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第33話 「じゃ、一緒に行く?」

 とはいえ剣を抜いた時に、逆に力が抜けそうなので消しておきたいんだけど……ええと、確かモノ作りしてる時に本で読んだことのある油性マジックの消し方。


 この世界でありそうなアイテムは……。


「すいません、女王様」


「なんや?」


「みかんとかこの世界にあります?」


 確か硬いものに書かれた油性ペンのインクは柑橘類の皮で落とせたはず。一度お試しあれ。

 カモとかネギとかあるなら、ありそうなもんだけど。


 女王様は一瞬きょとんさんになった後、気を取り直して。


「……まぁ、あるにはあるけど……この場にはなぁ。後で持ってこさせ」


「ここにございます!」


「「「「「「「……え?」」」」」」」


 唐突に謁見場に響いた声。……全員が振り返った先には。


「勇者殿……このスタリット騎士団副団長であるジルバ・ヴァイス! 常にみかんを持ち歩いておりますぞ!!」


「……は?」


 勇んで歩いてくる甲冑姿の男性。兜を外し、マントを付けたそのフルプレート姿は紛れもなくあの戦いで騎士たちを率いていた副団長だ。

 こうして改めて近づかれるとそのデカさが分かる。身長は優に190cmはあった。


 そして、その体躯からは想像もできないような、あたしの手のひらにすっぽり収まる小さなみかんが差し出されていた。


 その人の手の上だと豆粒のようだ……。

 あたしはただ茫然とそれを見つめ……。


「……何かございましたか!?」


「ぁ……いや……」


 ……えーと。


「……なんで持ち歩いているの?」


「ヴァイス家の風習でございます!」


「どんな風習!?」


「風習とは時に奇異なもの、特に古い風習には疑いを持たなければ、その意味の知る機会はいずれ訪れるだろうと、ただただそう思っておりました」


「……そうなんですかね……?」


「ええ! しかし我悟ったり! 我が風習は……!」


 空を仰ぐヴァイスさん。


「この時のためにあったのだッ!!」


「偶然甚だしいんですけどっ!」


 ぐちゃっ


「しまったぁぁっ!!? 感動のあまり握りしめてしまったァァァッ!?」


「ジュースになっちゃったよ……」


 滴り落ちるみかん汁。


「しかし問題ございませぬ! ここにもう一つ!」


 再び懐から差し出されるみかん。


「えぇぇぇ……」


 どんだけみかんな一族だよ……。


「あ、ありがとうございます」


 受け取る。

 まぁ、欲しいって言ったのはあたしなんだから、拒否する理由はないワケで――


「勇者殿」


 と、ヴァイスさんがかしこまったように、あたしの前に膝をつく。

 ……それでもあたしの肩ぐらいまである巨体だった。


「……ヴァイスさん?」


「私、ジルバ・ヴァイス、以下スタリット騎士団の面々は、勇者殿に救われました」


「……あ……」


 その言葉に、あたしはあの戦いを反芻する。

 思い出される、地に伏して動かなくなった、騎士の人たちの姿――


「でも……助からなかった人も……もっと早く動くこともできたはずなのに……!」


 あたしにまっすぐに手をかざして、言葉を押し留めるヴァイスさん。


「御自分を責められますな……! 彼らは名誉の戦死です……! 勇者殿にかの剣をお渡しするまで、我らはあの大軍をしのぎ切ったのです……! 彼らを死なせたのは偏に我が采配の至らなさ! 勇者殿に責はございませぬ……!」


「……。……ありがとう……ございます……」


 この人も、あたしと同じかもしれない。

 その肩に大きな責任を背負って、それを糧に、戦いに臨む。


 ああ、もしかしたらそういう事なのかもしれない。

 きっとそうしなければ、本当の意味で、戦いに全力を傾ける事が出来ないって……。


「それに、あの剣を振るうお姿が……私の目に焼き付いて離れませぬ……」


「え……あたしの?」


「はい。あわやという所で我らの頭上を華麗に舞い、そして敵の前へと躍り出て剣を振るうあの姿……」


 ぐっと手を握りしめて。


「なんと麗しく、美しいお姿かと……!」


「……は……はぁ……」


 あたしは必死に剣を振ってただけだから、その辺の感覚は良くは分からん訳ですが……。


「今、王国内では勇者殿と共に魔王を征伐する人員を公募しております! 私は自分の責を果たすため、また、部下たちの無念を背負い、騎士団副団長の座を返上し、この戦いに終止符を打つ戦いに身を投じたく存じます!」


