第34話 「……うん、くっついてる」
「んしょ……んしょ……んしょ……」
城の中に用意されたあたしの寝室。
「……ふぁ、き、消えたぁ……」
賓客用のとてつもなく豪奢なその部屋で、あたしは何とも場違いなことに、ヴァイス副団長からもらったみかんの皮で、くきくきと刀剣磨き――もとい、マジック落としを終わらせていた。
剣にマジックで落書きされて、それをみかんの皮で落とす……。
そんな奴、文字通り古今東西、あたし以外にこの世にいるだろうか……。
「……ん……」
自分で直した柄を握り、剣を掲げる。部屋の照明を受けて、一度輝く刀身。
とても軽いその剣は、まるであたしに誂えられたかのよう――少なくともあたしはそう思っている。
その理由。
柄には、左右二枚ずつ対称に、外側に開く四枚の羽根のような飾りが設えてある。
そしてその上側の二枚の真ん中から剣が真上に伸びている。その刀身も美しくやや赤みがかっているのだが。
それがあたしには、あたしの世界にしかないであろう『桜に見えた』。
森の植物に詳しいレンジャーのランの話によれば、少なくとも、この世界に桜と呼ばれる植物はない(みかんがあったのは、こっちの世界で言うところの『柑橘系植物』が、みかんという言葉で訳されただけと思われる)。
で、あれば、この剣がファーレンガルドで作られたものである以上、まぁそれが桜を模したものではないんだろう。
ただ。
桜はあたしにとって思い入れの強い花だ。
それがデザインとして剣の柄になっている。
だからあたしはこの剣を自分に誂えられたもののように感じたんだよね。
「……」
ふと、あたしは思い出す。
この剣を抜いた時、あたしの中に溢れた、たくさんのイメージ。
その一つ一つの映像のスピードはとてつもなく早くて、今思い出してみても何が何だかははっきりとは分からないんだけど、それらに共通していたことは一つ。
『誰かが何かと戦っていた事』。
『誰か』ってのは、一人じゃなくて複数人だ。その人たちの視点で幾多の戦いが繰り広げられていた。
あたしの厨二脳をフル回転させてみるに――なるほど、その『誰かの戦い記憶』があたしの中に流れ込んできたのだとすれば、あたしのこの戦いの技術と言うのは、その人たちの動きをなぞっているんじゃないかと勝手に想像できる。
「……んじゃ、それは誰って話になるかもしんないけど」
まぁ、その答えはあたしなんかに出る訳がないよね。
あたしは剣を鞘に納め、机の縁に立てかけると、作業台にしていた机の端っこに置いておいた、緑と紫の雅な巾着を手にとった。
「だいじょうぶ、だよね?」
本当はこの巾着は開いちゃダメって言われてるんだけど、そのまんまになんかしておけない。
ってかもう、一度は開いてるんだし。
あたしは巾着を広げて、中の物を取り出した。
「……うん、くっついてる」
手のひら大で、厚さ1cmぐらいの石細工。これもまた、見事な桜型をしていた。
より正確には、『5枚の、火を模した花びらが組み合わさって出来た桜文様』だ。
花びら一枚一枚の先端が、先割しているが、少しズレた形のために、火のように見えると言われれば、確かに見える。
色も、どちらかといえばピンクと言うよりは赤一色だ。
この文様がおじいちゃんの神社の印章でもあるんだけど、その形になった謂れについては、神主だったおじいちゃんからは聞いていない。
ただ、それは間違いなく神社の御神体であり、長年に渡って人々に崇め奉られてきたものだった。
そしてあたしの、桜という物への思い入れの理由でもある。
「凄い、ヒビもほとんど見えないぐらい綺麗なくっつき方してる」
一昨昨日。
この世界に訪れて一心地ついた後、広げたこの石細工が気になって恐る恐る開けてみたら、ものの見事に真っ二つに割れていた。
あたしには神様に守られてきたって自負がある。
だからこの御神体を、割れたまま――っていうか自分が壊してしまったものをそのままにしとくなんて、あたしにはとてつもなく寝覚めが悪いので、何とか直したいと考えていた。
そこで昨日の昼、剣を直すのにお世話になった鍛冶屋の工房の人たちから、街でも評判の強力な接着剤をもらって、丁寧にくっつけ直した。
割れ方も良かったらしく、豪快に割れた石細工はくっつけ合わせると綺麗につながった。
接着剤の威力も相まって、あたしの手の中の御神体は何事もなかったかのように綺麗な桜型を取り戻していた。
「……神様、許してくれるかな……?」
ファーレンガルドにこの御神体を持ってきてしまった。
早く返さないといけない。
家族に会いたいってのも、もちろんだけど、これもまた帰らなきゃいけない大きな理由だ。
そして……この御神体を割ってしまう原因にもなった、『自分の願い』を、叶えるためにも。