第5話 「ごめんなさいぃぃぃっ!!!」
「二人ともっ、早くっ!」
ランがこちらへ振り返って声を上げた。
見れば、二人の周囲で更に20……いや、30以上の小さな魔方陣が現れている。
それを二人は迎え撃つつもりらしく、身構えて出現に備えていた。
そんな中、あたしは周囲を見回す。
「……あ、あれっ……プルパは……!?」
もう一人のあたしの仲間の姿が見えない。
確か城にリロと一緒にいるって話だったと思ったんだけど……。
あたしは少し不安に駆られるが、ランの言葉を信じ、城の中で合流できる事を願って……!
「どぉぉぁわああああああああっ……!!?」
「えっ……!?」
背後、あたしの後ろを走るジルバが声を上げる。
「あ……ジルバっ!!」
気が付かずに夢中で走っちゃってた。
白銀の重騎士である彼は、残念ながら走る事に長けていない。
振り返れば、あたしのとの距離が随分と開いた状態で。
しかもその後ろを――かなり鈍重だが、一歩の大きい竜種眞性異形が迫りつつある……!
このままだと……踏みつぶされちゃう……!
「くっ……!」
あたしは反転して地面を滑りながら抜刀。
鈴のような音を響かせて、鞘から抜き放たれた剣を身構える。
ジルバを城門に入れちゃえば、あの竜種を攪乱した後のあたしの足なら何とかなると信じ――
「……足、止めちゃ……ダメだし……」
ぼそりと傍らで呟く声。
「えっ……?」
あたしの脇を、てけてけと歩いて通り抜けていく小柄な姿。
ローブを着てフードを目深にかぶり、いつもの表情のない声で――そして不機嫌そうな顔で眞性異形を見つめているのは……。
「プルパっ!?」
「イツカも……ジルバも……」
雄たけびを上げながら走るジルバの背後1mもない所に、眞性異形の足が落とされ続けている。
そんなジルバに叱りつけるようにして……!
「全力で走るんだしーーーーーーっ!!!」
声を上げてロッドを掲げるプルパ。
「マジックキャスト……!」
輝きを増す、歪なそのロッドを地面に振り下ろすと。
「『地迅大氷戒』ッ!」
ビキビキと言う音を立て、一本が大人の背丈ほどもある氷柱が幾重にも地面を走る! その目標は……!
『GooooooooooooooRoooUAaaaaaaaaaa!!!』
眞性異形の足っ……!
凍てつく氷が絡みつくようにして、その巨大な足を捉える!
『……GaAaaaaaGyaaaaaaaaaaaaaaa!!?』
眞性異形はつんのめるようにして動きを止め、その場に拘束された。
「プルパっ! 感謝するぞっ!!」
ジルバが小柄なプルパの体を小脇に抱えて、そのままの速度で走る。
……割と見慣れた光景だ。
「もうちょっと上持つんだし……。脊椎が折れちゃうんだし……」
「ぬぅぅ、すまんっ!!」
そんな二人のやり取りを見ながら、あたしも再び転進。
プルパは複合生屍という、ゾンビとスケルトン、更にバンパイアにマミーという、いくつかの不死者の特徴を複合した特殊な体を持った――種族と言うか、存在と言うか。
フードを脱ぐと、体は肉が残っている部分と、骨だけになった部分が半々だ。包帯でぐるぐる巻きになっている部分もある(王国のネクロマンサーにより腐敗は防がれてるってハナシ)。
今プルパが言ったように、腰から上のお腹周りは確か完全に骨がむき出しになってたはず。
そんなのもあって、普通の服を着る事が出来ないので、基本的にはフードしか身にまとわない。
ただ、本人曰く『頭と、えっちな部分ばっかり残ったし……』という事だそうだが。
……どこが残っているかは想像にお任せする。
その力は、アンデッドで言うならリッチそのものの強大な魔力を持つ。あたしのパーティにおける『魔術師』が彼女だ。
ちょっと暗い性格でぼそぼそ喋り、気が付くと、リロとまた違ったテンションで姿が見えなくなっちゃう女の子。
冒険を始めた頃は馴染めるか不安だったけど、今ではあたしの事も信頼くれて、あたしにとっても戦いの時にこれほど頼れる子もいないだろう。
……あと、よく見ると結構かわいいんだよね。そんなこの子にとっての幸せはどこにあるのか、時折真剣に考えちゃったりもする。
そんな事を思い返しながらも、どうにか城門を潜り抜ける。
ランとギルヴスは更に湧いてくる子鬼種や小形四足型の眞性異形・小獣種を相手にしていた。
そしてあたしは――
「……くっ……!」
リロが担当するはずだった鎧戸のレバーに縋りつく。
やや遅れて、プルパを抱えたジルバが城門を潜って来る。
その時には、既に竜種眞性異形は足の氷の戒めを砕き払い、再びこちらに突進してきていた。
「いいタイミングだ……! 鎧戸を頼むぞっ!」
「任せてっ!」
あたしがそれに返事をして、タイミングを見計らう――
――それにワンテンポ遅れて。
「……え?」
「あ?」
「な……っ!?」
「……やな予感だし」
三者――いや、四者四様のリアクションと共に、全員があたしに振り返ったのと、竜が城門へ辿り着こうとする瞬間はほぼ一緒だった。
「……行けェェっ!!」
ぐっ!!
ばきりっ!!!
「え……あれっ……? あれーっ!?」
二度見、三度見。
レバーは、ものの見事にぼっきりと根元から折れて、あたしの手に残った。
当然、鎧戸はピクリとも落ちてこない。
「……誰だ、イツカに物を持たせた奴はぁぁぁぁっ!!!?」
「ごめんなさいぃぃぃっ!!!」
叫びながら、その場の全員が城門の入口から横っ飛びに回避行動を取る……!
やっばい……どこかに取り付けられたものを操作するなんてパターンが久しぶり過ぎて、すっかり忘れてたっ……!
……そう、これがあたし――異世界の勇者たるあたしの最大の欠点と言うか、この世界においては『呪い』と囁かれたネガティブスキル。
『手に持ったものを悉く壊す』スキルである。
そんなんで、この世界で付けられてしまったスキル名が『究極不器用』とか全く笑えない。
誰が妖精から見放された者だっつの。
いや、これはこの世界に訪れた事に端を発したものじゃない。
『あたし個人が生まれつき持っている』不思議な能力だった。
そのせいで数々のトラブルに見舞われてきた事は、この話を聞いた全ての人にとって想像に難くないと思うんだけど……。
でも、今はそれどころじゃない……!
竜種眞性異形がそのまま猛スピードを維持したまま、城門を潜り――
『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
超重量の巨体を城の壁に叩き付けた!
――轟音と振動が辺りを支配する……!