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第35話 「みんな……きっと、帰るから……!」

「はぁ……」


 御神体を巾着に戻し、ばふっ、とあたしはベッドに倒れ込む。


 ありえないぐらい柔らかなベッドに、あたしの体は沈み込んだ。


 少し、無言。

 そして明日からの冒険の旅というものへ、想像を巡らせる。



 晩餐会の合間合間にランと話をした。

 当面の冒険の指針としては、まずは近隣の村を経由して、伝承に遺された宝具や、戦いに便利なアイテムを集めつつ、みんなの実力をつけていく。


 おお、なんというRPG的展開。基本に忠実なレベル上げ。


 何より、あたしはどうやら、そんじょそこらの悪者が『お前何者。』って言っちゃうぐらいには強いらしいけど、戦い慣れているわけじゃないので、ちゃんとそういう戦いの機微も身に着けていきたいところだ。


 メンバーはあたし、ラン、リロ、プルパにヴァイスさん。


 そして。



   ◆



 ――キラキラと輝くような設えの大きな宴会場で催された、あの優雅な晩餐会の中。


 色んな人に挨拶を交わされて、何がなんだかワケわかめになっていたが、料理が一つ一つ見た目からものすごく精巧に、丁寧に作られて、味ももちろん、一言では言い表せないほどに美味しい物だったことはよく覚えてる。


 まぁ、そんな中でのことだった。


 宴もたけなわになりつつも、変わらず100人余りの名士で溢れかえる広い室内だったが、唐突に異質なざわめきが入口の方から聞こえてくると、人垣が真っ二つに割れて、その人は現れた。


「忙しいんだがな、デザートの甘みに込める至福ってやつは、人が考えるよりせっかちなんだぜ?」


 その言葉を伴いながら現れたその人の格好に、あたしは開いた口がふさがらず。


 黒いTシャツにエプロン。

 そして三角巾をつけた……ドラゴニュート。


 先日初めて会った時は、渋いコート姿だったはずだが、今のその姿は、『威勢のいいラーメン屋さんでバイトしてそう』。


 そんな人が、この料理をすべて作った言うんだから世の中さっぱり分からない。フライパンを片手に現れるとか、何かの冗談かと思われた。しかも立場がバイトとか、どういう事なの?


 でも、その人――ギルヴスさんは、会場の中であたしを見つけると、周りの人間がどれだけ偉かろうがお構いなしに、まっすぐに歩み寄ってきた。


「……あ……」


 大きい。

 巨漢のヴァイスさんほどじゃないが、あたしの頭二つ分は上に目があり、あたしからすれば異質なドラゴンの頭に、理知的なそれが据えられている。


 その目が鋭くあたしを射抜くと、口を開く。


「話は聞かせてもらったが」


「は、はい……」


「俺に白羽の矢を打ち込むつもりなら、それより早く弾丸で撃ち抜かれる覚悟はできてんだろうな?」


「え、えと……」


 ……ちょっと何言ってるのか分からないために、傍のランに視線を向けて助けを乞うも、ランはフフっと笑ってそれ以上何も言わない。


 と言うのも、ギルヴスさんと何を話すべきなのか、それは既に打ち合わせをしていたことだ。


 だからランに頼るのではなく、あたしが言わなければならない。

 それが、冒険と言う命をかける場に仲間を内に引き込む際の、引き込む側の鉄則。


「あの、ですね」


「……」


 躊躇うも、気圧されず、ギルヴスさんが言ったことを反芻する。

 そして、その言葉の意図を汲み取って、自分なりの言葉を作る。


「ギルヴスさんが銃を向ける相手には、あたしが剣を向けます。だから、あたし達、魔王討伐のパーティに加わって力を貸して下さい!」


 銃弾で撃たれてもいいという覚悟を見せろ。つまり、『何をされてもいい背中を預ける』という事とあたしは解釈する。

 そしてあたしはその言葉に対して、自分の使命で応えたつもりだった。


 ギルヴスさんは、何ともやりきれないといった表情で、鼻を鳴らして再び口を開く。


「……ガキの言葉としちゃ取り繕った方だ。だが所詮はガキの戯言の域を出ねェ。言葉が熟してねェようだぜ、ラン」


「っ……」


 あたしはその言葉にぎくりとする。

 ……あたしの言葉は届かなかったろうか。


 でもそこに、今度はランから助け船が出た。


「あなたならそう考えるかもしれないわね。でも、あなたの目の前の熟す果実の味は、あなたにも分からない。……イツカはそういう年の子よ」


「確かにな」


「それに……分かっているはずよ、ギルヴス。今回の冒険の行く先は人知の及ばない場所ばかり。食材を探すこともそう、そしてたくさんのお腹を空かせた人たちに、食を分け与えたいというあなたの願望も、この旅は合致するんじゃなくて?」


