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第22話 「……信じてもいいかも知れないわね」

「あっ……!?」


 声が漏れるほどの、闇の中であっても光り輝くような白い刀身が、あたしの心を打つ。


「神の信託があったって、神官長が大騒ぎしてたわ。国が守ってる勇者の宝剣が光りだして、忽然とその刃に文字が現れたんだもの……それも仕方がないって話だと思うけど」


 白い刀身あまりの美しさに見惚れていたが。そのエルフさんの言葉を聞いて。


「……文字が、剣に?」


 その裏側をひっくり返すと。



「……っ……!!」



 その文字を読んだ途端。



「くっ……!」



 ぎりりっ、と食いしばられる歯。そして、感情の赴くままに……!



「……ぅぅぅああああああああああああああっ!!!!!」



 あたしの心にみなぎる闘志。



 そして、流れ込んでくる力の記憶がある……!



(分かる……)



 何をすればいいか。


 あたしに、剣が訴えかけてくる!



「スキルキャスト……『攻撃力超増テュール・エッジ』……! 『真核魔法障壁グランド・ヨートゥン』……! 『加速力増進アクセラレート・アンプリファ』!!」


 あたしの口から自然に発せられるそれに、エルフさんが目をむいた。


「まさか……第壱英霊級スキル……!?」


 その力はエルフさんだけでなく、その場の周囲にいた存在全てに影響を及ぼす。


『……!!』


 異常を感じ取った巨像は、目の前で戦っていた二人を尻目に、徐にあたしへと振り返った。


「え……何っ!?」


「……野郎、俺らよりも危険なモン見つけたらしいぜ……!?」


 重い足音を立てながら、あたしへと迫る巨像。


 あたしはそれを正面から睨みつけて見つめる。



 悠然と、まっすぐに立ったまま。



 そして、巨像はあたしの眼前。

 そこでその拳を振り上げて……あたし目掛けて……!


 ……振り下ろす!!


「……ん」


 何に納得したのか、あたしは頷きながら、一歩歩く。

 拳があたしの足元だった場所の地面を粉砕する直前にっ……!!


「……はぁぁぁああああっ!!!」


 一瞬でその拳の懐へと易々と飛び込んだあたしは、そのまま下から巨像の、鉱石の塊部分を打ち上げるように叩き上げた。


『……!!?』


 すさまじい快音と共に、その鉱石が――ゼノグリッターが凄まじい量砕け散った……!


「えぇぇっ!?」


「おい、マジかっ!? ただの一撃だとっ……!?」


 そして、その鉱石の雨の中であたしは叫ぶ……!!


「ウェルメイドワークス……!」


 疑問はない。

 あっても、今は必要ない。


 ただ、あたしは……今……!


「クルスキャリアっ!!」


 神様とかいう人に言われるがままに、勇者という存在の使命を果たすのみっ!!



 ぐるりと視線を周囲に投げる。


 向こうで戦っている騎士団はボロボロだ。

 あの一際体の大きい副団長一人だけだろうか? あの人が何とか立ち回っているのが目の端に見えた。

 馬からは下りたか、引きずりおろされたか、地上でだ。


 そんな副団長を尻目に、もう自分たちはそっちには必要ないだろうと思ってか、こちらに迫ってくる鬼たちの一団。



(ああ、大丈夫)



 うん。大丈夫。



 それら全て。



 あたしが賄えばいいだけの事っ!!



「行くよ、あたし……!」




 阿重霞なる夜を越えて世界を渡る鳥たちよ、あたしの元へ集えっ……!




「『盈虧せし夜渡インフィニティり達の鸞翔・スペキュラム』ッッ!!!」




 7人。この語りをしているあたし自身を含めて8人。

 この時のあたしには、それが限界だった。


 でも、この時の状況にとって、8人はあまりに十分すぎた。


『……!!』


 ぶぅんっ! と巨像が振り下ろしたその腕が再び地面を叩く。

 それはあたしの周囲に現れた『誰か』を狙ったものらしい。


 でも、その狙いが誰だったのかはわからない、ってか心底どうでもいい……!


「結局全員あたしだしっ!!」


 と叫んだ時には、すでに巨像の背後に3人のあたしが着地する。


 一瞬遅れて3つの轟音、さらに遅れてもう一つ。


 ……腕と、両足。

 それをあたしたちに断ち切られて、地面に落ち、或いは倒れ。


 そして体を支えられなくなった巨体が地面へと転がる音だった。


「なん……だぁっ……!?」


「すっごーいっ! 巨像種が一瞬で紙みたいに斬れちゃったよっ!」


「第壱英霊級のスキルを……3つも宿した絶人が……7人、いいえ、8人なんてっ……!」


 あたしの耳に届く、三人の驚嘆の声。


「……こっちもっ!!」


 崩壊した騎士団たちへ向かった5人のあたし。


 その内の3人が先行して、向かってくる2、30体あまりの子鬼や鬼人たちをまず相手取る。


『GeGyaaaa!!!』


『GoooRuuuAaaaaa!!』


 という幾重にも重なる雄叫びを、あたしが聞いた時には。


「……ふんっ……!!」


「はぁっ!!」


「たぁぁっ!!!」


 3人それぞれが振るった一太刀で、全ての鬼たちの体が、ある部分から上下に分断されていた。

 鬼たちそれぞれの生命活動と共に。


『……GeGya?』


『……AGiiii!?』


 恐らく切られた瞬間、連中はみんな自分が斬られたことに全く気が付かなかったことだろう。


 糸の切れた操り人形のように、バタバタと倒れていく鬼たちの姿。


 そして……!


