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第19話 「700年前の、魔王様が殺された日の事だし!」

 ……走りながら。



 その最中さなかに、去来する想い。



 本当にあたしは何しにここへ来たんだろう?


 ああいう人を助けに来たんじゃないの?

 魔王を倒せば、勇者ってそれでいいの?

 何人もの人を見過ごして、逃げ回るだけでいいの?


 神様……!

 一体、あたしに、この世界でどんな力が……!


「……『凍てつく(アイス・)……バインド』……」


「えっ!? ひぁっ!?」


 突如、あたしは何かに足を取られてつんのめって倒れる。


 地面にしたたかに体を打ち付けたけど……体をすぐに起こして、足を見て気が付いた。


 何かにつんのめったんじゃない、足が全く動かないんだ……!


 そして……。


「冷たっ……えっ……!?」


 あたしの足は、地面から生えていた氷に完全に固められていた。


「う、動けっ……なっ……」


「もっと……だし……」


 ぱきぱきと体の周囲の温度が下がると、あたしの地面についた腕が更に地面から突き出てきた氷によって拘束される。


「ぅぐっ!?」


 更にお腹の周りに氷がばきばきとまとわりついて。


 ……あたしの体は完全に拘束される形となってしまった。


「な、あっ……あぁっ!」


 瞬間的に理解した。


 これは魔法だ、異世界の術だ。


 そんなことを考える頭はあったけど、だからどうした、どうしてこうなっているという事にまで考えが回らない。


「魔王様の……印……」


「えっ……?」


 ゆらりと揺れながら、身体を引きずるようにあたしに迫ってくるプルパ。

 低い怨念を発するような声であたしに言う。


「お前が……プルパに思い出させたんだし……」


「なに……何を……!?」


「あの時の……700年前の、魔王様が殺された日の事だし!!」


「ななっ……700年、前……?」


 プルパの言葉に、情報が混濁して頭が混乱する。


 神様いわく、700年前に現れた魔王が、今もこの世界に魔物たちを召喚してるって……。

 殺されたって……一体何の事……!?


「魔王様の印には、強力な守りの魔法がかかってる……その印を宿したアイテムが、落とした程度で割れるはずない……」


「さ……さっき、の……?」


 あたしが割ってしまった、タリスマンとかいう……。


「それを……破壊するもの……」


「っ……!」


 あたしのこの呪いは魔王の魔力すら打ち破るのか、とか一瞬考えたけど……。


「魔王様の力を、無力化する敵……! あの時の、異世界の魔術師と同じ……この世界を脅かすものだしぃぃぃっ!!」


「異……世界……!?」


 何、それ……? 本当に……何が何だか分からないよ……!


 でも、それを考える隙間もなく……!


「ぃぃぃぃあぁ……あああああぁぁぁぁあああああああっ!!!!」


「っ……!?」


 不意に錯乱したように声を上げるプルパ。

 その目はやはりかたかたと小刻みに震えていて焦点があっていない。


「ころさ、なきゃ……」


「な、に……?」


「今度こそ……魔王様を、守るんだし……! プルパは……魔王様に、作られた……優しくされた……! だからっ……!」


「こ、今度こそって……!?」


 もう訳がわからない。

 眼の前のこの女の子が、一体何を言ってるのかさっぱりだった。


 でも、あたしのことなんて状況が気にすることもなく……!


「ひぐっ!? ひっ……ぃひいぃぃ!?」


 ばりばりと。


 プルパはその場を転がりながら目の周りをかきむしる。


「ぃっ……ぃぃぃぃぃぃああああああっ!!!?」


「っ……!?」


 目を覆っていた包帯がビリビリと破られる音があたしの耳に聞こえて。


「たべ……たい……」


 むくりと、体を起こしてこちらに目を向ける。


「ひっ……!?」


 その目は皮膚が、目蓋が失われていて、丸い目がむき出しでこちらを向いている。

 そしてその周囲の肉は赤紫色から青色のぐぢぐぢとした生々しい色を湛えて、一目で腐っていると分かる目だった。


 前かがみになったまま、その顔をこちらに向けて、ふらふらと歩いてくるその姿は一言で言えば……!


(ゾンビか……何かなの……この子……!)


 そのあまりに不気味な姿に、あたしは後ずさりしようとするけど――


「……ぅくっ!?」


 体は拘束されたままで動かない。


 完全に捕われた獲物のような状態で、プルパが体を引きずりながら近づいてくるのを恐怖と共に見ている事しかできなくて。


「んぅっ……!」


 眼前に、その目を近づけられて、小さく声を上げてしまう。


 その目には光がなく、およそ生ある人の物からかけ離れていた。


「やは、やわ、らか、な、に、にににく」


 目蓋がなく、乾く眼球からはぽろぽろと涙がこぼれている。

 それと同時に口端から垂れるよだれもまた、常人からかけ離れた様相を呈していて……。


「……ちがう!」


「えっ……!」


 不意に再び頭をぶんぶんとかき乱して。


「ちがう、ちがうちがうちがうっ!!」


 あたしからよろめきながら距離を取るプルパ。


「プルパは……たべない……! そんなことしなくてもいいって、魔王様が……言ってくれたんだし……だからっ! そんなことしない……魔王様の敵を討つだけで……ぇぇああああっ!!? ぁぁぁたぁぁべたいぃぃぃっ!」


 心を制御できていない――あたしの頭の中にそんな言葉が過ぎる。

 矛盾した言葉をただただ放ちながらプルパは、また動けないあたしへと迫ってきて。


「う……ぁっ……!?」


「たべべっ……たべっ、あ、たべたいっ、よぉっ……あっ、あぁぁっ!!」


 あたしの体にのしかかり……口を大きく開ける……!


「うあああああぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 噛みつかれる……ううん、食いちぎられることを予感して、あたしはぎゅっと目を閉じて、辛うじて空いていた手をかざして、プルパに抵抗しようとする――



 ……。



 …………。



 ……しかし。



(……ぅ……)


 いつまで経ってもあたしの体に痛みは走らない。

 プルパがあたしの体の上にのしかかったままなのは、その体重が動きを止めている事からもわかる。


 その痛みの代わりに。


 ぴちゃっ……ぴたっ……と。


 あたしの頬に落ちてくる温かい何かがあって……その異質さにあたしは目を開ける。


「っ……!」


「……」


 大きく、口を開けたまま。


 静止していたプルパの目……肉が腐り落ちて目蓋を失ったほうじゃなくて、プルパ自身の水晶玉のようなきれいな目から。



 ぽろぽろと涙がこぼれている。



「……プル……パ……」


「ぁ……ぁぁっ……」


 その目は悲しみを湛え、何かに耐えようとする意識が伺えた。


 プルパには何かがある。

 彼女自身が制御できない、歪な『何か』をその内に抱えている。


 でも、あたしには、今のプルパは『それ』を抑え込んでくれているように見えた。


 『何か』に襲われたあたしを、『プルパ』が助けてくれていたって……。



 ……と、その時……!



「……ぅげうっ!!」



 不意に何かがプルパの身体を突き飛ばすのが見えた。


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