第0話 開演前
……色は深い青。
それはそれは黒に近い深ーい青だ。
どんよりと。
うねるような、光を通すこともない闇にも似た青を思い浮かべてほしい。
一面。そう、余すところなく一面だ。
君の脳内を、まずはその色一色にしてもらおう。
……何をしてるかって?
あはは、いやだな。
これは今、この物語の背景を作ってるところだよ。
例えるなら、劇場に入り、緞帳の下りていないステージを見るようなもの。
照明の当たっていない、薄暗いステージには風景はあれど、まだ誰も役者は立っていない。
残念ながら客入れのBGMはないけれど……そうだな、それに該当するものがあるとすれば……。
……耳を澄まして。
遠くから、地鳴りの音のようなものが常に聞こえてくる。
目から入るものだけじゃなく、聴覚に訴える物までも、君を上から押しつぶすような重圧を湛えている。
……そう、今君の頭の中に浮かんでいる深い深い青は、空だ。
確か神は昼と夜を作った後に、まずは空を作ったとか言う話もある事だし、まずはその絵から始めたい。
どろどろという低い音。
空は暗い青が垂れ下がっている。
イメージは出来たかな?
それじゃ視線を下ろしていこう。
……ゆっくりと。
……ゆっくりと。
……さぁ、尖塔が現れた。
その薄暗い空を背景に現れた、やや霞のかかるくすんだ色の尖塔は、どうにも細く鋭すぎて、優雅さよりも忌まわしさが先に立つ有様だ。
更に、更に現れる尖塔。
いくつもいくつも折り重なる。
まるで神を貫こうとする無数の槍であるかのように……何とも背信的な様相じゃないか。
……もう分かったんじゃないかな。
そう、それは城。
世に言う所の。
『魔王の城』だ。
吸い込めば、小さな村なら人の全てを死滅させてしまいそうな瘴気をまとうかのように。
空の暗さなど及びもつかないような禍々しさをその身に湛えて。
魔王の城はそこに鎮座している。
……周囲を見回してみよう。
……。
……やれやれ、何とも攻撃的な土地だ。
無数の岩山の真ん中に立つこの魔王城だが、その岩山と言うのが、どれも魔王城の尖塔に負けないほどに鋭く、天へその身を衝こうとする鋭さを伴っているから、そこに立っているだけで不安な気持ちになりかねない。
その岩山の隙間から、これまたどろどろとしたものが、地面にうねっているのが見える。
……違うな、地面じゃない。
そのどろどろとしたものと言うのは雲だ。あの忌まわしい空の色を反射して、生き物のようにその身をうねらせる。
どうやらここは相当標高の高い場所らしい。
山の上の魔王の城とは何ともありがちで……とは言え想像してもらう為のサンプルには事欠かないかもしれないね。
さて、魔王の城に視線を戻す。
目の前には堀があって跳ね橋がかかり、更にその向こうには城壁がぐるっと城を取り囲む。
ここはどうやら魔王の城の正面口のようだ。
苔むした歪な城壁だけど、とにかくデカい。ぴったり近づいて見上げた時、その天辺を見るためには、見上げただけじゃ足りず、体を大きくのけぞらせる必要がありそう。
おまけに重厚なその作りは、容易く人の侵入を受け入れる事はないだろうことは想像に難くない。
跳ね橋の先にはアーチのゲートが見える。
ここはがっちりと――見るからに重そうな鉄の格子の鎧戸で塞がれていて、せっかくの入り口なのにここから入る事もまず無理だろう。
堀に沿って右へと歩いていこうか。
地面はごつごつとした石だらけで歩きづらいけれど、地面を選べばまぁ移動が困難という事もない。
……そこそこの距離を歩く。5分ぐらいだろうか。
城は上から見れば円形をしているらしく、堀は弧を描く形状を成しており、ぐるりと城を横に回り込む感じだ。
そしてたどり着いた場所はかなり見通しのいい広場。敷地の大きさは、堀からその周りを取り囲む岩山まで、優に300mはあるだろう。
もしもどこかの軍勢が多数の兵を率いてやってきても、これだけ遮蔽物のない土地なら、かなりの兵力が城からの矢で犠牲になる事は否めない。
と、城壁の方へと視線を向けると。
そこにまたゲートがあった。
大きさは正面口と変わらないし、堀にはここも跳ね橋がかかってるんだけど、違っている事が一つ。
ゲートの鎧戸は開いている。
つまりここからなら魔王城には入れると言う訳だ。
何とも不用心なもんだけど……果たして普通の人間が侵入して、その城の奥から湧き出る闇色の瘴気を浴びて平静を保っていられるかは疑問だ。
奇怪な喚き声や、時折聞こえる足音はすさまじい重量を感じさせる。
そんな異界が、このゲートの向こうには横たわっているのだ。
でも。
この物語はそこへと挑む者たちの物語。
『GoooooooooURuuuuuuAaaaaaaaaaaaa!!!!!』
……さぁ、聞こえてきた。
その咆哮の主は、易々と剣山のような岩山を粉砕しながらこの城門へと向かっている。
そして……!
「……たぁぁぁああああああああっ!!!!」
……一人の少女が岩山の隙間から門の正面へ、大きな跳躍で飛び出してくる……!
お待たせした。
我らがヒロインの登場だ。
年の頃は15、6。
髪の毛はセミロングで、赤い装飾に富んだ礼装のようなジャケットコートの上に、魔力の籠められた胸当てを身につけている。
黒のミニスカートと、みんな大好きニーソックスは彼女の姿を美しく整え、絶対領域の白い肌も眩く、そして履き慣れたらしい明るいブラウンのブーツは、彼女の行動の一切を阻害しない。
何より、その顔つきは。
……とびきりの美人ではないにしろ、恐らく普段は、微笑めば素朴に誰彼も惹きつける魅力に溢れる、そんな佇まいなのだろうが――
次の瞬間……!
『GuuuuuuuAaaaaaaaaaaaaaa!!!!』
岩山は轟音と共に粉砕されて、山のような四つ足の竜のような怪物がその場に姿を表す……!
「……くっ……!」
前転を伴って、地を滑りながら着地をした彼女は、10倍はあろうとかと言うその怪物を真正面から睨みつけた。
そう、今はその顔は、緊張に強く引き締められている。
まぁ、それがまた彼女の魅力的な顔の一つと言われれば、誰しもがきっと頷く事だろう。
……では、語りを主人公たる彼女に移そう。
僕の役割はここでひとまず終わりだ。
異世界の勇者よ、700年の時を経たこの戦いに、どうか終止符を。
そして願わくば、この物語の行く末に喜びと幸福をもたらさん事を……!
……なーんてね。