第32話 (うーん……やっぱり裏切れないよねー……)
「……もしかして、6人の戦士に作られた武器と、同じ時に作られた武器、とか?」
「時どころやない。6人の武器は同じ一つの鉱石から作られた。そして……その剣も同じ鉱石から作られとんねん」
「そうなんですか!? ……あれ? でも武器は6人の戦士に行き渡ったんじゃ……?」
「別に素材の量が多ければ、武器は何本作ったってええんと違う?」
「え? あ……まぁ……。……ってことは?」
「その時の戦いで、武器は6つではなく、7つ作られた。そう言われてる」
「はー……」
鞘をもって、剣をしげしげと眺める。
なんと言うか……過去の英雄が手にしたものと同じ物を持ってるって、凄く神秘的な感じがするな。
……でも、逆に浮かんでくる違和感が払拭できず、それをそのまま口にする。
「……けどなんで7つ目の武器が作られたんだろ? 結構しっかりしてますよね、この剣。端材で作ったとかじゃなさそうですけど……」
「形として残っとるもんはそのままで伝わる。せやけど、そこに込めた思い言うんはその当時の人らにしか分からへんなぁ」
「……ですよね」
あたしの世界で言えば、例えば本能寺の変で、明智光秀が織田信長を討ったっていう歴史的事実が残ってはいる。
でも、光秀が信長を攻めた本当の理由はわかんない。最近の研究じゃ、光秀が信長を恨んでたって言うのも、実は諸説ある割に、どれも根拠として希薄だって話だし。
……だから、光秀の意図は色んな説が残って、謎とされてるんだしね……(ちなみにあたしは四国征伐回避説を支持してる。閑話休題)。
保険とか、かな……。
自分たちがやられちゃった時のために、後世に託す、とか。
まぁ、それこそ当時の人の想いは分からないって――
「で……ここからや」
「え?」
「イツカの言うた、『魔王が何かを待っている』いう説の発端は」
「……?」
心の中で、あたしは首を傾げた。
そうだ、あたしはその説がどうして生まれたのか、その理由を求めて女王様と話をしていた――それは確かだ。
ただ、その解が出るタイミングがここでは――『あたしの考えていたタイミング』じゃなかった。
ここから? ……一体今の話とどう繋がるの?
「実はな、何年か前から、王国の魔道研究である事が発覚したんや」
「……ある事?」
「戦士たちの持って行った武器、そしてイツカの持っとる剣に使われとる素材は、一つの金属塊から作られた。それは今言うた通りや。せやけど……その金属にはある魔力が籠められとったんや」
「魔力って……どんな魔力ですか?」
「完全に未知の魔力でな、目には見えへん。そんで、まだまだ研究の必要な魔力で、何を起こす魔力かはようわかっとらん。……せやけど一つはっきりしとる事がある」
女王様は、窓の外の、ある方角をじっと見つめて言った。
「……その魔力の流れは魔王城の方角と合致しとる。魔王城の何かと引き合うてるんよ」
「剣が……引き合う……!」
女王様は深くうなずく。
「イツカの武器一つでも相当の力を持ってる。そんで、魔王城には恐らく6つの武器が眠ってることが予想される。……この7つの武器は互いに引き合ってるんとちゃうやろか? そして一所に集まって、その魔力が重なり合った時……もしや何か起こるんとちゃうか? それが王国の魔力アカデミーの見解なんや」
「……あ……」
って事は……。
「700年間、魔王が王国を攻めあぐねて、待ってるって言うのは」
「誰かが7つの武器の最後の一つを持って、魔王城に現れる事。……時折、王国に眞性異形の軍勢が攻めてくる理由としても、剣を求めて、いう事やったら頷けるな」
「うーむ……」
あたし個人にはちょっと釈然としない部分があるけど、その説が生まれるには確かに十分な話だろう。
……ってーか、だとすれば。
「あたし……こんなの持って、魔王城に行っちゃっていいんですかね?」
「確かにこの推論が正しければ、カモがネギ背負ってやってくる、みたいな話やな」
「あたしはカモですか……」
そもそも女王様の口から、そんな日本のことわざが出てくるあたり、あたしの頭の中の自動翻訳はどうなってんだともう一度問い質してみたい気にもなるが、それはさておき。
「カモやなくて、ロック鳥とかやとウチらはありがたいんやけどな。まぁ、その『魔王が勇者を待ってる』言うんは、ウチらの勝手な推論の一つやさかい」
