第4話 「初手は上々。舐められんなよ……!?」
……走る。
視線の先には魔王城。
その城門を目指し、ギルヴス、ランと並走するように疾駆する……!
と……その城門のアーチの中に。
「おーい、イツカーっ!! こっちこっちっ!!」
大きなキャスケットのような帽子をかぶった、小柄なボブカットのボーイッシュな女の子。
ゆったりとしたショートパンツから伸びる眩しい白い足で、ぴょんぴょこ跳ね、手を振ってあたしを呼ぶ。
尖った、掌大もある角が額から伸びているのは、あの子のシンボル。
彼女は世にも珍しい『ハーフユニコーン』と言う種族の女の子だ。
「リロッ! 勝手に出てっちゃダメじゃないっ!!」
まだ相当距離があるにもかかわらず、あたしは叱責するように声を飛ばすも。
「えへへーっ! 散歩してたら明かりが見えたから、そんなの見たらボクは飛び出しちゃうよねーっ!」
悪びれる風でもなく、リローヴィ――リロは、にぱぱーっ、と朗らかに笑いながらその場でくるくる回って声を上げる。
好奇心旺盛ですぐにどっかにふらふら歩いて行っちゃうリロだけど、その笑顔の愛らしさに、あたしはいつも本気で怒れずにいるワケで(そもそも別に誰に対しても本気で怒るなんてこと、あたしにはないワケだけど)。
と――リロのすぐ傍には木製のレバーが見える。
「ランっ! あのレバー!?」
「そう! ゲートの鎧戸を落とす奴!」
なるほど、これは準備万端。
見ればゲートはリロの伸長と見比べてもかなり大きく、そこに敵の侵入を防ぐための鎧戸が落とされるとすれば、それはかなりの重量のはず。
あの竜種の眞性異形と言えど、その真上に落とされれば僅かでも動きを封じられるだろう。
あたし達があのゲートをくぐり切っちゃえば、確実に――
「え……うわっ、ちょっ……うわわっ!!?」
「……えっ……?」
リロの周囲にいくつかの魔方陣が生じて……それは更に増えていく。
「あっ……あれって……!」
……それは旅の間に何度か見た、眞性異形の現れる召喚魔方陣のようなものらしい。
「ありゃー、ゴメン……これ、ちょっと無理っぽいーっ!?」
「リロっ! 一旦逃げてっ!!」
「かしこまりーっ!」
あたしの声を聴いて、慌ててリロはその場から逃げ出すように、城門の先に見える城の内部への通路へと駆けていく。
リロは召喚術師として、強力な召喚獣を呼び出す力を秘めてる。
だけど、強力な術にはそれだけ時間と言う物が要される。
あのタイミングじゃ、リロが召喚獣を呼び出して身を守ってもらう前に、出現してくる敵がリロに殺到するだろう。
と……現れたのは……!
「チッ……子鬼種じゃねェかっ!」
「ええ! でも数が多いっ……!」
眞性異形の中でも特に1m50cmぐらいまでの小型の二足歩行種が分類される。
個々の力は大したことはない。
レベル差で一体、二体ぐらいなら接近戦主体じゃないリロでも対応はできると思うけど、群れで敵に襲い掛かる習性がある。
わらわらと集まってリロを追いかけ始めるその数は……50ぐらいに及ぼうとしていた。城壁で見えないところでもかなりの数が召喚されていたらしい。
リロが慌てるのも無理ないって話。
と、ランが傍らで一緒に走るギルヴスに目配せをする。
「背後から引きつけるわよ!」
「おうっ!」
「イツカっ! 後からついてきてっ!」
「了解! 宜しくっ!」
「スキルキャスト……! 『加速力増進』っ!!」
ランの魔法で、青色のオーラに包まれたラン自身とギルヴスが三倍近い速度で走り出し、一気にあたしを引き離した。
そして走りながら、各々が手にしてた武器を構えると――引き金が引かれ、矢が放たれる!
『……GoAaaa!!?』
『GoGiiiiAaaaa!!!』
リロを追っていた最後尾の子鬼種眞性異形の数体が、叫び声らしきものを上げながらつんのめるように倒れていく。
その叫び声を聞いた前方集団の子鬼種たちは、何事かまた声を上げながら、全員が転進。
一気に先行していたランたちに向かってきた。
「初手は上々。舐められんなよ……!?」
「そちらこそね!」
この二人、持っている武器が弓と銃ってことで、遠距離支援が得意であることは当然なんだけど、冒険にも戦いにも熟練したこの人(?)達がこれらの武器を扱うと、まるでその戦い方が変わってくる。
「……たっ!!」
ランがかけ声と共に、加速をそのままに宙へと舞う。――ギルヴスと受け持ちは半分、群れの右側だ。
そしていつの間にか手にしていた5本ほどの矢――その羽根の部分を握っているんだけど、その内の一本だけを手首を返して角度を変え、一瞬で弓に番えると、即座に真上から一体を射る。
ランの弓は鋼よりも固い金属によって出来ているため、常人では引くことすらできない。
これがラン自身の練られに練られた魔力によって、引く力が相当に軽減されているため、彼女自身は易々とこの弓を引くことができる。
しかし、放たれる威力はその弓の強さのまま。
放った瞬間……!
