第63話 「あたしの役目は……!」
『っ!!!』
ドスドスという重い足音を立てながら、木々を折りつつ森を抜けて、あたしたちの眼前に現れる巨体……それは……!
「な、何ですかっ!?」
「さ、さっきのっ……!」
あたしが追いかけていたあのでっかい人だ。
いや……それは人、なのかもしれないけど、人じゃなかった。
まず、森の中で見た時は、顔が見えると思ってたんだけど、そうじゃなくて鉄の兜をかぶっていて、この人が誰だかは分からない。
その兜の形状も『忌まわしい』と言いたくなるような、非常に厳ついものであるのが印象的だった。
手には、やたらとごつい、ハルバードを手にしている。
あんなもので殴られたら、フツーの人は木っ端みじんだろう。
下半身は白い、ゆったりとしたワーカーズボンのようなものを履いていて、足はブーツ。
そして上半身は裸。筋肉隆々だ。
そんな格好だから、一言でいえば、まるで地獄の獄卒であるかのように見えてしまった。
この格好が森の中でちゃんと見えていたら、まず間違いなくこの人についていくような事はなかった気がする。
でも、特筆するべきは、その様相じゃなかった。
その剥き出しの上半身――左胸から肩にかけて鈍い輝きを放っているそれは……!
「イツカ! まさか、あれって……!」
「うん……!」
ゼノグリッター。なんとなく盛り上がりが少なく、でこぼことしていなくて、つるんとした印象だけど、胸から肩を覆うそれに間違いはないだろう。
そして土色の肌の色。それ正に、昨日見る事になった――
「眞性異形化した人間――眞化人だ……!」
動いている姿は初めて見るけど、それは確実に――
『っっっ!!!!』
「え……?」
眞化人が、こちらに向かってハルバードを振り上げたのにやや遅れて、マキュリが小さく声を漏らす。
直後、ハルバードがあたしたちに振り下ろされ……!
『っ!?』
轟音と共に、土が眞化人の身長と同じぐらいまでに舞い上がる。
凄まじく重い一撃であることがそれで見て取れた。
それを――!
「……ふぅ」
……数歩離れた所であたし達が見る。
「えっ……? えっ……!?」
「無事、マキュリ!?」
「イツカ……!?」
マキュリは何が起きたのかと言う風情で、周囲をきょろきょろした。……あたしの腕に、お姫様抱っこされた状態で。
「な、なにが……!?」
端的に言えばあたしがマキュリを抱きかかえて、後方に飛んだ。それだけ。
ただ、常人を遥かに逸したスピードで、だ。
あいつの方を見たマキュリは状況を理解できないようで、再び慌てふためく。
「だ……だめっ! イツカ、逃げて……逃げてくださいっ!」
懇願するように言うマキュリ。
……でも、そんな中……!
『っっ!!』
眞化人が、更にあたしに追い縋る!
「……きゃぁっ!!?」
(守る……! マキュリを!)
その意志を強くすればするほどに、神経が研ぎ澄まされていくような感覚。
こんな状況で胸が高鳴るどころか、どんどん冷静になっていく自分がいる……!
1度、2度、3度とハルバードが振るわれる。
でも、その全てが、あたしにとってはあまりに鈍重すぎるもので。
横薙ぎの一刀目は頭を軽く下げて。
返される二刀目はマキュリを抱えたまま宙返り。
そして着地した直後――
「スキルキャスト……!」
あたしに振り下ろされる三刀目を……!
「……『膂力肥大』っ!!」
半身でかわし、地面に叩きつけられたのと同時に、足でその戦斧部分を踏みつけにする……!
大地が割れる感覚があったが、第壱英霊級スキルを纏ったあたしの足は、それごと戦斧を抑え込んでいた。
『っ……!? っっっ!!?』
奴は踏まれて抑え込まれたハルバードを抜こうと必死になるが、あたしの足はびくともしない。
今のどの斬撃も、食らえば一瞬で人間が真っ二つになるほどの鋭いもので、しかもそんな重い攻撃であるにも関わらず、狙いは正確だった。相当なやり手である事は想像に難くない。
でも、足りない。
剣を抜いていない状態のあたしにですら、不足が過ぎる……!
「あ、あの……」
「えっ?」
「勇者……さま……?」
胸の中で小さく、マキュリの声。
今の半身でかわす時に、マキュリの体を抱きしめちゃってたらしい。
「ごめん、マキュリ。苦しくなかった?」
「と、とんでもありません……勇者様の体……暖かくて、柔らかくて……」
「え?」
「ぁ、いえ! なんでも……」
「うん。……ちょっと下がっててもらっていい?」
優しく語り掛けるようにそう言って、マキュリを足から降ろしてあげる。
「え、えーっと……」
おずおずとするマキュリに、あたしは自分の確固とした使命を告げる。
「マキュリがあたしに、威啓律因子を届けるのが役目って言うなら」
剣の柄を握り――
「あたしの役目は……!」
すらりと剣を抜く!
「マキュリに平和な時を生きてもらう事だよ!」