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第42話 「私たちはどうあっても勇者様をお迎えすべきと……!」

「よっ……と」


 背中からそんな声が聞こえて、馬にしがみついていたあたしは、ゆっくりと体を起こす。

 軽く地面を踏み鳴らした音の後、あたしの脇を通り過ぎて、女の子は馬の鼻っ柱を優しくなでてほほ笑んでいた。


「よしよし、流石は王国で訓練された子だね。よく頑張ってくれたわ。待ってね、すぐにケガの手当てをしてあげるから」


 馬がその言葉で機嫌よさそうに、ぶるるっ、と鼻を鳴らすと、その様子に女の子は更に愛らしい笑顔を浮かべた。


「マキュリおねーちゃーんっ!」


 と、そんな声を上げながら村の奥の方から走ってくる小さな姿がいくつか。


「みんな! 良かった、無事? 怪我はない?」


 そう口にした女の子に、5人ぐらいの小さな子供たちが抱き着いて満面の笑みを浮かべる。


「だーいじょうぶだよー、みんなちゃんと隠れてたもん!」


「マキュリおねーちゃんは大丈夫だったの?」


「エートースで駆け出してって……みんな心配してたよ」


「ふふ、もちろん。ほら、怪我もしてないでしょ?」


「ホントだ!」


「ね。心配してくれて、ありがとう」


 そう口にするその女の子の表情は、あたしが馬上で振り返った時に見たそれより、少し大人びて見えた。

 この子たちにとって、大切な、優しいお姉ちゃんなんだろう。


「さすがはおねーちゃん! 村一番のおてんば!」


「こら、誰がそんな事言ってたの!」


「マール」


 同時に櫓の上を一斉に指さす子供たち。


「うわっ!?」


 と、櫓の上で小さな声を上げて隠れる、これもまた小さな男の子の姿。

 ……女の子の周りの子たちよりは大きいかな。


「マール! あとで私のトコ来なさいな!」


「うるせぇ! 間違っちゃいねーだろ!」


「マキュリ姉さん、あとで私が引きずって行くから」


 そう言って櫓の中から現れる、男の子と同じ年ぐらいの女の子。


「なぁ!? ウェンナ!? 余計なこと言うんじゃねぇよ!」


「ウェンナ、首に縄かけて連れてきてね」


「はーい」


 村の中の結束は、子供たちを見ていても固いようだった。

 この村を守るために、その中で役割をしっかりと整えた社会が構築されているらしいことは、私を助けてくれたこの女の子を中心にしたコミュニティを一目見ただけでも、十分に判断し得た。


 ……で。


「あ、あのー……」


 馬上でその様子を見ていたあたしが、小さく女の子に声をかける。


 すると、女の子は再び年相応の、ぱぁっと大輪の花が開くような笑顔をあたしに向けて。


「勇者様! お待ちして……」


「マキュリっ!!」


 突如あたしの前方から発された一喝にも似た厳格な大声に、あたしも、その女の子も小さく身を竦めてしまう。


 何十人もの大人を従えた、小柄な白髪の老婆がそこにいた。


「じゃじゃ馬のバカ娘が! 立場を忘れて眞性異形ゼノグロシアの大群のど真ん中に飛び込んで行くとは何を考えておる!」


 女の子の周りにいた子供たちも、それが当然であるかのように、女の子から離れて、やってきた大人たちの元へと駆け寄っていく。


 そのお婆さんの周りの人たちや、子供たちの反応だけで、あたしはもう、一発で理解した。


 このお婆さんが、この村で最も権力を持った人だって。


「お婆様! ですが私たちはどうあっても勇者様をお迎えすべきと……!」


「世界を救うお人ぞ。武芸百般、馬術にも長けておらんで魔王討伐が聞いて呆れる。お前ごときが出ずともどうにかされた事であろうて」


 ……。

 えーと、あたしの事だよね、今言われたの。


 当のあたしは馬の上で目を白黒させながら、お婆さんと女の子のやり取りを見ているだけだった。

 女の子は何も言い返せないのか俯いて、一瞬だけあたしに視線を振って、そしてまた俯いてしまう。


 そんな状況にいたたまれなくなったあたしは。


「あの……すいません……」


 誰かに話を聞いてもらおうと、小さな声を上げる。


 と、それが届いたのかどうなのか、小柄なお婆さんはゆっくりと杖を突きながらあたしへと歩み寄ってきた。


「勇者様、オビアス村へようこそ。わしは村長のネイプ、と申しますじゃ」


「あ、どうも……あたしは、イツカって言います」


 あたしの名前を聞いて、お婆さんの取り巻きの人たちが小声で、イツカ様、とか、それが勇者様のお名前か、とかそんな事を呟き合っているのが見えた。


 お婆さん――ネイプさんはうんうんと頷いて言葉を続ける。


「やっとこの魔王軍との戦いに終止符が打たれる時が来たのですな。村人ならず、全世界の民たちがあなたをお待ち申し上げておりましたぞ」


「は、はぁ」


 そんな曖昧な返事を返してみるが、ネイプさんの言葉に何となく違和感。

 なんて言うか、流暢すぎるというか、変に芝居がかっているというか。


「ふむふむ、馬から降りられませぬか。我々のような詮無き民草とは、同じ目線でお話ができないという事でございますでしょうかの?」


「あ……い、いえ、そうじゃなくて!」


 あー、なるほど。

 分かりやすい人って言うのは嫌いじゃないけど、まぁ違和感の正体はあっさり理解できた。


 多分、今あたし、『慇懃無礼』の見本みたいな事言われてる。


 ちくちくと針を刺してくるようなその言葉に、だんだん居た堪れなくなって――。


「まぁまぁ、どうかそのままで。お立場と言う物は大切なものでございます。我々も勇者様との会話につきましては十分に――」


「ごめんなさいどうやって降りたらいいんですかっ!!?」


 武芸百般とか言われた後の事、馬から降りられないとか、恥ずかしさは全開だったが、礼儀を失してるって言われてる事の方に耐えられなくて、あたしはそう声を張り上げていた。


「……!」


「……あれ?」


 そんなに大声を張り上げたつもりじゃなかったんだけど、ネイプさんをはじめ、村の人たちが驚いたように目を剥いた。




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