第43話 「私の知ってるオビアス村は」
……どうもそれは馬から降りれなかったことをバカにしている雰囲気ではなかったみたいだけど。
「こっ……こっ……」
「え?」
ネイプさんの表情が俄かに険しいものになっていく。
その理由が分からないあたしは、きょとんとしてその様子を見ていたけど。
「この、こむす――」
「勇者様っ!!」
さっきの女の子が、明るい表情を取り戻して、再びあたしに近づいてきてくれる。
「鐙を支えにして、鞍の縁を握って、そのまま降りてきて大丈夫です! この子ならよろめいたりしませんから!」
「え? あ……そう、なんです、ね?」
「はい! で、まだ地面から高いと思うので、あたしの腿を台にして降りてきてください!」
そう言って馬の左脇で片膝をつく女の子。
「えっ!? で、でも……」
「大丈夫! 馬から降りるって言うのはそういう物なんですから」
「あ、うん……まぁ、それなら……」
「お、おい、マキュリ……」
ふと一瞬だけそちらを見れば、さっきの門の上にいた、ガタイのいい方の男の人が傍に来ていて女の子に声をかける。その更に傍らには、矢を撃ってくれた、ひょろ長の眼鏡の人も。
しかし女の子は、視線を一つ男の人達に投げて微笑むと、男の人はそれ以上何も言わなかった。
――と言うやり取りを、あたしは馬から降りるのに必死になっていたために気付かなかったが。
「よっ……!」
あたしが少し怖々と、左足で鐙を踏んで体重をかけ、ゆっくりと右足をこちらへ持ってくる。
女の子の言う通り、馬はしっかりとあたしの体を支えてよろめきもしない。
……一緒に横倒しに倒れちゃわないか、怖かったってのはあったんだよね。
で、後ろ向きになって、女の子の腿の上に右足を延ばすと。
「はい、大丈夫! 不安があるとよろけちゃいますよ? そのまま一気に降りてください!」
「う、うん!」
そこまで言ってくれるならこれ以上は、と思って、あたしは一気に女の子の腿に右足で体重を乗せて――
「ほいっ」
っと、後ろ向きに飛ぶ。
着地。
「うわわわっ!?」
……バランスを崩して、更に尻で着地。
「あいたたた……」
無様に無様を重ねて、あたしは体を起こしながら呻いてしまう。
「なんだ、あれが勇者……」
「戦えるのか、あんなのが……?」
……聞こえてますよー、村の皆さん。
ああ、顔から火が出そうってこういう状況……。
「……大した身のこなしでいらっしゃる」
「う……」
しわがれた声。
とてもじゃないがそちらに視線を投げられない。
「いかがなものでございましょうかな、我々はあなた様を信じてよろし……」
「勇者様、お手を!」
と、あたしの眼前に差し出される手。
「マキュリっ! お前までワシの言葉を遮るような――!」
「私の知ってるオビアス村は、転んじゃって痛がっている女の子を、一人そのままにしておくような村じゃないはずです!」
「ぁ……」
この子……あたしの事を、『女の子』って言った。
「さ、イツカ様!」
「う、うん……」
その言われようは、ラン達パーティのメンバーではない人からは初めての事。
ましてや、初対面でこんなにすぐに、そう言われたことはこれまでになかった。
だからあたしは、その手を自然と握れたんだと思う。
女の子に引っ張り上げられるようにして、あたしはやっと立ち上がった。