第29話 「お初にお目にかかりますわね、勇者殿」
「お待ちですって、まだ来てないじゃないですか……」
だだっ広い、ウチの学校の体育館より広いんじゃないかっていう謁見の間とやらの真ん中には、赤いカーペットが敷かれている。
その上に立つあたしの両サイドには、王国を守る兵士の人たちが、ずらりと2、30列ぐらい、綺麗な隊列を組んでいた。
コレは大変なお出迎えですネ……。
んで、その赤いカーペットの先が階段状になっていて、5段ほど上がった先に玉座。
……空っぽです。
「一国の王様なら立場的なものもあるって事よ」
傍のランがあたしを窘める。
「あー……なんてーか、俺は偉いんだぞ、的な?」
「国王様には、そういうつもりはないと思うけどね。でもそういう慣習があって、国民に示威する姿勢っていうのは、『統治する』って名目上では大事だったりするから」
「あ……大丈夫大丈夫! ごめんなさい、待たされてるって意識はないから……」
ただの高校生のあたしには、さすがにこの場の礼儀やその意味をわきまえてはいなかった。
ってか、そんな事よりも、流石に『勇者』なんて立場でここに立ってると、すんごい視線が一堂に集まるワケで。
そんな場に、地味一辺倒で生きてきたあたしが慣れてるはずもなく、その緊張に負けないように『王様いなーい』とか口走っちゃっただけだから……。
あたし……大丈夫かな、こんなトコに立ってて……。
「んで……」
ランの後ろに控えている小柄な姿が二つ。
「……なんでプルパとリロも一緒?」
「えへへー」
「ぅゆ……」
まぁ、そっちに構うのも、緊張をほぐすためだと思ってほしい。
リロはニコニコ、プルパは困り顔であたしを見てる。
そもそも、よく考えたら控室になんで二人がいたのかって話でもあるんだけど。
「何となく!」
「そんな理由でここにいていいの!?」
「ふふ、二人はね、あなたの冒険のパーティメンバーとしてギルドから推挙してるの。二人ともこの年で既に十分に高いレベルの冒険者だし、この世界に来たばかりのイツカともすぐに仲良くなっちゃったしね」
「あ……なるほど、冒険の仲間だね!」
RPGに仲間は必須。勝手に盛り上がるあたし。
「プルパは……仕方ないから、魔王城を案内してあげるんだし……」
「……うん、きっと必要になるよね」
まず、そこまでたどり着く必要がある。
いつになるかなー……まぁ、それはあたしの頑張り次第ってトコだろう。
と、四の五の言ってる間に、突然ラッパが高らかに鳴る。
それでわずかに緊張するあたし。
玉座の脇に立っていた、燕尾服姿のふとっちょ白髪のおじさんが一歩前に出て、声を発した。
「ハインヴェリオン王国第47代国王・フィラル17世陛下のお成りである。一同、傾注せよ」
「はい、膝をついてー、頭を下げてー」
「あ、はい」
軽い口調のランに言われるがままに、あたしはリロたちと一緒に赤いカーペットに膝をついて、頭を下げた。
こうなってしまうと、玉座はこの高さでは完全に見えない。
物音一つしなくなった広い謁見の間に、コツコツと言う硬い靴の音が響く。
そして音が止まり……僅かな間の後の衣擦れの音は、玉座に腰を掛けた音だろう。
国王その人が発したその言葉は。
「良くお越し下さいましたわ、異世界の勇者様」
「えっ……」
その声。
その鈴を転がしたような、物静かな女性の声に促されるように、あたしは頭を上げた。
そう、男性だと思っていた国王様は『女性』。つまり、その人は。
「お初にお目にかかりますわね、勇者殿」
……女王様だった。
わずかに赤味がかった髪は流れるように美しく腰まで伸び、その頭顱に収まるのは繊細な金細工の王冠。
肩から足まで覆いこむ、細身の白いドレスはその人の上品さを一際引き立たせ、所どころに僅かに覗く赤い布地はとても素敵なアクセントだなと思った。
