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第58話 「勇者様ぁ……。魔王……倒せる?」

「勇者様がどんな人かって聞いてくるから、直接お話してみなさいって言って連れてきたんです」


「あー、どんな人……どんな人かぁ……」


 と、子供たちの顔を見ると、まーみんな一様に、『どうしたらいいんだろう』みたいな表情を浮かべてあたしを見てる。

 マールとウェンナを除けば、みんな4歳から6歳ぐらいだ。そーなっちゃってもしょーがないよね。


 でも、そのうち一人の女の子が、マキュリの顔を見上げ、それに応えるようにマキュリが頷くと、おずおずと前に出てきて、あたしに声をかけた。


「勇者様ぁ……」


「うん」


「魔王……倒せる?」


「あぅ」


 ストレート。絶句しちゃうあたし。

 いや、さもありなん、という話でもあるワケだけど。


「まー、勇者様、村に入ってくるときヤバかったしさ。ホントにつえーのかなって」


「こらマール! 失礼でしょ!」


「でもマキュリねーちゃん、あれ絶対ヤバかったって! ウェンナだって見てたろ?」


 更に一歩上を行くドストレートなセリフ。11歳だっけ、小5の悪ガキとか、こんな感じだよね。

 ……ヴァイスさんがいなくてよかったと思う。


 でもその傍らの、ウェンナも共有するものがあるんだろう。

 役割的に、マールを窘めるべき気持ちと、マールの言葉に賛同する部分とで葛藤したような、困ったような表情を浮かべてあたしを見てる。


 ウェンナに限らず、子供たち10人ぐらいが、あたしのリアクションを確かめようと、あたしにまっすぐ円らな目を向けてくる。

 なんだっけ、忖度、だっけ? そういうもののない、子供らしい感情。マールの言葉は生意気だけど、子供たちの聞きたい事や考えてる事をまっすぐに表してた。


「あのね、みんな。勇者様はきっと大丈夫、どんなことがあっても必ず……」


「マキュリ」


 笑顔で、あたしはマキュリの言葉を止める。


「ありがと、大丈夫だよ」


「イツカ……」


「えへへ、みんなの言いたいことは分かるからねー。だからあたしも、みんなにちゃんとお話ししてみたいなって思って」


「……はい。ごめんなさい、余計な事言おうとしちゃって」


「ううん、その気持ちが嬉しいよ」


 マキュリに微笑みかけると、マキュリは頷き返してくれる。


 そうだね。魔王を倒せるか。

 この世界の人があたしにかける期待は大人も子供も寸分変わることなくそれだろう。


 純朴な子供たちに、今のあたしの事をどう納得させるか。

 嘘が苦手なあたしじゃ、『大丈夫』って言葉で満足してもらえるとは思えない。


 だから、ちょっと方向性を変えて話をしてみようと思った。


「そうだよね、みんなには心配かけちゃったかな」


「心配だぜ。馬なんか、絶対俺の方がうまく乗れるもん」


「マールは子供の時から乗ってるの?」


「おう」


「そっかー。あたしはね、馬には、おととい初めて乗ったの」


「え」


 みんながきょとんとしたような表情をする。

 その辺も武芸百般とか勘違いされる完全無欠の勇者というものへの誤解からだろう。だから、そういうのを話したいんだ。


「っていうか10日ぐらい前は勇者なんかじゃなくて、マキュリやみんなとおんなじ、馬どころか剣も持ったことのない、フツーの女の子だったんだよ」


「そうなの?」


 みんなが目を丸くしてあたしの言葉に聞き入るのを見て、あたしは頷く。


「みんなにはお父さんとか、お母さん、他に大好きな人とかいる?」


 ちらりとマキュリを見る。

 マキュリは微笑みながら、復唱するように子供たちに聞いた。


「お返事ー。みんなには、ちゃんとお父さん、お母さん居るよね」


「うん!」


「いるよー!」


 子供たちがみんな元気にお返事。

 少し年上のマールも、返事はしなかったけど、特に表情が変わっては見えない。


 ウェンナだけ、少しマキュリを見つめていたのが気になった。


 ただ、何にせよマキュリがそう言ってくれるって事は、全員ちゃんと両親は健在なんだろう。

 そのまま話を続けても大丈夫みたいだね。


「あたしね。……死んじゃったの」


「え?」


「……どういうこと?」


 みんなが更にきょとんさんになる。


「あたしは、遠い遠い、お空の向こうの世界で生まれて育った。このファーレンガルドからずーっと離れた場所で」


 『遠いお空の向こうの世界』=『異世界』の意訳ね。


「そこで、事故にあって死んじゃったんだ。さっきも言った一週間ちょっと前に」


「え? でも今生きてるよね?」


 男の子の一人が首をかしげながら聞く。


「まーまー、まだ途中途中。……あたしは事故で死んじゃったんだけど、そしたら死後の世界、みたいなところに行っちゃって、そこに突然、神様が現れて言ったの。命を助けてあげる代わりに、ファーレンガルドを救ってほしいってね」


「そ、それって結構すごい取引ですよね……?」


 この感想はマキュリ。


「ホントにね。実際、あたしは本当に何のとりえもないフツーの女の子で、最初はそんなの無理って言った。神様は魔王をやっつけられる力をあげるからって言うけど、戦ったことないんだもん、今もそうだけど、全然魔王を倒す自信なんかなかったんだ。……だけど、思い出した」


 あたしは、自分の手のひらを少しだけ見つめる。


「あたしのお父さんやお母さん。お兄ちゃん。おじいちゃんやおばあちゃんや、友達のみんなの事。そんで、このまま本当に死んじゃったら、もう会えなくなるって思ったら……悲しくなっちゃって、泣きそうになっちゃって」


「勇者様……かわいそう……」


「うん……」


「みんなも、死んじゃって、お父さんやお母さんに会えなくなったら、どんな気持ちかな?」


「……かなしい」


「そんなのやだ」


 みんなお父さんお母さん大好きでよかった。

 色々あるけど、何もなければオビアス村は、平和な村なんだろう。


「ね。あたしもみんなと同じ気持ちだよ。だからあたしは勇者になって、ファーレンガルドを救うことを決めた。神様も、王国の女王様も、自信がなかったらしっかり修行して、魔王を倒せるように頑張ってほしいって言ってくれたの」