「あー……他にも色々ありますしね」
「せや。眞性異形の実験場ー、言うのも、眞性異形の具現先ー、言うのも否定の出来ん推論や。気にするんやったらロック鳥言わんとバハムートぐらいになって魔王城目指してほしいかな」
「そう、ですね」
そこまで話して、女王様はすっと力を抜いたように少し姿勢を変え、言葉を続けた。
「魔王自身は、王国を滅ぼしかけた魔王軍を押し返した6人の戦士を迎え撃つほどに強力な力を持っとる。十分に鍛えて、しっかりこの世界を見て回ってから魔王城目指しても構わへんよ」
「……時間かけても、大丈夫ですか?」
そりゃ敵が強いと感じたら、レベルアップ作業はRPGの常ではあるけど。
「気にせんでええ。その武器は王国の大聖堂に飾られてた。700年沈黙しとった剣を介してご神託が下った時……ウチらはもう一度反撃の狼煙が上がった言うて、歓喜した。……どこかでイツカが頑張ってる言うんを知れば、今更1年2年待つなんて気にならん言う話やで」
女王様はそう言って、また微笑んだ。
……そんな笑顔を見て、あたしは。
(うーん……やっぱり裏切れないよねー……)
心の中で、苦笑いで頭を掻く。
実際に魔王の元に訪れてみないと分からないけど、やっぱりあたしは口にした通り、多分このファーレンガルドをどうにかしない内に、元のあたしの世界に帰るって選択肢はないと思える。
だから実力不足を感じて、成長が望めるとわかったら、少し足踏みしてでも頑張るような気がする。
……言われたからやるんじゃなくて、そうしないと前に進めない――あたし自身がそういう性格だからだ。
後悔するぐらいなら先に準備するんだ。それでダメだったら仕方がないって思えるまで。
まぁ、言われてたっけ。魔王城には簡単には辿りつけないって。いろんな人の想いを背負っていかないと魔王には勝てないって。
この女王様の口から聞かされる言葉も……いや、女王様はその立場からすれば、王国の国民の言葉をすべて代弁しているはずだ。この大きな言葉が背負うべき物の一つなのだとすれば、なるほど、あの人の話も理解できる、かな……。
……うん、それはそれでいいとしよう。
で。
「あの、すいません」
「ん?」
「もう一個だけ聞きたいんですが……」
「何やろ?」
うーん……聞いてどうなるって事もないんだけども。
「そのご神託ってのは、その……どんな感じで現れたんです?」
「……ああ、神官長の話では、剣が輝きながら、その刃にウチらに読めへん文字が現れたんやて。何とも神秘的やった言うとったなぁ」
「ほーほほー……」
涼しい顔でそんな返事を返すも。
あたしは内心、心底呆れていた。
これが……ご神託ですと?
あの時。
あたしがこの剣を抜くと、あたしの中に凄い力が溢れてきた。それは間違いない。
しかし、その時に湧いた感情は、勝利への高揚じゃなく、
『手抜きへのイラ立ち』である。
剣を抜いたそこには、確かに女王様たちの言う『異世界の文字』が書かれていた。
ああ、そうだ。
異世界の。
『日本語』で。
『ゴメン、この剣の事言うの忘れてた、てへ★』
……って書かれてた。
きったない走り書きみたいな字で。
文字が右のほうに行くにつれて下がってくの。
そりゃ謎のご神託でしょうねぇ、ファーレンガルドの皆々様には……。
しかも撫でてみて分かったけど、マジックだよ、コレ。
どうやったかなんか知らないけど、剣を光らせながらそんな事ができる人の心当たりが一人いる……一人しかいないと言うか。
剣を抜いて雄叫びを上げるあたしを、周囲はきっと勇気を振るい立たせるために叫んだように見えた事だろう。
確かに叫んだ。
『……ぅぅぅああああああああああああああっ!!!!!』
……とか恥ずかしげもなく叫んだんですが、しかし実際に言おうとした言葉は
『ふざけんなぁぁぁ!!!』
……であり。
しかし抜いた直後に体の内側から溢れてきた力に負けて
『ふぅずぅわーーーー!!!』
になっちゃったのが、アレなんだよね……。
「イツカには読めるん? その文字」
「あー、ええと……」
言えない……実際何が書いてあるかなんて絶対言えない……。
「神様から……この剣使って、頑張れー的な……」
おお、という感嘆の嘆息が、女王をはじめとする謁見場のあちこちから漏れる。
「なるほど……ご神託は、顕現する勇者様への激励やったんね」
「ぁはは……」
まぁ……そう捉えといてください……。