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第53話 「……最悪ではない、ってだけだよね」

「700年も魔王との膠着状態が続くと、いつの時代もそうなんだけど、勇者の出現を待てないで、自分たちで魔王を倒す手段を模索しようとする組織が現れたりもしたのよ」


「あー、うん。それはそう思う人がいても当然だよね」


「ええ。その中で、『ユスティツア』というカルト教団が台頭した時代があったの」


「ユス、ティツア……」


「そう。……今から200年ぐらい前かな」


「に、200年……。……エルフのランは生まれてたとか?」


「私は今年で193歳よ。まだ生まれる前の話だけど、それぐらいだと私にとっては、人間が感じるぐらいに遠い昔って程ではないわね」


「そうなんだ……」


 ランの見た目からすると、ファーレンガルドのエルフの寿命って人間の十倍ぐらいかな……?


 まぁ、今はそれはいいとして。


「で、彼らユスティツア教団の幹部たちは、その卓抜した知識と魔道技術で、眞性異形ゼノグロシアに対抗する手段を様々模索したの。そして行き着いた先が――」


 二人に一度、視線を落として。


「『人間に眞性異形ゼノグロシアの力を植え付けて、戦力にできないか?』」


「て、敵の力を使って敵を倒す……!」


「そういうことになるわね」


 パッと思い浮かぶ変身ヒーローの姿。

 どこの世界もそんなの考える人がいるんだね。


 敵の力を知ることで敵の弱点を探ろうってことなんだと思えば、ある程度必然なのかもしれないけど。


「……他の方法とか考えなかったのかな」


「まぁ、その結論に至るまでの経緯はあるんだろうけど、それはさておきって話よ。結果として彼らはそれを選んだの。そしておぞましい事に、ユスティツアはその実験を、教団の信者を使って行っていたというわ」


「ぅえ……ひどくない、それって!?」


「外の人間からすればそうかもしれないわね。でもユスティツア教団は、眞性異形ゼノグロシアによって家族や親しい人たちを失った人たちで構成されていたこともあって、結束が固くて、自分たちからそれを願い出た人間たちも少なくなかったって話」


「あ……」


 なるほど、なりふり構わないとか、希望を見失ってとかって話だよね、きっと……。


「そうして信者から候補を募り、実験を繰り返していた」


「それは完全に人体実験だよね?」


「ええ、失敗も多くあったらしいわ。でも、研究は何とか進行し、それが王国に知れる事になる頃には、実験は概ね完成していたという事よ。主の言う事だけに従う、非人道的な兵器となった人間を扱う悪魔の研究としてね」


 あたしはごくりと喉を鳴らしてしまう。

 マキュリの表情も、少し怯えた風だった。


「実際、彼らが自分たちの本部のある自治区を、眞性異形ゼノグロシアから守ったという記録もあるにはあるの。でも、その自分たちを守った兵隊たちの姿を見て、人々はひどく嫌悪した」


「ヤバい姿の人間だもんね。しかも敵と同じゼノグリッターが体に張り付いた……」


「そう。そしてそのあらましを知った人々は、彼らを非難したわ」


「当然だと思う」


「王国もユスティツア教団に対して実験の中止を求めた。でも教団も自分たちに実績がある事からそれを受け入れず、ついに王国は軍隊を持って教団の制圧に乗り出したわ」


「……でもそれって、そんな簡単には……」


「もちろん行かなかったわね。王国は多大な犠牲を払ったという事よ。一体一体が強力な力を秘めていて、そのマスターから適切な指示を受ければ、緻密な作戦も行えたっていう話だし」


「……さっき聞いた牧童シェファード級っていうのに似てるね」


「教団には武力組織という背景もあったの。そもそもは魔王を倒そうっていう組織だったから」


「ん? ……うん」


「その組織内の訓練の成果に加えて、眞性異形ゼノグロシア化した人間は、眞性異形ゼノグロシアの頑強さと増幅された力を手に入れることになる。同じ数なら牧童シェファード級に率いられた眞性異形ゼノグロシアより、力は遥かに上だったそうよ」