腕はノースリーブで、ほっそりとした腕が惜しげもなく晒されているわけだが、それがより女王様の細さを際立たせているだろう。
そして、その顔立ち。
あたしみたいなちんちくりんが逆立ちしたって身につきそうもない、たおやかさとか言う物が湛えられている。
目は切れ長で少し垂れ目。でも優しさの中で輝くアーモンドの瞳には意志の強そうな色がうかがえる。
ああ、もう、要は絶世の美人である。
ランも飛び切りの美人だと思うけど、お姉さん気質のランよりも更に少し年上を感じさせる、包み込むような優しさが伺えた。
なんだろう、上品なお母さん、みたいなカンジ? ……そんな感想、失礼じゃないといいけど。
「……いかがなさいました?」
「あ……あはは……その、すいません、ちょっと見とれちゃいました」
「まぁ、お上手ですわね、異世界の勇者様は」
「いえ、そんな! 絶対10人いたら10人みんな同じ感想持つと思うけど……」
「まぁ……そうでしょうか?」
「そ、そうですよ! なんて言うか、物静かで上品で……ウチの母さんなんて何かっていうと胴間声張り上げて、事あるごとに大爆笑して人の事引っ叩いて……こう、女王様見習ってほしいなーとか思っちゃって」
と、緊張で何をしゃべってるのか分かんなくなりながら、そんな事を口にしていると、なんだか周囲が少しざわついているのにふと気が付いた。
「……あれ? ……ラン、あたし、何かまずいこと言っちゃった?」
「うふふ……珍しいリアクションには、人は戸惑うって事かしらね?」
「え……」
と、玉座の傍に控えていた、さっきの太っちょのおじさんが一歩前に出て口を開く。
「勇者殿、少し無礼ではありませぬか?」
「え? え?」
「そのお言葉遣いが異世界の礼節だとすれば、わが国では礼を失していると言わざるを得ませんな」
「そ、そう、なんですか? ごめんなさい……」
あー……確かにもう何が何だか分かんなくなって、タメ語みたいになったかもしれない。ウチの母さんと比較とか、一国の女王様に向かってそりゃないでしょうよ。
自分の緊張を何とかほぐそうと、とりあえず自分のペースで話してみたってだけなんだけど、それは確かに礼儀知らずと言えば、礼儀知らず……。
「大臣」
と、女王様が静かにおじさんに声をかける。
「気にせんてもええて」
……ん?
「……陛下」
「ふふ、言いたい事は分らへん事もないけどな」
その……急に変わった言葉遣いは。
「うふふ……ウチには新鮮なリアクションやねぇ」
(……京都弁ですとぉっ!?)
確かにそれは女王様の口から発せられた言葉。
あたしの頭ン中の自動翻訳はどうなってますか!?
「臆面もなくウチの容姿を褒めてくれるなんてなぁ。ここでこうして座っててもだーれも褒めてくれへんし。……ねぇ、勇者様?」
「いえ、その……褒めるってより、えっと……事実だと思ってますから」
「嬉しなぁ。純朴で正直な子や……そう思わん、ラン?」
「ええ。イツカはとても素直で優しい子ですわ」
微笑みながら美人二人が言葉を交わすが、あたしはどうにも気になってしょうがないもんで。
「あ、あの……女王様……」
「ん?」
「その言葉遣いって?」
「ああ、ウチ、実は他国の王家からの輿入れで、この国の女王に就くことになってん。故郷の言葉は許したってや?」
……方言……でしたか。
かわいいからいいけど……。
「嬉しかったからついつい地が出てもうたわ。勇者様は気を楽にして喋ってもろてええよ」
「ぁ、ありがとうございます……」
その口ぶり。
もしかしたら、女王様はあたしの緊張を看破して、そんな地の口調で語りかけてくれたんじゃないか?
あたしは女王様の笑顔に、そんな気遣いを見た。
さっき一瞬、お母さんっぽいって思ったけど、その優しさって少し当てはまるかもしれないなー……。