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第30話 「あたしはそれを止めたいと思う」

「ウチは、口を戻さなねぇ。……勇者様、お名前はイツカ様、で宜しかったでしょうか?」


「あ、いえ、あの……イツカって呼び捨てにしてもらった方がいいかもです」


「そうですか?」


「様なんて呼ばれるの慣れてないし……女王様になら、なんかそう呼んでほしいなーって思います」


「ふふ、可愛らしい事をおっしゃいますね。分かりました。それでは、イツカ」


 女王様はすっと立ち上がって、ゆっくりと階段を降りてくる。


「あ……」


 そしてあたしの目の前に立つと、また柔らかな微笑みを作って、口を開いた。


「改めて、よく、この世界へと訪れてくれました」


「あ……あはは、まぁ勝手に飛ばされたとも言いますが」


「この世界の危機。すでに聞き及んでおりまして?」


「はい。この世界がどうなっているのか、ざっくりとは聞きました。勇者としてあたしに望まれてることも、おおよそは把握できてるつもりです。ただ、その……えっと……」


「どうなさいましたか?」


 高い所からじゃなく、あたしと同じ高さに立って語り掛けてくる女王様(身長差はこの際措くとして)。


 何のためか?

 ――それは当然、女王様ではなく、人として、勇者たるあたしに頼み事をするためだろう。


 ではその頼み事とは何か?

 ――お互いの立場を考えれば、そしてこの式典の意味を考えれば言わずもがなってハナシ。


 なら、その頼み事を果たすために、あたしは何をすればいいのか?

 ――それをちょっとだけ考えるだけでも、単純にその依頼に対して『やります!』と答える事は、手に物を持つだけでありとあらゆるものを壊し続け、慎重に慎重を重ねるようになってしまったあたしの性格上、出来ない事だった。


「その、多分……皆さんはあたしが魔王を『討伐する』事を願ってるんですよね」


「……はい、それに間違いはありません」


 あたしが言い淀んでるのを女王様は察している。

 悪いと思ったけど、ちゃんと思ってることは言っときたい。……嘘はつきたくないから。


「……はっきり言っときたいんですけど、あたしの目的は魔王の玉座にあるファフロスゲート潜る事です。だから、魔王を討伐することは、正確にはこの世界を訪れたあたしの目的ではないです」


 ざわつく周囲。

 しかし、女王様がすっと手を上げると、ほとんど間を置かず静かになる。


 望まれてる以上、あたしはそのまま言葉を続ける。


「ただ、そこへ訪れるためにはどうしても魔王って人に会わなきゃいけないんだろうなとは思ってます」


「魔王と、出会うだけ?」


「女王様。あたしは何も、誰かを傷つけるために、ってかぶっちゃけると何かを殺すためにここへ訪れたつもりはないんです」


 そうだ、ここは間違っちゃいけない。


「もしも出会った魔王と言う人が、あたしにすんなりとファフロスゲートを使わせてくれるってんなら、多分そのままゲートを潜っちゃうと思います」


 偽らざる気持ち。


 それを聞いた人たちがまたざわつき、今度は少し声が大きく、『あれが勇者なのか』とか『この世界をあんな娘に託すのか』とか言うのが聞こえた。


 でも。


「……でも」


 まだあたしの言葉は終わってない。


「出会った魔王って人が、眞性異形ゼノグロシアを操って、この世界の人たちを苦しめるような人なら、あたしはそれを止めたいと思う。勇者だとかどーだとかは関係ない、平和に暮らしてる人の生活を、自分のわがままで壊そうって言う人を止める力があたしにあるなら、あたしはそれを使う事を惜しまないつもりです。それを勇者の仕事って言うかどうかは、この世界の人にお任せします」


「……なるほど、良く分かりました」


 あたしの言葉をずっとまっすぐに受け止め続けてくれていた女王様は、目を細めて、やっぱり優しく微笑んでいた。


「使命やない、立場やない。イツカは自分自身の考えで戦おう言うんやね」


「そう、ですね。多分、そういう事なんだと思います」


「ええと思う。使命や立場は戦う理由をくれるかもしれへんけど、根っこにちゃんと自分がないとそれは最後には吹き飛んでしまう物や。イツカの考え、聞けて良かった思うわ」


 うん、うんと女王様は頷きながら言った。

 そして僅かに目をつぶって小さく深呼吸をした後、再び口を開く。


「……ファフロスゲート。伝承によれば5000年に一度、自然災害のようにこの世界に現れるゲートだと言われています」


「……5000年」


 さらっと流してたけど、それもまたとんでもなく気の長い話だよね。

 確か、神様もそんなこと言ってた。だから多分、本当の事だと思うんだけど。


「よく、5000年前の事が正確に伝わりますね」


「せやねぇ。……これは書物に書かれとる事やさかい、完全にただの受け売り言うとこやろが、現れている現状は変わらへんし、別段5000年周期であろうがなかろうがウチらには関係あらへんわね」