(……見えたっ!)


 まだ、副団長は戦っている。


 近づいて分かった事だけど、見れば副団長は、倒れた騎士たちを背にしてみんなを守るように槍を振り回していた。


 みんなの生死がどうだかなんて、関係ない。

 とにかく、これ以上仲間を傷つけさせまいと、たった一人で仲間を守ろうとしていたんだと思う。


 でも、その限界が、訪れようとして……。


「くっ……スタリット騎士団に、栄光……!!」


 そう声を上げかけた所で――


「まだまだ! これから光り輝くんでしょっ!?」


「……なっ!?」


 副団長があたしたちの姿を捉えようとした時には、そこへ到達した二人のあたしは剣を振り切っていた。


 一人は地面で、もうひとりは宙へと身体を踊らせながら。


「君……が……伝承の勇者か……!?」


 ハッとしたようにあたしの姿を捉える副団長さんのそんな声を、あたしは聞いたかもしれない。


 その最中の太刀筋は、地面にいた子鬼たちの体を、そして大きめの鬼人たちの首から上を全て一刀の下に両断する……!


『Ga……Gya……!?』


『GoooRuuAaaa!!?』


 当然、それで動けた鬼はいなかった。


 そして、それを見つめていた森の中のあたしは……。


『……!!』


 残った片手で体を持ち上げる巨像。


 ゆっくりとあたしはその巨像へと振り返って。



「……もう、おしまいにしとこ?」



 倒れたまま、残った体であたしを殴り潰そうとする巨像の眼前に、一瞬で飛び込む……!!



「……『多重蓋然一点帰結ディレクション・オーヴァー』」



 その声と同時に。


『……』


 体を持ち上げた巨像の頭部が、ごとりと地面に落ちる。



 それと相反するような、かちんっ、という涼やかな音を響かせ、巨像の首を落とした剣が鞘に収まる。


 それが合図であったかのように、全てのあたしが一瞬で消え、元の世界へと『帰結』。



 巨像の体が、更に重い音を立てて地面に伏して、完全に沈黙した……。



「……」


 ……少しの間。


 あたしはじっと息を止めたまま、剣を鞘に納めたポーズのままで、じっとしてたけど。


「……へぁっ……」


 おかしな声を上げて、あたしはその場に、お尻からへたり込む。


 あたしのいるこの事象は、一つの結末を持って収束を見たのだった……。



「どうやら伝承の通りってか。700年たぁ確かに気が長ぇ伝承だな……」


「その伝承に終止符が打たれる。……信じてもいいかも知れないわね」


 竜の人は帽子を直しながら、そしてエルフさんは微笑みながらあたしの前にやってきた。


「プルパ……プルパぁ……!」


「ごめん、だし……リロ……」


 プルパと、動物使いの女の子は、抱き合って無事を喜んでいた。

 りんちゃんと呼ばれた子馬も、ぺろぺろとプルパの頬をなめている。


 どうやら、この何が起きているかはわからないけれど、何かが起きていたこのドタバタは収まったらしいことが理解できて、あたしはもう一度――今度は安堵の溜息を漏らす。


「本隊は?」


「守るだけなら心配ないわ。それに今回のこの戦いは、この状況で間違いなく私達の勝ちだもの。敵にとってもこの状況、看過できないはずよ」


「ま、人側に決戦存在が現れて、無事に勇者の武器がその手に渡って。……あの不可解な連中がどう出るかってトコだろうけどな」


 竜人のその言葉に、エルフさんがほほ笑みを返す。

 そしてへたりこんだあたしの前に傅くように腰を落として、また何とも素敵な、と言っちゃっていいほどの、とても優しげなほほ笑みを浮かべた。


「あ……あの……」


「はじめまして、勇者様。どうか私達に魔王を倒す力を貸してくださいな」


「……ぁ……はぁ……」


 丁寧で、だけど格式張ってもいないその不思議なエルフさんの挨拶に、あたしは戸惑いながら返事を返す。


「力って言っても……あたしはきっとこの剣のおかげで……」


 と言ってあたしは剣を抜いてみようとすると。



 すぽっ!!



「……え?」


「あ」


 ……つ、柄がっ!?


「抜けたっ! 柄がっ! 柄が抜けたっ!!?」


 手にはヒルト

 鞘には中子タングがむき出しになって残った剣身。


 柄を握ったまま、あたしはあたふたとサンバを踊る。


「壊れ……た……の?」


 眼鏡の奥で目が点のエルフさん。


「ごめっ……ごめんなさいぃぃぃっ!!」


 いつもの平謝りのあたし。

 ゆ、勇者の武器を壊すとは……この呪いはどこまでっ……!




 ……とまぁ、なんとも先行き不安な状況ではあるんだけれど。


 それでもこうして、あたしの物語は幕を開ける事になったんだ……。




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