「……これから、強くなるって事かよ?」


「そうだよ。絶対強くなって見せる。……今はまだみんなに心配かけちゃってるけど、絶対に、ね」


 ぐっと握りこぶしを作って、みんなに見せて。


「そして魔王を必ず倒してみせる。生き返りたいっていう自分のためもあるけど、何よりみんなが笑って暮らせるように、ね!」


 ほぅっと、上気したような表情の子供たち。

 その顔は最初のあたしを不安そうに見ていた目とは全然違う。


 そんな中、最初に口を開いたのは。


「勇者様、ゴメン」


「え?」


 マールだった。


「俺、勇者様にカッコ悪いとか、ひどいこと言った」


「あ、いやー……まぁ実際カッコ悪かったし、カッコ悪いってのはひどいって程の事でも……」


「俺、勇者様をすげー応援するからさ! がんばって、本当に魔王を倒してくれよ!」


 あたしの気持ちが真剣だって伝わってくれたらしく、マールは凄く真剣な目で、あたしにそう言ってくれた。


 そして、それに導かれるように。


「あたしも!」


「僕も応援してるから!」


 子供たちの、その言葉。


「……うん、ありがとう。すっごく嬉しいよ。頑張りまーす!!」


 それが何より、あたしのこれからの事に励みになったと思う。


「さ、みんなはそろそろおやすみなさいの時間だよ」


「えー!」


「まだいいでしょー!?」


「もうちょっと勇者様とお話ししたーい!」


 そんな子供たちのわがままに、マキュリがちょっとわざとらしい、つんとしたような表情を作って。


「みんなが勇気なくて、勇者様に話しかけようか悩んでるから時間が無くなったのー!」


「やだー!」


「あそぶのー!」


「はーい、5ー! 4ー! 3ー!」


 ずだだだっ! とマキュリの前に綺麗に整列する、マールとウェンナを除く子供たち。


「……何今の」


「おまじない、みたいなものです。ああして5つ数えようとすると、みんないい子でいうこと聞いてくれるんですよね」


「0になるとどうなんの?」


「何も起きないと思います」


「でもみんなああしていい子になる」


「ですね」


 うーん、しつけの類だろうか。子供の感覚は分からない……しかし、かわいい……。


「イツカ、ちょっと子供たち送ってきます」


「俺も行くぜ、マキュリ姉」


「マールも?」


「ああ、手分けしようぜ。その方が早く戻ってこれんだろ?」


「ふふ、優しいじゃない。勇者様のお話に当てられちゃった?」


「うるせーな。俺一人で帰ったっていいんだぜ?」


「はいはい。ウェンナ、勇者様をお願いね」


「はい、マキュリ姉さん」


 と、あたしに『おやすみなさい』を言いながら、手を振ってくれる子供たちと歩いていくマキュリ。


 その子供たちに向けられる横顔を何となく見送ってみる。


「……うーん」


「なんですか、勇者様?」


「ああ、子供のみんなと一緒にいるマキュリって、お母さんっぽいって言うかなんて言うか」


「ですよね。勇者様にそれ言って貰えて、マキュリ姉さん、喜ぶと思います」


「喜ぶかな?」


「もちろんですよ。マキュリ姉さんの夢は今も昔も変わらず『お母さん』ですから」


「おお」


 あたしの元の世界では、正直16の女の子が『お母さん』を夢とするなんてのは、なかなか考えられない話だけど。


