第25話 「何だか力強さを感じるの!」
「それではこちらで今少しお待ちくださいませ」
そう言って通された応接間を案内してくれたのは、なんと豚頭のオークの執事さんだった。
お腹周りはちょっと出てるけど、立ち居振る舞いは完ぺきで、所作の一つ一つに嫌味がないから、申し訳ない話、あたしにしてみれば意外性の塊ともいうべき人物だったんだけど、ここではこれが普通らしい。
初対面で一瞬焦った顔を浮かべてしまったあたしだが、涼しげな笑顔で『お気になさらずに』だもんね……。……ちょっとイケメンに見えた。
それ以外にもコボルトの料理人とか、リザードマンのメイドさんとか、もちろん人間型の人たちの方が多いけど、その亜人種の人選ばかりが、どうにもあたしの目を引くものだった事はお察しください。
「あ、勇者様ッ!」
落ち着いた色でまとめられた調度で埋め尽くされた豪華な部屋の、やっぱり見事な設えの長椅子に座っていた小柄な女の子。
「……キミは……」
……そうだ、おとといの戦いの中であたし達を助けてくれた、ペットと一緒にいた女の子だ。
元気にゴム鞠みたいにぴょんぴょこ跳ねながらあたしへと駆け寄っ……
「あははー、いらっしゃーいっ!」
その頭部で、タックルが……!
「……まてーいっ!!」
あたしは両手で飛んでくる頭突きを抑えて、その子に抱きつかれるのを辛うじて防いだ。
「みゅぐっ」
「あ、危なかったっ……!」
その子の頭を押さえた、あたしの両手の間からこちらに伸びているのは、その子の額から伸びた鋭い角である。
鳩尾まであと数センチと言う所でぴったり止まっていた。こわーい……。
「い、異世界で何もしない内に、刺し殺されるところだった……」
「あやや、ごめんごめん!」
と言いながら、にぱーっとした笑顔で身を引くその子には悪びれた様子もなく。
しかしその笑顔には、すべてを許してしまう可愛さもあったのは事実でして……。
「えと……その角って……キミも鬼の種族とか……?」
「ううん」
やっぱり満面の笑顔で首を振って。
「この角は、ユニコーンの角!」
「ユニコ……え……あの……白い馬の?」
「うん!」
同じく全く屈託のない笑顔で頷くも、馬って……どう見てもかわいい女の子にしか見えないんだけど……。
でも抜けるようなその白い肌は確かにそれっぽい。藤色の髪の毛が良く似合ってる。
「リロはハーフユニコーンよ」
「ハーフ……え?」
「はい! おかーさんが人間で、おとーさんがユニコーンね」
「……。え……えと……」
そのまま『どうやって』と聞きそうになって、あたしは辛うじて言葉を飲み込む。
あたしの邪な推論、すなわち邪推など、この世界では異端に違いなく。
なるよーになっちゃったら、こーなったんだろうと、まーテキトーに想像|(妄想)して……。
「……勇者様ー。顔赤いよー? 大丈夫ー?」
「ぅえ?」
きょとんさんで首をかしげるその子――リロに指摘され、顔の赤さを感じてまた顔が赤くなるのを感じるあたし。
「だ、大丈夫大丈夫!」
「そっか!」
気にされてないらしい。
「ボクの名前は、リローヴィ。幻獣のお友達と一緒に戦う召喚士なのです! 宜しくね、勇者様!」
「幻獣……召喚士……」
もはやこの子の方が幻獣のような存在に見えてしょうがないのだが、それもまた詮無しって話で。
「あの、一昨日の戦いで一緒にいたあのちっちゃな馬も、幻獣?」
「うん、りんちゃん!」
「幻獣キリンよね」
「そそ!」
ランの言葉に相槌を打つリロ。
なるほど、ペットじゃなくて、お友達、ね。
「……うん、宜しくリロ。あたしの事は、イツカって呼んでね?」
「イツ……カ……?」
「そう」
勇者様って呼ばれ続けんのは、多分この後もどうにも慣れないだろうなと思って。
「……不思議な響きだね……でも何だか力強さを感じるの!」
「そ、そうなの……かな?」
「うん!」
そんなこと言われた事ないからちょっと首をかしげるも、その辺は異世界の感性ってのはあるだろう。
何より……『力強さ』ってのは、『あたしには』ちょっとだけ分かった気がした。
「宜しく、イツカ!」
「もうその角で突進してきちゃダメだよ?」
「えへへー、はーい」
「……ちゃんとしゃがんでだっこすれば……角なんか刺さんないんだし……」
「うわおっ!?」
気配なく、すぐ背後からぼそりとかけられた声に、あたしは驚いてその場を飛びのくなど。