「フン」


 ギルヴスさんは、小さく肩を竦めてみせる。

 声色は変わらないし、虚を衝かれた風でもない。


 それは誰かに、あたしの言葉をフォローさせたかったように聞こえたのはあたしの聞き違いだったろうか。


「……ビターは後味が大切だ。苦味だけ残すのは性に合わねェ。……それでいいか?」


「……えーと」


 わけわかめ。


「もちろんよ。ね、イツカ?」


「え? ……え?」


 ランを二度見。

 今のが分かったとおっしゃる!?


「残した仕事があるから、追いかけるって」


「あ、あー……」


 今の……そうなんですかー……。


「いいのか?」


「ぁ……は、はい! わかりました、お願いします!」


 何だかごちゃついたけど、どうやら一つの関門をクリアできたようだった。

 あたしはそれに胸を撫で下ろす。


「用はそれだけだな、じゃあ俺は」


「いえ! あ、あの!」


「……あ?」


 呼び止められて、背中を向けたままこちらに視線を向けてくるギルヴスさんに、多分本当は、この場で一番伝えたかったあたしの言葉を投げかけた。


「料理、ものすごく美味しいです!」


「……」


「ご、ごめんなさい! あたし……どーもいちいち、言葉が上手くなくて……」


「上辺のトッピングだけで人は喜ばせられねぇ。そういう言葉でいいのさ。……ここへ出てきた価値はあったな」


 そう言ってまた人の波を、歩くだけで切り分けながら仕事場へ戻っていくギルヴスさん。


 ……背中にファーレンガルドの言葉で『どらごん亭』と書いてなかったら、完全に決まってたと思ったんだけどなー……。



 でも、最後に出てきたフルーツ仕立てのスイーツは、多分思い出したらその場でよだれが溢れるんだろうなってぐらい、あたしに至福の時を――



   ◆



「……じゅるっ……。……ふぁぁっ!?」


 あたしは慌てて口元を拭う。

 ……この味はできれば忘れて帰りたい……ああ、でも忘れたくない……。


 ……みたいな事を考えて、あたしはごろりと、寝返りを打つ。

 ベッドの布団がやわらかすぎて、寝返りしづらいが、そこはそれ。


 横になった視線の先に、机に立てかけられたあたしの剣。



 ――魔王が、待っているという話。

 その話を聞いた時、あたしは魔王があたし自身を待っているのではないかと期待した。


 やっぱり望郷の念と言うか、この全く知らない世界に一人放り出されると、その中で知り合いに会ったらテンション上がるだろう。


 でも、話はそうじゃなくて、魔王は討伐隊によって、剣が運ばれてくるのを待っていると。


 ま、そりゃそうだよね。

 そもそも魔王があたしのいた世界の住人だなんて誰も言ってないし、700年前とか全然時代も違う。

 だからその考えは異邦人であるあたし自身の願望でしか無い。あたしからしか出ない考えな訳だ。


「全く……大した自信だよね!」


 あたしは一つ憤慨したように鼻息を吹き出して、目を閉じる。


 剣を持ったあたしなんかに絶対に負けないという自信の現れ。

 腹立つからやっぱりぶっ倒さなきゃいけない。そのためには、しっかり実力をつけて、そして……。




『――魔王に勝つってことには『戦う理由』が必要なんだ』




「……」


 この世界を、見て回る。

 それは自ずと、このファーレンガルドの人々と触れ合うこと。


 女王様を始めとした、たくさんの人の想いに向き合うこと――なんだと、あたしは漠然と理解している。


 どんな冒険になるのか、あたしにも分からないけれど。


「みんな……きっと、帰るから……!」


 あたしは決意めいた言葉を、ただ一人、ベッドの中で口にする。




 それが7ヶ月の冒険の幕開け前夜の、まだ何も知らない、ただの女子高生に毛が生えた程度の、あたしの姿だった……。


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