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第48話 「あたしのこともイツカって呼んでほしいな」

「昨日まで――っていうか、ついさっきまでの話です。私は伝令様から、勇者様が私と年の頃の近い女性だと伺いました。それで、私、とってもドキドキしてしまったんです。どんな素敵な女性なんだろうって」


「素敵……それはイメージ完全に壊れたでしょ……」


「はい、壊れました」


「ストレートだっ……!」


「いい方に」


「いい方とかあるのっ!?」


「はい!」


 すっとマキュリが自分の胸に手を置いて。


「私、今年で16歳になりました」


「あ、いっしょだ」


「同い年なんですか!? 嬉しい!」


 唐突に抱き着かれて、ぎゅううう。


「うーわー! マキュリ! マキュリ、苦しい、苦しい!」


「あ……あはは、ごめんなさい、興奮しちゃいまして」


 照れ笑いで離れるマキュリ。

 まぁ、苦しいとか言ってマキュリの肩をタップしてみたものの、ホントは色々やーらかくて、いい匂いがした……。


「……この村、さっきあの場にいた面々でほぼ全てなんです。それで……みんな年の近いお友達はいるんですけど、私だけ一人、ぽつんと結構みんなと離れてて」


「なるほど、その間だけすっぽり抜けて他に誰も生まれなかったと」


「そうなんです。一番近い、マールとウェンナでも5つ離れてます」


「さっきの、櫓の上にいた男の子と女の子だっけ?」


「そうですそうです」


 あの子たち、さっき村に入るところで眞性異形ゼノグロシアに矢を撃ってくれた面々に中にいた気がする。


 11歳か。

 そんな年の子でも戦わなきゃいけない状況について、思う所はあるけど、それはひとまず措いとこう。


「でも、勇者様は近い年どころか同い年だった。そして……何ていうか、勇者様って言われてる人だけど……えっと、言っちゃっていいですかね?」


「え? ……うん」


「……なんていうか、普通の女の子だった。それがとっても嬉しかったんですよ」


 ほわっと浮かべた笑顔が、本当に嬉しそうだった。

 それはあたしにとっても嬉しい事だ。


 ただ、あたしにはちょっと釈然としないことが一つあって。


「勇者様と言われるぐらいなのだから、きっと魔王を討伐されるだけの力を持った方なんだとは思います。でもそれ以上に、慌てたり、びっくりしたり、こんな風に一人で落ち込んじゃったり。それって誰もがそうなる、普通の事ですよね。えっと、無礼を承知で言わせていただきたいんですが――」


「ストップ、マキュリ」


「え?」


 ちゃんと、言いたい。

 あたしは上から目線で人を見たくないし、人に下からも見られたくない。


「えっとね。『無礼を承知で』とか『言っていいですか』なんて、そんな遠慮した言葉、あたしにはいらないよ」


「そ、そう、ですか?」


「うん。だって」


 このことを人に納得してもらうためには、自分自身の気持ちをちゃんと伝える事が大事。


「今のマキュリの言葉の後に続く言葉って多分――きっとあたしにとって、この世界で一番聞きたい言葉だと思うから」


「っ……! ……わかりました」


 おずおずとではなく、マキュリは微笑みながらまっすぐあたしを見て。


「勇者様は、『私とおんなじ』、普通の女の子です!」


「わーい、やったー♪」


 満面の笑顔で万歳するあたし。


「勇者様、かわいいっ」


「再びうーわー! でもなんかこれは嬉しいぃぃ!」


 じゃれ合ってみる。

 あー、なんか一週間ちょっと前の事なのに、高校でバカやってた頃が懐かしい……。


「……勇者様」


 若干、興奮すると抱き着き魔になるマキュリが、あたしから離れて、改まったように口を開く。


「私は小さな村の一介の巫女でしかありません。勇者様に第参英霊級の威啓律ヴァーチュー・因子アーカイブスをお渡しした後は、何ができるという訳でもないと思います」


「いや、それだってあたしたちからすれば凄く大きな助けだと思うけど」


「ありがとうございます。……ただ、もしよかったら村を出られた後も、時々思い出してもらえれば嬉しいです」


 ぐっと胸元で、両手を握りこぶしにして、力強く。


「私はずっと、何があっても、勇者様を『応援』し続けてますって……!」


「あ……」


 ふっと。


 肩にずっと何かを背負っていたように感じられていた今の状況が、軽くなったように感じられた。


 応援。


 『期待』という言葉が形を変えただけなのかもしれない。


 でも、そう変わっただけで。

 ただ一方的に背負わされる責任のように感じられていたものが、『共同歩調』のように感じられて――その声と一緒に戦っていけるような気がして、気持ちが大分和らいだんだ。


 それをしてくれたのは、目の前の同い年の女の子だった。


「マキュリ」


「はい! マキュリ・ソーリアです!」


「それはいいから。ね、マキュリ」


「はい!」


 テンション高くなると、かわいいな、この子……ってそれは今はよくて。


「あたしのこともイツカって呼んでほしいな」


「え? ……ぁ……」


 何を言われたか一瞬分からなかった、みたいな表情の後、少しおずおずとし始めたマキュリ。


「お、お名前で、ですか?」


「うん」


「……」


 色んな葛藤が頭ン中を駆け巡ったであろう後に、意を決したみたいに口にする。


「……イツカ、様」


「ううん、イツカ、で」


「ぅ……。……イツ、カ」


「うん、それです!」


 ヤバ、マキュリかわいい。

 顔真っ赤にして、震えながら名前呼ばれるとか、結構来るものがある……!


「っきゃー!? 勇者さ、いえ、イツカ、さ、あー! イツっ! イツカっ! これは、これはーーーー!!?」


「……あ、ごめん」


 なんてこったい、今度はあたしが思わずマキュリを抱き締めてたとか。

 マキュリは見事に錯乱。慌てて離れるあたし。


 ……他人のこと、抱き着き魔とか言えないのでは。

 むしろ無意識とか、あたしの方がヤバ気。


「どうしよう、言っちゃった……。お婆様の前で勇者様を呼び捨てなんかにしてしまったら、どれだけ怒られるか……」


「あー、そっか。うん、慣れなかったら、困らせるつもりはないから、それは慣れたほうで呼んでもらっていいからね」


「はい。……イツカ」


 マキュリはもう一度、確かめるようにあたしの名前を呼んでくれた。

 まだ抵抗はあると思うけど、それでもそう呼ぶことそのものは嫌じゃないみたいで、あたしはそれがまた、ちょっと嬉しかった。


 マキュリがいてくれる。

 異世界の、同い年の女の子。


 それだけで、このオビアス村では何となくやっていけそうな気になれた。




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