第56話 「まだ終わってねぇぜ、騎士様よ!!」
「くそっ……やるじゃねぇか……っ!!」
「覚えておけっ! 不利な状況にこそ、活を求めるものだっ!」
「騎士様のホールドぉぉっ! カウント!! 1ー!……」
「だがぁっ! 足が浮わついてるぜぇっ!!?」
「何っ!?」
パルティスがホールドされたまま、腕を右に、そして更に左に振る!
「ぅおおおっ!?」
バランスを崩していたヴァイスさんは、その腕にいいように翻弄されて、たたらを踏むように揺さぶられた。
その結果っ……!
「2ー! すり……」
「ぅぅうらぁぁっ!!」
腕の動きに合わせて、指も揺さぶられるらしく、その動きでパルティスの指がヴァイスさんの下から抜け出す……!
「なんとっ!? やってくれるっ……!」
「カウント、2.8! ギリギリでパルティスが、騎士様の鉄槌の下から転がり出たぁっ!!」
観客、更に大喝采。
ってか、あたしの知ってる指相撲と違う。
「んでぇっ……! まだ終わってねぇぜ、騎士様よ!!」
「何ィっ!? ……ぐっ!?」
パルティスが腕をヴァイスさんに押し込むように、体ごと前に出る……!
バランスを崩したままだったヴァイスさんは、膝が折れて地に着く。あおむけに押し倒されそうになるのを辛うじて足で踏ん張る形に……!
「ぐくっ……! おの、れっ……!」
「今度は……取らせてもらう!」
エビぞりになっていくヴァイスさん。
足に踏ん張りがきかないらしい。
パルティスの指が、ヴァイスさんの指を追う。
態勢が整わないヴァイスさんは、辛うじてかわしているけど、動きが鈍く、いつホールドを取られてもおかしくない……!
でも……!
「……勇者殿が見られている前で……!」
ヴァイスさんが空いている手で、パルティスの、指相撲をしている腕の肩をつかむ!
「……何っ!?」
そのまま力任せにパルティスを引っ張りよせて……!
「愚をさらすわけには……いかんのだぁっ!!」
「ぅっ……うおおおおおっ!!!?」
指相撲で組みあっている手だけを支えに、肩に担ぎあげてリフトアップ!
足が完全に浮くパルティス! 観客の大歓声!
そのまま……!
「だぁぁぁっ!!」
体の向こう側へとパルティスを投げ、地面にたたきつける……!
「ぐはぁぁっ!!?」
足が地についていないパルティスの状態では、当然抵抗なんてできない。
「見たかぁっ!!」
高らかに吠えるヴァイスさん。
まるで獅子の咆哮だった。
……しかし……!
「さす、が……勇者の、パーティの騎士様だっ……! 力じゃ及ばねぇか……! だがぁ……!」
「ぬっ!?」
「これは指相撲なんでなぁぁ!」
体を投げられてもまだ指の組み合った状態。
そこで冷静だったパルティスが、鋭く指を動かし、大技を決めて心に隙を生んでいたヴァイスさんの親指の根元を完全にホールドしてしまう!
「……ぬぅがぁぁっ!? しまっ……!」
「パルティス、ホールドぉぉっ!! カウント! 1ー!」
「くぁぁっ!?」
必死に指を抜こうとするが、あまりにも理想的過ぎるそのホールドは――
「2ー!」
「ぬあああああぁぁぁぁっ!!」
「……3ー!!」
如何に剛力のヴァイスさんでも抜け出すことは不可能だった……!
「カウント3! 入ったぁぁっ!! オビアスの若き虎、パルティス! 危機から見事に勝利に転じたぁぁっ!」
加熱する人々の声が、村のヒーローに賛辞を送る大歓声になった。
「くぅぅっ……! 見事、だ……! 地位を返上したとはいえ、王国の元スタリット副騎士団長を地に着けたその技巧……敬服するに値する……!」
膝から崩れ落ちる、立っていたヴァイスさん。
反してぐぐっと立ち上がる、地面にたたきつけられたパルティス。
「地に着けられたのは俺の方さ。まさかあのまま力で担ぎ上げられるとは思わなかったよ。さすが王国の騎士様だぜ、やり合えて嬉しい」
すっとパルティスの手がヴァイスさんに差し出される。
「私もだ。地方の村にもこれだけの猛者がいる。自分の世界の小ささを思い知った! ありがとう、強者よ!」
「おう!」
ヴァイスさんがその手を力強く握って、パルティスに引き上げられるようにして立ち上がる。
そしてそのパルティスの腕を高々と掲げ、勝者を称えると、村の人たちは更に両者を称えて拍手を送っていた。
ヴァイスさん……色々ガチガチの人だけど、こういう所、清々しい人だよね。
と、大熱狂のそこへ、全く相反するようなテンションで、とことこと歩みよる小さな影が一つ。
「……ジルバ」
「ん?」
その小さな影は。
「……プルパ? どうしたの? ってか何してたの?」
プルパの元に駆け寄るように、あたしも巨躯の男の人二人の前に出た。
「ランと一緒にいたんだし。『ってか何してたの』は、プルパのセリフなんだし……」
じとーっ、と無表情でヴァイスさんを見上げるプルパ。
前から思ってたけど、この組み合わせの身長差がハンパない。倍近い差がある。
「うむ! プルパ、何用かな!?」
「ジルバはランが呼んでるから、プルパについてくるといいんだし……」
「そうか! 承知した! 勇者殿、しばし席を外させていただきます」
「あ、うん。はい」
深々と頭を下げられるけど、別に断る理由とかないです。
「勇者のパーティの一員として、敗北を喫したは恥ずべきところ。しかし勝負の内容に免じ、お許しいただきたく!」
「その内容では怒ってないです。まぁきっかけは褒められたものじゃなかったですが、勝ち負けはともかく、カッコよかったですよ」
手に汗握ってヴァイスさん見てたのはホントだし、ホメたい気持ちもホント。
……突っ込みどころもいっぱいだったけど。
「……おお……! 勇者様のお言葉……身に染みますぞ……!」
そのまま感涙に咽び泣きそうなヴァイスさんに、笑いながらパルティスが声をかける。
「騎士様、勇者様の護衛役だろ? 離れていいのかい?」
「パルティスよ! 私の事はジルバで構わん!」
「おう、ジルバ」
「うむ。パルティス、勇者殿なら君と共にある分には何の問題もないと私は判断した! しばし、勇者殿のお守りを頼みたい!」
「ああ、任されたぜ。行ってきなよ」
「頼んだぞ、友よ!」
そう言って軽くパルティスに手を振り、意気揚々と離れていくヴァイスさん。
道々、村の人たちから声をかけられてる。
『凄かったぜ、騎士様』とか『騎士様、あとで一杯おごらせてくれよ』とか。
ヴァイスさんはそれに、朗らかな笑顔で応えていた。
と、それを見送るあたしにも。
「勇者様!」
「はいっ!?」
声を掛けられる。……なんだか明るい声で。
「さすがは勇者様のパーティメンバー! 名勝負でしたね!」
「あ、はい」
「ああ、勇者様もしっかり鍛えて、みんなとちゃんと戦えるようになってくれよ!?」
「あはは、頑張りまーす……」
ケガの功名だろうか、何か、村の人たちがさっきより自然に話しかけてきてくれる。
まー、ちょっと不本意な部分はあるけど、ヴァイスさんのおかげで、あたしも村の人たちとは少しは仲良くなれたみたいだった。