第61話 (……誰だ?)
落ち葉を踏み鳴らす音。枯れ木を踏み折る音。
それがゆっくり近づいて来るのを聞いて、どっちかといえば慎重派なあたしは、とりあえず木陰に身を隠した。
(……誰だ?)
ここはもう村の外だ。眞性異形を警戒する必要はある。
そして仮に人だとして、登山道でもない、こんな林の中を歩き回る人って、蝶を探して歩くあたし以外どんな人だってんだろう?
(向こうはあたしに気づいてない、よね、コレ?)
ゆっくりだけど、リズムは一定で無警戒な歩き方だ。
何があるかわからない。相手より先に正体を知りたいところ。んで危ない人じゃなさそうなら、一緒に村へ帰ることもできると思ったんだけど。
(……)
じっとしたまま木陰の隙間を探し、音の先へと視線を投げる。
……そして。
(木の枝が揺れてる……!)
少し先、低い葉の密集した部分の葉っぱが、風ではありえない動きをしている。
距離にして30mぐらいだろうか?
あたしの視線の先で、左から右へと流れるように揺れていく。
どうやらこちらに向かっているわけではなさ――
(あっ……!)
一瞬、低い木の上に頭、っていうか肩から上が見えた。
(デカくないか、アレ……!?)
正確にはわからないけど、2m近くありそうな巨体が歩いている。
顔は薄暗くて判断できない。
四足歩行の動物じゃなくて、人間か、デミヒューマンか――とりあえず二足歩行の生き物だってのはわかったけど……。
(人っぽくない……)
なんだろう、見えた頭はどうも、いわゆる『頭を垂れた』様な感じに見えて、生気が感じられなかった。少し背中も曲がっていたようで、それから肩の状態からして、腕もぶらっと垂らしたような印象も伺えた。
(でっかいゾンビとか……)
ここは異世界、あたしの知ってる常識は通用しない。
眞性異形はもちろんだけど、会ったこともないような魔獣だって、そこらを歩いてたりするかもしれないんだ。アレもモンスターの類じゃないと言い切ることは、あたしには出来ないワケで。
(でも……ついてってみるか……?)
虹の蝶の手がかりどころか、帰り道とか、なんの情報もない今、アレがなんなのかそれを掴んでおくのはいいことだと思うし、そして、もしかしたら村へと向かって歩いてくれるかもしれないという希望もある。
足元に気をつけて、身を低くしてトレースを開始してみる。
木々のむこうを歩くアレの速度は変わらない。
ただ、むやみに近づくには、少々得体がしれなさすぎるので、十分に距離を保ちながら後を付ける。
幸い姿が一瞬見えなくなっても、足音は何かに邪魔されることもなく、途切れることなく耳に届いている。
(どこに行くんだろう?)
周囲がだんだん暗くなってきて、森が深くなってきているような気がする。
もしかして、あいつはあたしの事に気づいていて……あたしをどっかに連れて行こうとしていたりとか……?
そんな心配も一瞬、頭によぎったりもした。
と、その時だった。
「――っ……!」
うっすらとあたしの耳に聞こえた声。
「えっ……?」
それは後ろからだ。かなり距離があるように感じられた。ただ、人の声であることは間違いなかった。しかも、女の子の、だ。
あたしは改めてそちらへと耳をすませる……。
「……イツカっ! 聞こえたら、返事をしてくださいっ! イツカぁっ!」
(……マキュリっ……!?)
声の主を把握した瞬間、前を歩くアレを完全に無視して、あたしは飛ぶように走り出す……!
その走る足音は聞こえちゃってるかもしれないけど、とりあえず走る事に専念する……!
「……イツカーーっ!!」
再び声。今度ははっきりと方向が伺える!
走れ、あたしっ……! 声を張り上げて返事をしたいけど、声は足音よりも場所を特定されちゃいそうで上げられない……!
せめて安全なところまで走り抜けて、一刻も早く、その心配に満ち満ちた声のマキュリを安心させてあげたくて……!
「……あっ……!」
声のする方向へと全力で走った結果、そこで一瞬森が途切れる場所が見えてきた。
それは、さっきあたしが歩いていた山頂へ続く登山道。
がさっと音を立てて木々を抜ける。
声のする方へ走ってきたつもりなのに、マキュリの姿は見えない。
ええいっ、ここまでくれば村へ走って逃げる事もできるはず。あたしは息を吸って……!
「マキュリぃぃぃっ!!!」
待つ。
5秒、10秒……マキュリの姿は現れない。
ぐるっと見回してみても、周囲に姿はない。
「どうして……!?」
まさか……幻聴だった、とか……?
あたしは一体……今どんな状況に……!
と思っていると……!
どんっ!!
「うわぁっ!?」