第2話 「……大丈夫。ちゃんと、始められる」
「……おおうっ! 無事だっ!!」
打てば響くぐらいの勢いで元気よく上半身を跳ね起こし、返事を返してくるジルバに向かってコケそうになる。
「マジでか!? あの一撃食らって立ち上がれるとか一体何で出来てますか!?」
あたしの心配を返せ。
元々頑丈な人だが、旅の合間に手に入れたこの白銀の甲冑は、強力な魔法の守りを宿しており、物理衝撃から強力に装着者を守る。
それでも、今の一撃をまともに食らってこうもあっさり起き上がるなんて……。
「いや……効いた事は効いたぞ……! さすがは魔王の城を守る眞性異形、一筋縄ではいかんという事かっ!」
全く効いてないようにしか見えないカンジでそう言い放ち、立ち上が……ろうとするが。
「ぐっ……!」
膝立ちのまま震えるジルバ。
「っ……!? 足に来てんの!?」
「いや、大丈夫だ……! これしきっ……!」
しかし、状況はあたし達をゆったりと待ってはくれなかった。
『GoooooooooooooooUAaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
轟音を響かせながら迫る眞性異形。
見上げるほどに接近した所で、大きく振り上げられるその両の足が、それぞれあたし達を押しつぶそうとする……!
いけない。
あたしはいいけど、こんな状態のジルバは、あたしでも連れて逃げる事は……!
「イツカぁ……随分とおっとり刀じゃぁねェか……あぁ?」
「えっ……!」
あたしの名を呼んだ声の後、数発の銃声。
加えて、風切りの音があたし達の横をかすめて行く。
そして次の瞬間、眞性異形の振り上げられた前足に、銃弾と矢が突き刺さる!
『……GoooooooooURuuuuuuaaaaaaaaaaaaa!!?』
後ろ足で立ったまま、突然の痛烈なダメージで前足を振り回す眞性異形。
そのままバランスを崩して、前足で体を支える事が出来ずに、真横に潰れるように地面に突っ伏した。
そしてあたし達の前に、それぞれの武器を構えながら走り込んでくる二つの影は……!
「……ランっ! ギルヴスっ!」
流れるような亜麻色の長い髪。
見るからに身軽そうな、草色と土色を基調にした軽装。
長い耳をぴくぴくと震わせて、手に持った弓を油断なく構えながらも、そのエルフの女性――ラン・ルーンはあたしへと振り返り、かけている眼鏡を、くいっ、と持ち上げてみせた。
「お待たせ。見つけたわ、リロもプルパも」
「ホントに!? 良かった……!」
ランがそのまま視線を前方へ投げると、表情を引き締める。
「竜種の眞性異形、よね。……こんなのがいたの……!」
「ラン達と別れてちょっとしたら、洞窟の下の階層から登ってきたんだよ……!」
「……ここから先は、こんなのがぞろぞろ出てくるって事かしらね……!」
ふっと柔らかくも、油断のない目で微笑むラン。
「おいイツカ」
「え……?」
あたしの前に立ったもう一人――こちらも竜種眞性異形へ視線を向け、あたしに背中を向けたままだけど、ランとは真反対のテンションであたしに語り掛けてくる声。
「魔王城にたどり着いた程度で一人で勝手に痺れて出遅れてんじゃねェ。間違うなよ、お前の最後の戦いは、今からおっぱじまるんだろうが……!」
厚手のコートに身を包み、二丁の銃を握ったまま、レザーハットの鍔を整えなおすその頭は、ドラゴンの頭部。
――竜人。
琥珀竜種と言う珍しいタイプのドラゴニュートの彼の、その口から出る言葉はいつも皮肉めいている。
「ビビッて引けた腰で世界を救おうたぁ、締まらねぇ英雄譚もあったもんだぜ、あぁ?」
「……分かってる」
あたしの返事にフン、と鼻を鳴らすギルヴス。
「空気や意地で返す返事なんざァ要らねぇ。……ちゃんとここまで運んできたモノを思い出せ」
「思い……?」
「言わせんのか? 手間かけさせんじゃねェぞ、お前の通ってきた道だろうが。見てきたことを、どこかに置いてきちまったんじゃねェだろうな?」
「……」
……ああ、そうだった。
あたしはただ、『あたしの願い』だけを背負ってここに来たんじゃない。
それを考えるだけで良かった。
そうすれば、自ずと、手から震えは消え去るだけ。
「……大丈夫。ちゃんと、始められる」
「……フン……ちったぁ図太くなってきやがったかな」
ギルヴスは苦笑したように、もう一度鼻を鳴らした。
彼の厳しい言葉の裏には、ちゃんとあたしを諭す心がある。
ランはお姉さんのように優しくあたしを見つめてくれるが、ギルヴスは間違いや過ちに至らないように横からちゃんとつついてくれるんだ。
これまでの旅がずっとそうだった。
そんな事の繰り返しで、甘いばっかりだったあたしにも、ちょっとは戦士としての心構えみたいなモノが宿ったんじゃないかって感じてる。
……そして眞性異形へと振り返りつつ、思う。
もうちょっと、ちゃんと思い出す時間が欲しい。
たくさんの人の無念を払うために。多くの人たちの供養をするために。
出会った全ての人たちの想いを、この手に載せるために。
けど、今はいい。
この難局を切り開くだけの力は、ちゃんと戻ってきてるから……!