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第52話 「順を追って話した方がいいかもしれないわね」

 机に置かれたランタンの揺らめきで、その影が壁の上を泳いでいる。

 ランとネイプさんはその机の傍らに立っていた。


「ラン……何、どういう状況……?」


 寝かされている二人は、一組の男女だった。


 どちらも見開かれたまま、宙を見つめるその目には生気を感じず、そして、その肌の色は、ランタンのオレンジの色で分かりづらいが、どうも肌色を超えた鈍い土色であるようにうかがえた。少なくとも、正常な人間の肌の色じゃない。


「この二人は?」


「古くから伝わる、忌まわしい魔道実験の慣れの果てよ。こんなところで会うとは思わなかったけど」


 正直、出会ってから戦闘以外では見たこともない厳しい顔つきのランを見て、状況の異常さを知るに至る。


「魔道実験って……じゃ、何かの術にかかってこんな、意識のない状態に?」


「そう」


「村の、人?」


 恐る恐る机に近付きながら、マキュリに聞く。

 同じくこわごわと机に寄るマキュリも、注意深くその二人の顔を覗き込んでみたが。


「……いいえ。この方たちは、村民ではないです」


 その声の色には、もちろん受け入れられはしないが、最悪の事態を免れたという安堵が見えた。


「左様、この村の付近を訪れた旅人と思われますじゃ」


 と、ランのそばにいたネイプさんが、あたしたちに言う。


「旅人? お婆様、このお二人を、いつ、どこで見つけたのですか?」


「今朝方じゃ。パルティスとサットが、ファバロへの橋あたりで見つけた。川の中を漂っていたという事じゃ」


「……あれ? もしかして、今あたしたちがいた辺り?」


「はい、そうです。……お婆様、この事を知っているのはパルティスとサットだけですか?」


「うむ。あの二人なら口外することもなかろう」


 その二人については後で紹介してくれるってマキュリが言ってたっけ。

 ネイプさんにも信頼されてるみたいだし、とりあえず今はまだ、このことで村が色めき立つようなことはないってことかな。


「……ん?」


 ふと、二人の左肩の辺りに視線を下すと、その部分の服が、不自然にごつごつと盛り上がっているように見えた。


 男の人の方が、のぞき込みやすいかなと思って、首元の方から服の中を確かめてみようと思ったところ。


「……普通にめくっていいわよ、イツカ」


 そう言ってランが男性の襟もとに手を差し込んで、そのまま肩を露出させる。


「……あっ!?」


 マキュリと一緒に、小さく声を上げてしまった。


 肩だけじゃない。

 そこにはてらてらとした紫の、怪しく美しい輝きを持った鉱石が、左胸――心臓の辺りから肩にかけて、びっしりと生えていた。


「こ……これって眞性異形ゼノグロシアの……!?」


「ええ、ゼノグリッターよ」


 もう、それだけでこの状況の忌まわしさが数倍する。


「まさかこの二人は、人間型の眞性異形ゼノグロシアとかじゃ!?」


「いえ、それはちょっと違うわね」


 すっと、ランは二人に視線を落とす。


「この二人はね、『眞性異形ゼノグロシア化』しているの」


「ゼノ……グロシア、化って……」


 その言葉を少し反芻して思い当たる状態は。


「ひょっとして……人が眞性異形ゼノグロシアになっちゃうってこと?」


「その通りよ。魔道アカデミーは『眞化人シンカビト』とか呼んでたかな」


眞化人シンカビト……」


 あたしが口にしたのを聞いて切なげに頷いて、深く息を吐くラン。


「こうなってしまったら最後、もう人の営みには決して戻れない。摂取も排泄もなく、生物としてあるべき欲求も生殖も失われる――」


「っ……!?」


 ランのその言葉に、あたしより傍らのマキュリが怯えたように身を竦め、あたしに僅かに身を寄せる。


 言葉をつづけるラン。


「記録によれば、その変化の波を無事に乗り切ることができれば、感情や自我が残ることもあるらしいけど、自分の体が忌まわしい眞性異形ゼノグロシアと同じと言われれば、世間の目も含めて、生きていくことも難しいでしょうね。大体その末路は『自死』らしいわ」


「そんな……」


 いや……そうもなっちゃうのかもしれない。

 こんな状態、こんな姿――どんなに前向きになろうったって、目の前に立ちふさがる障害の大きさがあまりにも……。


眞性異形ゼノグロシアに、そんな事ができる奴がいるの?」


「ううん。これをやったのは眞性異形ゼノグロシアではないわ」


「じゃ誰がこんな事を?」


「そうね、ちょっと順を追って話した方がいいかもしれないわね」


 ランは眼鏡を直しながら、改まったように口を開く。




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