「なるほど、そうなのか……」


「それでも王国は辛うじて教団を鎮圧した。そしてその恐ろしい秘術を永遠に封印しようと、教団の中で研究資料をくまなく探したの。でも、その資料はどこからも見つからなかったって事らしいわ」


「……誰かが持ち出して逃げたって事?」


「まぁ、そう考えるのが普通よね。その結果、この200年の間で何度かこの眞性異形ゼノグロシア化した人間が現れて、その都度王国はその対応に追われることになっていたようよ。それが……まさかこのオビアス村で見つかるなんて……」


 ホントに『忌まわしい』を絵にかいたような話だ。

 どの世界でも、強い負の感情から生まれた信仰は、歪んだ方向に行っちゃうって事なのかな……?


「……元には……戻れないのですか?」


 マキュリが居た堪れなくなったように聞く。


「戻れないわ。戻れるのであれば、あの研究が『恐ろしい』と称されることはなかったでしょう」


 ランも、やるせなさそうにそう口にした。


「ただ、この二人は幸いにして、マスターコントロールから外れることができたようね」


「マスターコントロール?」


「そのまんまの意味。この眞性異形ゼノグロシア化した人たちをコントロールする人の力の事よ」


「あ、なるほど」


「そして『幸いにして』、この二人は完全に自我を失っている。……見て、手を」


 ランに促されて、二人の手を見ると。


「固く結ばれているわ。恐らく……恋人か、ご夫婦かしら? 最後の瞬間にお互いの気持ちを結びあう事で、辛うじてマスターコントロールから逃れられたのかもしれないわね」


「……最悪ではない、ってだけだよね」


 あたしは一歩机に歩み寄って、女性の方の手を恐れることなく握ってみた。


 色は土色だけど、人と変わらないように、その手にはぬくもりがあった。


 でもそれはもう――この人はもう、人じゃないなんて……。


「イツカの言う通りよ。そして彼らは最悪でなくても、状況は極めて悪質だわ」


 ランが眼鏡の弦を持ち上げる。

 眼鏡が一瞬光った後のランの目は、厳しい戦士のそれだった。


「その眞性異形ゼノグロシア化した人間たちをコントロールできる、ユスティツア教団の遺児がこの付近に潜んでいる。……気にしなければならない大きな事態が一つ増えたようね」


「何という事か……眞性異形ゼノグロシアどもの襲来の中……なぜ、この村にそのような……!」


 ネイプさんが頭を抱えて状況を嘆く。


「ネイプ村長、この二人は村の眞性異形ゼノグロシア包囲を殲滅した後、近日中に王国に運んで処理します」


「処理とは……その……」


「……。……そういう事です」


 ランはやや淡々とそれを口にした。

 ただ同時に、その僅かな言葉の発される『間』に、ランの本意ではないという感情も見て取ることが出来た。


「それまでこちらに安置して頂いてよろしいでしょうか? 彼らはもはや、何をすることもないでしょう。必要なら私が見張るぐらいはします」


「……かしこまりましたじゃ」


眞性異形ゼノグロシアとの戦闘と並行して、私たちはこの件の調査も行います。包囲の殲滅の後、捜査が完了していなければ、王国の到着を待って捜査を引き継ぎます。王国は忌まわしい『ユスティツア』の根を徹底的に絶やすべく捜索をするでしょう。それまでいささかの辛抱ですわ。よろしいでしょうか?」


「何卒よろしくお願いいたします……!」


 恭しく頭を下げるネイプさん。


 あたしはもう一度眞性異形ゼノグロシア化した――眞化人シンカビトになってしまった二人の姿を見つめた。


(人が、犠牲になる……)


 その二人の向こうで、前の戦いで散っていったヴァイスさんの部下の騎士の人たちの散りざまが思い出される。


(勇者であるあたしは、こんな人たちを救えるのかな?)


 あたしの知らない残酷さを宿した世界。

 あたしはそれを救うためにここにいるはず。


 そのために神様からチートとか言われる力をもらったんだ。

 それできっと、目の前の人々を救えるはず。


 そう信じて前に進まなければならないと、あたしは一人考えていた。




 この時。

 まだ、あたしはこの村での戦いで決めなければならない覚悟というものを、理解はしていなかった……。




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