第46話 「なーんであたしはこーなのかなぁ……」
村の防壁に沿うように走ると、次第に村の奥の方へと入っていくことになったようだった。
その先に小さな小川が現れ、低い草の繁る土手に少しだけ分け入って。
そのまま立ち尽くして、暫しじっとした後――
「……んーにゃぁぁぁっ!! もー、ままならぬー!!!」
そう言い放って、あたしはその土手にお尻から、力が抜けるように座り込んでしまった。
「あー、もー、ホント……なーんであたしはこーなのかなぁ……」
でっかいため息をつきながら、体育座りでぼやくあたし。
――城から出る時の大歓声。
あれがあったから、少しは村の人たちも受け入れてくれるんじゃないかと甘い期待でこの村に入ってみれば、最初から失態の連続。
馬に乗ってはへっぴり腰、人と上から目線で話してへーきな顔して、挙句の果てには村の宝具をたたき割るとか、あたしは一体、ここに何しに来たんですかと。
そりゃ村の人たちの不信感が最高潮になるとか、そんなの身から出た錆、自分で蒔いた種……
「勇者様っ!」
「おぅわっ!? びっくりっ!?」
後ろから唐突に声をかけられて、あたしは身を竦める。
「……マキュリ?」
振り返ったそこには、先ほど村の入り口で見た、はつらつとした明るい笑顔が。
「はい、マキュリです! マキュリ・ソーリアです!」
「あ、うん」
この子、あたしに名前呼ばれるたびに、フルネームで答えるつもりだろうか?
とか思ってるうちに、だんだん自分でしでかしたことを思い出して。
「……ぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……! ぁぁぁぁわわわわっ……!」
「え? えっ? な、なんですかっ?」
あたしの唐突の慌て振りに僅かに引くマキュリ。
あたしは、ばっと頭を下げて。
「ご、ごめんなさいっ!」
「は、はい!?」
「あたしっ……あたし、とんでもない事をしてっ!」
「あ、はいっ! こちらこそごめんなさい!」
……。
「……え?」
まさか逆に謝られるとは思っておらず、あたしは頭を下げたまま、顔を上げる。
すると、あたしの眼前で、同じく頭を下げてるマキュリ。
「すいません……。早く見てもらいたいとか、気が逸って、威啓律因子を懐から取り出すの、盛大に失敗して放り投げちゃって……受け止めてくれようとした勇者様の邪魔までしてしちゃって……」
「あ、いや、それはその」
あたしたちはゆっくり体を起こしながら、話をする。
……うーん、あたしのこの天性の物壊しスキルについては、触れるべきか否かと。
今すぐだとややこしくなると思うので、それは後で話すとして、それよりも言わなきゃいけないのは。
「えっと、ね。多分」
「はい」
「本気で謝らなきゃいけないのは、あたしの方で」
「い、いえ、そんな」
なんか畏まるマキュリの言葉に被せるようにして言葉を続ける。
「ごめん……これで、魔王討伐が一歩遠のいちゃった……。村の人にも、この世界の人にも、なんてお詫びをすればいいかって」
「魔王討伐が遠のいたって、結晶化した威啓律因子を壊したことですか?」
「……うん」
「その事なんですけど」
「はい」
「多分、聖謐巫女たる私がちゃんと言わないといけないと思いまして、こうして来たんです」
「……言う? 何を?」
「えと、ですね。結晶化した威啓律因子。これはさっきみたいに確かに強い衝撃を与えると割れちゃいます」
「はい」
「でもですね。威啓律因子って、消えてなくなるものじゃないんです」
「……ん? それはどういう?」
「威啓律因子は、生命の霊的な力場を保持して変換するもので、物理的な消失というものをするものではないんですね。結晶化させて宝玉の形態を取るのは、私たちが扱いやすいようにするためで、その状態からの欠損は因子の存在消失とは繋がらないんです」
「……」
「……」
「……」
「……えっとつまり、威啓律因子は別に消えてなくなったわけじゃないってことですよ」
「……そうなの!?」
「良かった通じた」
安堵された。
「じゃあ、えっと……またどこかに行けば、見つかるって事?」
「はい、特に第参英霊級の威啓律因子の霊的情報は、必ず同じ限定されたエリアに戻って元の形をとるんです。この村の因子であれば、村の裏手の山の――」
「ああ、えっと、『ファバロ山』って言ったっけ?」
「はい。えっと」
と、あたしたちのいる場所から右手――マキュリが指さした川の上流50mぐらい先に、木でできた小さな橋があった。
「あの橋を渡った道の先がファバロの入り口です」
「あー、あそこが」
橋の先から少し高い木が生い茂り始めて、確かにその向こうに見える山に続いているようだった。
「実は一度ご覧になっていただきたいなーって思うんですけど、それはそれは美しい蝶の姿に戻っています」
「虹色の、だっけ?」
「はい。ファバロは山としては険しくはないんですけど、小さな蝶を一匹探すっていうのがそれなりに大変なんで、お婆様が勇者様を怒鳴りつけるとかしちゃいました。その失礼についても、本当にごめんなさい」
「い、いや……それはあたしのせいっていうのがふんだんにあるので、当然だって思ってるんだけど」
「それであれば、あれは私のせいでもあります!」
「あー」
……状況を考えれば、まぁ、そうなのかな。
「だから怒られなきゃいけないのは私も同じはずなのに、なぜ勇者様だけ叱るのか、そこが納得いきません!」
芯の通った子だなと思った。
確かに、あの状況で、あたしをずっとかばってくれてたのはマキュリだった。
だから、応えないと、だよね。
「ありがとね、マキュリ」
「い、いえ、そんな」
「……よっし」
あたしはファバロ山に視線を向けて、決意を新たにするように言う。