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第64話 「な、何が起きたの……?」

「っ……! はいっ……! お願いしますっ!」


 マキュリが、返事をしてあたしから急いで距離を取る。


 そしてその距離が十分だと思えた所で。


「スキルキャスト……『加速力増進アクセラレート・アンプリファ』!」


 叫ぶと同時に、体重を戦斧に乗せる……!

 それであたしの足の力から解放されたハルバードが、地面から勢いよく引き抜かれる!


「たぁっ!」


 あたしはその勢いに乗るように、宙を舞いながら後ろへとゆっくり回転。


『っ!!?』


 奴は体勢を立て直すと、落ちてくるあたしを一刀両断しようと、一気に殺到する。


 でも……!


「……遅いっ!!」


 次の瞬間――!




『っっっ!!!?』




 凄まじい轟音……!


 同時に眞化人シンカビトは背中から地面に叩きつけられており、あたしはそれに背を向けている状態だった。


「な、何が起きたの……?」


 マキュリが小さく、驚きを孕んだ声を漏らす。


 説明する時間が煩わしいほどの刹那の間で起きたのは、



 あたしが宙返りから着地した瞬間、奴はハルバードを叩きつけてきた。

 でもそれをかわすようにあたしは奴の懐に飛び込んで、すれ違うような格好で鳩尾に膝蹴り。

 その反動であたしの体が回転して、くの字に曲がった奴の背中の上から、カカトで地面に叩きつける。

 更にあたしは、叩きつけられた反動で浮き上がった体の胸当たりを蹴り付けて、奴はその勢いで回転するようにあおむけに倒れた。



 ――読んで理解するまでに10秒はかかるだろう内容が、僅か1秒弱の間に起きたこと。


 こないだの、あの巨像コロッサス級を相手にした時より更に研ぎ澄まされた感覚が、あたしにこの戦いをさせている。


 ゆっくりと立ち上がろうとする奴。

 どうやら眞化人シンカビトと言うのは相当タフになるらしく、よろめきながらでも立てるその身体能力には驚かされる……が。


「……やめよ? あんたじゃ勝てない」


 あたしはそう口にする。

 聞く人が聞けば余裕ぶった言葉に聞こえたかもしれない。


 でも、あたしは今の言葉に、些かな懇願を含めていた。


 剣は抜いてはみたものの、それは用心のため。

 結果として、あたしはそれを振るって一太刀も眞化人シンカビトに切りつけてはない。


 なぜなら、そんな姿であっても、元は眞性異形ゼノグロシアじゃなくて、人間なんだから……! あたしの脳裏に、あの眞化人シンカビトになってしまった男女の姿がリフレインされる……。


『っ……!』


 ある程度、覚悟はしていたけど、言葉が届いているのかいないのか――ハルバードを再び構える眞化人シンカビト


 あたしは剣を握りなおす。


 斬らなきゃいけないのか……?

 でも、そうしないと止められないとしたら……あたしはあいつを斬れるの……?


 と、その時。


『っ!?』


 不意に、何かに呼ばれたかのように、眞化人シンカビトが明後日の方を向く。


『……』


 何かを聞いているかのような間があって、眞化人シンカビトは走り出すと、森の中へと消えて行った。

 凄いな……それなりに力を入れたつもりだったのに、まだ走れるなんて……。


 ……でも。


「……良かった」


 それは本当だ。あたしは多分、あいつを斬れなかった。

 あたしに人殺しは本当に無理だ。それをしなくて良かった事は、本当にホッとしてる。


 あたしは、剣を納め――


「っ……!?」


 かちん、と剣が鞘に収まった瞬間、あたしの背筋に、ゾクリとしたものが走った。

 それはどうも、今の戦いで膨れ上がっていたテンションが収まったことによって走った悪寒らしかった。


 その理由が、わからない。

 でも、戦いに望む前よりも強い不安……これは……一体……。


「勇者様……」


「ほぇ?」


「勇者様勇者様、勇者様ぁぁぁっ!!」


 後ろから抱きつき魔が、ぎゅーーーーっ。


「うにゃぁぁぁあっ!! 後ろから胸はダメーーーっ!!」


「イツカ……勇者様……私、いま……おとぎ話でずっと憧れていた勇者様に守られた……」


「は、はい」


「私……わたしっ……感動しています!!」


「はー……」


「今のが本当の勇者様のお力なんですね!」


「まぁ、そうっぽいです」


「私ごときでは、勇者様が何をしていたのかさっぱりわからないんですけど」


「それは仕方ないと思います」


「でも、あの眞化人シンカビトが勇者様に手も足も出なかったことは分かりました!」


「うん、まぁ、それで十分かな……」


 と、マキュリがお祈りを捧げるように手を組んで言う。


「勇者様、何卒そのお力をお貸しください。今、このファバロでは何らかの驚異が跋扈していると思われます」


「そうだね、今のも逃がしちゃったし」


「でも、勇者様とご一緒なら、どんな危険があっても威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスを見つけることができると思うんです。……どうか私に、歴代の聖謐巫女の悲願であるお役目を果たさせてください……!」


「うん、あたしもそのためにここにいるんだ。マキュリ、ぜひともお願いするね」


「はい!」


 マキュリの笑顔は、それはそれはテンションの高い、幸せそうな笑顔だった。


 で。


「えと……今日は、帰った方がいい、よね?」


 ちょっといたずらをしでかした後の子供のように躊躇いがちに聞くと、マキュリはくすっと笑う。


「山に、他の眞化人シンカビトがうろついていないとも限りません。勇者様と一緒なら敵性生物からの危険はないかもしれませんが、山道の危険はそれとは違いますし」


「だよねー」


「ええ。それにですね」


「ん?」


「私たち、聖謐巫女は、威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスからの特殊な波動を感じられるように訓練されているんです。私はそれを感じ取って、おおよその場所を把握してから、ファバロに入り、虹の蝶を探します」


「……うん」


「で、きっかけは分からないんですが、威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスが何らかの刺激を受けた時にその波動が広がるようで、それがあるまでは私にも具体的な場所を知る術がありません」


「あ、そういう事か。今はその波動は……?」


「はい。感じられないので、イツカとぐーるぐーる山を歩き回る事になります」


「……当てがあるって聞いちゃったら、それは勘弁願いたいよねー……」


「あはは、そうですよね。次に感じ取れたらお伝えするんで、その時一緒にまたファバロに来ましょう」


「分かった。……マキュリ、ありがと。そんで、ゴメンね」


「いいえ、こちらこそ危険から身を守ってくれてありがとうございました! 私も、頑張りますから!」


 そんな言葉を交わしながら、あたし達は村に向かって歩き出す。




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