「……公募?」


 両手の人差し指をこめかみに当ててくりくりとこね回す。

 聞きなれない言葉を反芻して……その意味を把握した所で。


 女王様に顔を向ける。


「あの……明日には出ようとか思ってたんですけど、急ぎ過ぎですか?」


「あれ? せやったんか?」


 顎に手を添えて少し小首をかしげて考える女王様。


「せやけど、魔王城に挑むには一人言うんはさすがに重いやろ」


「それは、もちろんそうですよね。ただ……」


 すっと、あたしは後ろを向いて。


「あたしは……ランは来てくれるかなって思ってたんだけど、勘違い?」


 その言葉に、ランは微笑みながら頷く。


「ふふ、私はイツカの後見人だもの。着いていかないわけがないでしょ?」


「良かったぁ……」


 正直あたしは結構な人見知りな性格だから、できればよく知った人と一緒の方がありがたいなーと思ってて。

 それにラン自身、凄い戦士だって言うのは、ここへ来るまでの馬車の中での話でも理解できたしね。


 あたしはそのまま、視線をランの横に立つ二人に向ける。


「リロとプルパは? なんかギルドから推薦されてるとかなんとか」


「そんなのなくてもねー、ボク達は最初から勝手についていくつもりだったよー」


 手をまっすぐに元気よく上げて、リロは答えてくれた。


 ……リロはホントに黙ってでも着いてきてくれそうだけど、あのリロの『お友達』は戦いの中で見事に立ち回ってた。

 ギルドの推薦って話もあるぐらいだ、頼りになる事は間違いないだろう。


「プルパは……魔王城に用があるんだし……」


 うつむきながらそう口にするプルパ。

 プルパには、そうだね……行く理由があるし。


 そして魔法使いとして、チームにはなくてはならない存在になりそうだよね。


「じゃ、一緒に行く?」


「うん!」


「ぅゆ……」


 二人が頷く。


「ありがとう、二人とも」


 ただ、あたし的には、『コンビニ行くけど、一緒行く?』ぐらいのノリな気がするんだが、これはいいんだろうか……?


 それはさておき、女所帯4人って、チームとしてはどう――


「ゆ、勇者殿!」


「え?」


 声をかけられて振り返る。


「わ、私は……その……」


 そこには、なんだかしどろもどろのヴァイスさん。

 ……そう言えば、ヴァイスさんも行きたいって言ってくれてたっけ。


「あ、ヴァイスさんもついてきてくれます?」


「……おお、もちろん……もちろんですとも!!」


 目が一瞬でキラキラに変わった。


「我……勇者殿に選ばれた……!」


「ぁ……あはは……女の子ばっかりなんで、窮屈じゃないといいんですけど……」


「何をおっしゃいますか! 我は身を粉にしてお仕えいたしますぞ!」


「戦いだけでなく、行軍中は男手があってくれた方がいいですからね。ヴァイス副団長、よろしくお願いします」


「ラン殿、力仕事などは何卒我にお任せください!」


 どんっと、胸を叩くヴァイスさんと微笑み合うラン。



 そう……後々の話になるんだけど、この時、この二人の関係は別に特筆することはなかった。

 しかし……なぜか冒険を重ねていく内に……。



「もう一人ほしいな?」


「え?」


 女王様があたしに声をかけてくる。


「それで伝承の戦士たちと同じ人数、6人や」


「……ああ、なるほど」


 験を担ぐってわけじゃないけど、6人って、なんかゲームとかでも多すぎず、少なすぎずのパーティでバランスいい気がする。

 ……いやでも、6人は帰ってこなかったんだから、験担ぎになるのかな、これ?