 女王様は少しだけ訛りながら、あたしの言葉に応えた。


「……確かに、そうですね」


「……ですが」


 と、言葉遣いを戻しながら。


「伝承が正しいのであれば、これを放置しておけば、我らファーレンガルドの危機にはあと4000年は何某かの変化も生じないという事。ならば我らは勇者様と協力して魔王をファフロスゲートから排除する。そして勇者様を元の世界に送り届けたのちに、我らがゲートを破壊することで、勇者様を含めた我らの勝利とせねばなりません」


 すっと胸に手をあて、僅かに頭を下げて、女王様は言葉をつなげる。


「勇者イツカ。……どうかそのために、我らに力をお貸し下さい」


「……はい」


 もちろん、そんなのやぶさかじゃない。


 自分ができる事、そしてそれが人を助ける事になるのなら、あたしは『当たり前に』それを成したいと思ってるんだから。


 女王様がもう一度微笑んで、振り返り、玉座に戻るために階段を上っていく。


 そして玉座の前に立って振り返ると、謁見の間全てに響く声で言った。


「聞け、王国の全ての戦士、兵士よ」


 兵士の皆さんが、それぞれの軍靴を鳴らして主に傾注する。


「我ら700年の歴史を誇るハインヴェリオン王国は、その一切を勇者イツカのために惜しんではならぬ。これは国家元首たる、王国第47代国王・フィラル17世の意思である。努、怠りなきよう」


「「「「「「「はっ!!!」」」」」」」


 この場にいる500人は超えるだろう兵士の皆さんの声が一同にそろい、女王様の声に応えた。

 後で聞いた話だけど、同調する人は優にその300倍はいるって話だった。


 それを見たあたしは。


「あ、あの!」


 思わず声を上げていた。

 ……みんな一斉にあたしへと顔を向けてくる。


 一瞬に緊張の後、あたしは絞り出すように、上擦りそうになりながらも声を上げる。


「み、みなさん、無理とかはしないでくださいね!?」


 ……多分、それは。


「その、この中の、誰か一人だって、あたしのためなんかに欠けるの、つらいです……」


 自分なんかのためにみんなが尽くそうとしてくれるのが、気恥ずかしくて……そして何より。


「だからあたしは、そんな皆さんに負担とかかけないよう、頑張りますから、無茶は、しないで! 女王様の言葉に付け加えて、その……約束です……!」


 ……嬉しかったからだと思う。


「勇者殿、僭越でありましょう、女王様のお言葉に付け加えるなどと」


「ご、ごめんなさい……!」


 大臣さんの声にあたしは平謝りする。

 あたしなんかの言葉が、ちゃんと受け止められるなんて確かに思えないけど……。


「ふふ、気にする事ないで、イツカ。会ってまだほんの少しやけど、今の言葉、何となくイツカらしいな思うたわ」


「そ、そうですか? 皆さんに変なお願いしたんじゃないかってちょっと心配ですけど……」


「大丈夫やよ」


 女王様は、すっと謁見の間を一望した後、張りのある声で。


「……勇敢なる王国の兵士よ! 今し方の勇者イツカの言葉を諾とする者は、その軍靴で答えよ!」


 直後、謁見の間に、軍靴のかかとを鳴らす音が2回、全く乱れることなく響く。

 それはこの王国のしきたりを知らなくても、迷う事のない承諾の返事であることを理解できた。


「みんな、イツカの言葉、ちゃんと受け止めてるで」


「……はい。ありがとうございます、皆さん!」


 再び響く、2回の軍靴の音。

 それが何となく嬉しくて、それまで全然意識してなかったくせに、勇者としてみんなに受け入れられた瞬間だったように感じられた。


「あと気ぃ悪くせんといてな? 大臣はそれ言う事で、『王国の在り方』言うんを守ってくれてんねん」


「は……はい」


 おじさんに視線を向けて、あたしは小さく会釈をしながら笑いかけてみる。


 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くその姿は、首尾一貫した姿勢ってやつなんだろうな。

 ちょっと奔放な女王様をフォローする役割は、こうしてできてるんだろうって感じられた。


「さて……私は国王としてこうしてご挨拶が叶ったわけですが……イツカの方から聞きたい事なんかあるやろかねぇ?」


 ゆっくりと玉座に腰を下ろし、力を抜いて女王様が聞いてくる。


「あー……ええと、その……」


「何か?」


 こーゆー謁見の場の在り方とかって良く分かんないんだけど……このタイミングでいいんだよね?


「ちょっと、色々聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」


「手短にな」


「大臣、ええて。何聞きたいん?」


 少しあたしの方に体を出しながら、聞く姿勢を作ってくれる女王様。


 ランに顔を向けると、ランは頷きで、『聞いてみなさい』と言ってくれていた。


「ありがとうございます。えと……」


 ……じゃあ始めよう。




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