『GeGyaaaa!!?』
背中から胸をその矢で貫かれたゴブリンの一体は、地面に縫い付けられるようにして動きを封じられ、ジタバタともがいた。恐らく、貫かれた瞬間は何をされたかすら気付けていない。
そのままゴブリンの群れの真ん中に着地するラン。
衝撃を膝で吸収して低い姿勢に。
――この時、既にランの頭には、どこからどう対処すべきかが全て描かれている。
即座に矢を持ち替え、すぐ右そばのゴブリンの一体が、こん棒のようなものを振り被っている間には、既に矢を番えて射出。
顎から後頭部を射抜かれたゴブリンは、背中から地面に転がる。
その結果を見るどころか、矢を番えた所で既に彼女は、視線を次の左後ろにいたゴブリンに移していて、放ったのと同時に手首を返して次の矢を番え、射る。
目の前の一体を射飛ばしつつ、その体を振った反動に逆らわずに、更に左真横から迫る一体を、その細くて長い足(憧れ!)で蹴り倒す……!
不意の斜め上からの圧に逆らえずに、地面に叩きつけられたそいつへと、体を捻りつつ真上から延髄へと次の矢を放って、再び地面に縫い付けて制圧。
次に背中から迫る相手には、更に体を回転させて、その手に持った矢をそのまま口の中へと突き刺した。
……ここまでほとんど、二、三呼吸の間に起きた事。しかもランの表情は至って涼し気なもんだから、危なげない戦い方とはこの事だ。
弓術師が接近戦をするなんて、ここに来る前のあたしじゃ前代未聞の話で。
ギルヴスに至っては、更に力強く敵を圧倒する戦い方だ。
「……ぐるぅぅああああああああああっ!!!」
ドラゴニュートは元々体躯も半端ない。
単純な膂力だけなら、人間なんて遥かに及ばない力を持ってる。
一番最初に自分に突っ込んできた一体の頭を片手で引っ掴む。
そのままぐるりと体を回転させてゴブリンをぶん回した後……!
「ぅぅおぉぉぉぉらっ!!」
ランとは反対の群れの中へと力一杯叩き込んだ。
当然それで群れは大慌てで、そもそも隊列なんて考えられていない一団は、さらに混乱へと瓦解。
その中へと、ギルヴスは地面を滑りながら踊り込んだ。
そして静かに目を閉じる。……こちらも敵の群れのど真ん中であるにもかかわらず。
そして両の手に握った銃を近づいてくる敵に向ける。
右手の銃口は、肩口から左斜め後ろに。
左手の銃口は、胸の前を通過して右斜め前方に。
そのまま引き金を引く……!
銃声。
狙い過たず、銃口の先にいたゴブリンたちが吹き飛ぶ。
すぐに腕が組みかえられ、今度は右手銃口がまっすぐ前方、左手銃口が後頭部を通過して真右に向けられて銃声。
銃声……そしてまた銃声……!
その度ごとに、ギルヴスは腕をくるくると組みかえるが、その位置から全く動かないのに、ゴブリンたちは次々に倒れていく。
ギルヴスもまた、ランとの突撃の時に、既に全ての敵の対処が頭に描かれている。
銃を構えた立ち位置は、既に対象となる全ての敵を撃つのに適した位置であり、その時点でギルヴスの役割は全うされたといってもいいとか言う話(……アノ映画のアレっぽいのを異世界で見られるとは思ってもみなかった)。
そして弾丸が尽きても大した間は必要ない。
「『ウェルメイドワークス』……っ!」
両の手を掲げて、吹き飛ぶゴブリンたちの体から砕け散ったゼノグリッターに術を施して、銃弾を生成。
中折れ式で真上を向いた、空薬莢の抜け落ちたリボルバーへと滑り込むように落ちてカチッ、カチッと収まっていき、リロードは3秒かからない。
その僅かな間の後で、再び銃弾が火を噴くのだ。
ランと合わせて、50体余りいたゴブリンは30秒経たずに沈黙した。