第66話 (どうしてか、『違和感』がある……)
「ラン! みんな!」
「うゅ……?」
正門のやぐらの中に、よく見知った顔が揃っていた。
「あら、イツカ、来たわね」
「ゆ、勇者殿ぉぉっ! ご無事で何よりですぞぉぉぉっ!!」
ヴァイスさんが突進してきそうな勢いでそう口にするも。
「……落ち着きなさい」
「はっ」
ランの一声で、ぴたっと止まるヴァイスさん。ナニコレ。
「イっツカー! どーお? ちょうちょ、見つかったぁ?」
リロが腕を引っ張りながらあたしに聞いてくる。
「あ、ううん、見つからなかった。……ごめんなさい、一人で勝手に行動して」
「ふふ、そうしたいって思う事もあるだろうし、あなたならそう簡単に誰かに後れを取る事はないと思うけど、今後はもう少し、相談する事を考えてね」
「プルパとリロ……昨日言ったんだし……」
「うん……プルパとリロに言われた事、ちゃんと考えてなかったと思う。気を付けます」
「ぅゆ……」
「ゆるしまーす!」
プルパがあたしの右手を持って腕をぷるぷる振り、リロが反対の左腕に頬ずりする。
まぁ、この件は、今後あたしがちゃんと注意するってことでひとまず放免らしい。
それよりもだ。
「それで、その……状況は?」
「ええ。魔王軍が村を正面にして、横に隊を分けたわ。村を囲んで一気に押し寄せるつもりかもしれない」
ランが場所をずれると、櫓の向こうが開ける。
あたしと一緒に、パルティス、マキュリ、サットが息を飲みながら、横に並んでその軍勢を見つめた。
「……三隊に分かれてやがる。どういうつもりだ?」
パルティスの言う通り、 ここから見える村の外の草原の3、400m先に、広く陣取った三つの集団。
それが全て、眞性異形だった。
「……ちょっと待って、数も増えてない?」
「え、そうなの……!?」
「ああ。目の錯覚じゃないような気がするぜ、これは」
「二人共、いい見立てだわ。一昨日からじわりと増えてる。多分、6、700ぐらいにはなったみたいね」
「そんなに村の周囲から集まってきたんですか?」
「いえ、眞性異形は何らかの術式で召喚されるようなの。ある程度の魔力が必要で、連続使用できるようなことはないみたいだけど、それでも突然100、200増えたら驚異よね」
「さらに増えたら……僕らは村を守りきれるのかな……?」
「確かに、なんとか手を打たないといけないわ。それに、低級の眞性異形だけなら、遠慮なく突っ込んでくるはずなのに、全く動かず陣形を整えている。……やはり牧童級の存在は明らかね」
計り知れない驚異。
マキュリたちは固唾を飲んで軍勢を見守る。
村の人たちも、不安な表情を隠そうともしない。
戦い慣れしているはずの、ランもヴァイスさんも、その表情は厳しいもので、状況がいかに差し迫っているかを物語っていた。
……でも。
「……」
それを見つめるあたしには。
(なんだろう……どうしてか、『違和感』がある……)
あの軍勢を見て、『胸に沸き立つ言い知れない感情』。
不安、なんだろうか? それに近いものであるのは確かだ。
でも、この不安はこの場の他のみんなと同じものだろうか?
それが分からず、あたしは何となく、軍勢から目をそらしていた。
ただ、一つ分かる事がある。
この違和感、ついさっき、眞化人との戦いの後、剣を収めた時に感じた感覚に似て――
「……イツカ、どうかした?」
「え!? ……あ、ううん、なんでも……」
「……」
ランは覗き込むようにあたしを見る。
……勘のいい人だから、あたしがこういう違和感を感じてることに、何か気付いてるかもしれないけど。
ってか、待てよ? 話さないといけない事があったんだっけ。
「そうだ、ラン!」
「何?」
「ちょっといい? ヴァイスさん、ここは一瞬、お任せしますね」
「承りましたぞ、勇者殿!」
ヴァイスさんが意気込むように返事をして、敵の軍勢を睨みつける。
その傍らでマキュリがこちらを振り返ったので、『話を進めるね』と言うようにお互い頷き合った。