 まぁいいや、あたしはちょっと考えて。

 ……男の人がヴァイスさんだけってのもやっぱり心配だから、記憶を辿って……。


「じゃあ、あの……拳銃の竜の人って来てくれるかな?」


「……」


 なんか周囲が無言になる。


「……何?」


 ランが少し噴き出すように笑って言った。


「うふふ……王国一の銃士をさらっと選んじゃうなんて、イツカもなかなか大物よね」


「え? ……え!? そうなの!? い、いや、それは……」


 確かにすごい銃の使い手、とか思ったけど、王国一とかそんなとんでもない人だったとは。

 もちろん口にしたのは、他に知り合いがいないってだけで……。


「いやでも……そっか……そういう人ならぜひ来てほしいよね」


 相手となるのは、ファーレンガルドを闇に染める強敵。強い人であることに越したことはない。

 ただ、この場にはいない人を、勝手に選んでいい物かってのはあって……。


「お願いしたいけど……どこに行けば会えるかな?」


「今日はバイトだって言ってたけど」


「立場どういう人なの!?」


 王国一の銃の戦士が……バイト……。


「今日は、場内の厨房で見かけたで」


「え、何!? 更にどういう人!?」


「王国一の銃士でもあり、引く手あまたの流しの料理人でもあるのよ、ギルヴスは」


「……そう言われると、格調高く聞こえるけど」


「でもバイト」


「それでいいんだ、あの人……」


「おいしいねんで、ギルヴスの料理は」


 女王様の顔が、この場では初めて見せる、困り顔のような幸せそうな笑顔になる。


 ってか女王様ともあろう人が、なんで厨房をのぞき込んでるんですか……。


「しかし、イツカのパーティに加わるとなると、しばらくギルヴスの料理はお預けになってまうなぁ……」


「ふふ、女王様、仰いましたわよ? 王国の戦士は須らくイツカの協力を惜しまぬようにって」


「いけずやんか、ラン」


 二人はそんな言葉を交わし合って笑い合った。


「せやったら……今晩しばらくお預けになるその味をたっぷり堪能せなあかんね」


「そうなんですね」


「イツカも一緒に食べて行ってもらうさかいな」


「……え?」


 なんで?


「今晩は勇者イツカを招いて激励の晩餐っちゅう趣向や。王国の名士も集まってくる。そこに出す料理をギルヴスに頼んでんよ」


「……あ、そういう」


 聞いてなかったから変な声出したけど、まぁ、そう流れもありはありなのかなーと……。


 ……。


 ……ちょっと考えて、募ってくる不安。


「で……でも、あたし……そういう突拍子もない場って言うのは……」


「ギルヴスも頼めば厨房から出てきてくれるわ。その時に、ついてきて来てって、お願いしてみましょうか?」


「あー……。……それは……顔出なきゃだなぁ……」


 ちょっとお腹痛いかもだけど、とんでもない事やらかすことに勝手に指名しといて、あたしが直接頭を下げないってのはないだろう。

 ……ギルヴスさん……ちょっと怖い人だったけど、それがあらかじめ分かってたら、まぁ、なんとか。


「明日出発はちと想定外やったけど、今晩は存分に食べて行ってや」


「はぁ、まぁ……お腹括っちゃえば、この世界の料理を食べさせてもらえるいい経験、かな」


「せやね」


 女王様が微笑んで頷いた。


「わーい、おいしいお肉! お友達みんなも楽しみにしてるもんね!」


「プルパは、ご飯食べないから……部屋で寝てるんだし……」


 リロもプルパも各々のリアクションを見せていた。


「では皆、これにて謁見は終わりぬ。……イツカ、後ほどの宴でお会いしましょう」


 その一言で、ファンファーレが鳴り響き、兵士の皆さんは一糸乱れぬ姿勢で女王様に剣礼をする。


 何ともドタバタしたが、最初の緊張の割に、不思議と肩は凝っていなかった……。




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