られて、命が危険にさらされるか分からない――そんな状況で、村の人たちが上手く休めるはずもなかった。


 ただ、あたしだけは、休めなかった理由はそれではなかったと思う。


 村の人たちが今回の襲撃で、直前まで見せていた元気を維持できるか、そっちの方が心配だった。


 実際、夜を徹して行われた壁の修理に追われる村の人たちの表情は一様に疲れていて。


「くっそ……なんでこんな事……」


「俺たち……本当に大丈夫なのかよ……?」


「一昨日まで、こうじゃなかったはずなのに……」


 漏れ出る言葉には不安と文句が満ち満ちる。昼間に見た『頑張りますよ!』という言葉から見えた活況は、あっさりと掻き消えていた。


 これまでできていたことが、突如崩れ去る――そして命の危険をまざまざと見せつけられた村の人たちのショックは、どうしたって隠し切れない。


 ネイプさんは壁の状況を見に来て 頭を振りながら深く溜息をつく。


「……待ち人来りて。その後は、村は不要になりますかの」


 あたしに聞かせるつもりだったのか、そうでなかったのかは分からない。

 ただ、その言葉をあたしに背を向けた状態で呟いた後、戻る時にあたしの横を通りながらもあたしに視線一つ寄越さなかった事が、どうにも胸を締め付けた。




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