「さっきの質問なんですけど」


「……さっきの?」


「みんなに両親がいるかっていう話」


「……ああ。……あれ、もしかしてウェンナ、いなかった……?」


「私は両親とも健在です。……両親がいないのはマキュリ姉さんです」


「っ!? ……そう、だったの」


 マキュリにとっては、ネイプさんが唯一の家族って事なのか……。


「……あ、あんまり気にしないでくださいね! 責めようってわけじゃないんです! 村に来たばっかりの勇者様が姉さんの事知るわけもないですし。ただ、その……姉さんのお父さんお母さんの話は、勇者様にも知っておいてもらった方が、マキュリ姉さんと勇者様の仲良しの関係、変なきっかけで壊れないよねって思って」


「あ……うん、ありがとう」


 うーん、しっかりした子だ。

 あたしの11歳の時、こんなにしっかりしてたかなぁ?


「姉さんは五つの時、お父さんとお母さんが眞性異形ゼノグロシアに殺されたんだそうです」


「5歳……!?」


「はい。そのお母さんのお腹には、赤ちゃんもいたって……生まれてれば、あたしと同い年の子です……。もちろんそれだけじゃなくて、その時の眞性異形ゼノグロシアの襲撃では、他にも何人もの村の人が犠牲になったって聞いてますけど……」


「……」


 この世界の、あたしの想像を超える実情を、改めて認識させられる。


「ネイプお婆ちゃんはマキュリ姉さんのたった一人の家族だったけど、どちらかと言えば村長としての仕事が多くて、姉さんはお婆ちゃんと、あまり村の子供たちと同じような家族として過ごした時間は少なかったんじゃないかなって思います」


「尊敬はしてるって言ってたけど、あんまりあたしやウェンナの家族の関係とは、違う感じみたいだよね」


「はい。だからそう思ってるんだと思うんですけど、赤ちゃんを産んで、その子たちや村の子供たちと一緒に、村をもっと平和で明るくしたい。眞性異形ゼノグロシアの脅威を考えなくていい世の中で村中が幸せになる事が、姉さんの夢だって言ってました」


 ……お母さんになる、か。


 あたしの世界だってそういう夢を持ってる人はいると思う。

 でも、あたしの世界とは事情が違う気がする。


 オビアス村へ訪れる前に通った、あの滅んだ村の未だに残る焼け焦げた炭の匂いを思い出す。


 死が隣り合わせの日常で、生きる事。

 そしてその中で子供たちを産み、育て、守る事。


 あたしの世界でも、時にそれはとても厳しい事だっていうけれど、この世界にはより直接的な危険というものがあって、そして死と言う絶対に取り返しのつかないもので、いくらでも壊されてしまうんだ。


 そんな人たちが、危険を背にしなくていい世界を作る事ができるのは。


「うん。マキュリの夢もそう。ウェンナやみんなの夢も、かなえられるように頑張らなきゃだね」


「はい! マールだけじゃないです、私も応援してますから!」


 一人一人の夢や想い。


 こうやって受け止めて、力にすることができれば、ホントにそれが魔王を倒す力になる。

 700年続いた世界と違う、平和な世界に変えられるかもしれない。


 あたしはそれを、何となく理解し始めていた。




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