第16話 「さぁ、行くが良い、勇者イツカよ!」
「いや、このままギャグベースで進むんじゃないかってちょっと心配した」
「あたしのせいじゃないですよねソレ!?」
半ギレで目を剥く。
シメるとこはシメねばならない。
「はいはい、じゃキミにちゃんと目的意識ができたトコで、具体的なキミの状況を教えよう」
「……はい」
なるほど、そういう事を考えさせようとしてくれたと。
変なトコ、ケア精神は旺盛――
「キミには異世界に行ってもらう」
「……」
「……」
……えーと。
「……なんで?」
「キミの身体の精神エネルギーたる、現状のキミの状態は、今このままでは元の体に戻すことが出来ない。なぜならこの世界からキミの世界に戻る事は、自然の摂理に反する蘇生法だからだ。魂は世界間で一方通行――この世界に来た以上、そのままキミの肉体のある世界に引き返すことは出来ないんだ。しかし、異世界にある『ファフロスゲート』と呼ばれるゲートを潜ることで、正規のルートで魂が身体に戻ることができ」
「話の途中ゴメンナサイ、多分それ全部聞いても理解できないですけど、聞き続けたほうがいい感じですか」
「でーすよねー……」
そんな取って付けたような話、いっぱい並べられてもね……。
「じゃ、もうちょっと突っ込んで話そうか。これからキミが行く異世界」
「まだ行くって決めてない!」
「でもこのまま死にたいわけじゃないでしょ?」
「……やっぱ聞いてから決めます」
「そ?」
嘘だけど。
あたしは生き返りたいと思ってるんだし。
「これからキミが行く事になるかも知れない異世界『ファーレンガルド』」
「『ファー』とか『ガルド』とか付くと、異世界っぽいですね」
「……。異世界『ファーレンガルド』の中央王国『ハインヴェリオン』」
「『ハイ』とか『オン』とか付くと、異世界の王国っぽいですね」
「……キミ、そんな性格だったっけ?」
「琴水――友達辺りと話してるとこんな感じだと思いますけど」
必要以上に考えない。それはあたしが身を守る手段として身に着けてきた事でもある。
普段はあっけらかんぐらいでちょうどいい。……あっけらかんって『呆気羅漢』って書くとぬぼーっとした強そうな人のイメージ出るよね。
「……まぁ、色々慣れてきてるんだと認識しよう。それもどうかと思うけど」
「いや、それほどでも」
「別に褒めてないです。……で、そのハインヴェリオンは700年以上前に現れた、5000年周期で現れるという『ファフロスゲート』という門によって召喚される『眞性異形』と呼ばれるモンスターたちの侵攻に喘いでる」
「……あれ、もしかしてファンタジー?」
「ファンタジー。エルフもゴブリンもくっ殺もある。……あれ、最後のあったかな?」
「女騎士がみんなくっ殺じゃないでしょうよ! それこそセクハラだわ!」
「女騎士なんか、みんなくっ殺に決まってんじゃん!」
「問題発言を断言された!? ってかどーでもいい! あたしには不要な案内です!」
「失礼。ともかくファンタジー」
「まじかー……」
トラックに轢かれた辺りで薄々感じてはいたがー、まさか自分がラノベの王道突っ走る事になるとはー……。
幸か不幸か、その辺の順応性はあたしにもあった。
「で、この『眞性異形』ってモンスターたちは、一人の『魔王』って存在に率いられて王国の守る人間たちと対立してるんだよね」
「なるほど……大体分かりました」
「お? ホント?」
「その『ファフロスゲート』って、今言った魔王が守ってるんです?」
「ハイ正解」
「つまり、あたしが生き返るためには――まぁ、裏側ひっくり返せば色々あるんだけど、要は魔王を倒してファフロスゲートっていうその門を潜りなさいって事でいい?」
「理解が早くて助かるね」
「ま、あたしとしては分りやすくていいですけど。……で、魔王って強いんですか……?」
「ううん」
「おお、じゃ簡単に」
「メチャ強い」
「……行かないですよね。……どうやって勝てってんですか、フツーの女子高生のあたしに!」
「その辺は大丈夫。キミは異世界から現れた勇者だ。そんな子に特権がないわけがないでしょ」
「チート?」
「……になる力を身につけることができる」
「……最初から無いんだ……」
「いやー、それでも最初からレベルかなり高い状態で開始だから、十分だと思うけどねー。で、最終的にイキってる悪者がもう『オ、オマエ、なんなん!?』ってドン引きするレベルになるから。そのファーレンガルドってトコの住人じゃ決して辿り着かない域に行けるわけ。それがキミのチート能力かな」
「……その前にあたしがやられちゃう可能性は?」
「否定はできない」
「ソウデスカ……」
「悪いけどね、ファフロスゲートに至るためには、それなりにその世界に適合したメンタルが必要になんの。自分で苦労してもらわないとそれは身につかない。……僕が神様ってことだとしても、そういう力のある神様じゃないからね」
「またそんな取って付けたような話……」
「いやー、コレは取ってつけたような話じゃないんだよね」
「え」
「行けば分かる。……言い方を変えようか。悪いけど、魔王って存在は伊達じゃない。魔王に勝つってことには『戦う理由』が必要なんだ。それを感じもしないでチートでぴょーんって魔王の元に辿り着いても、キミはきっと奴には勝てない。漠然とした言葉で申し訳ないけど――」
「――『心』で負ける」
「……」
その、これまでにはない低い声で発せられた神様の言葉に、あたしは気圧されるように一度息を呑んだ。
「……死んだんだから、簡単には生き返れないってこと……ですかね?」
「とりあえずその認識でも結構だよ。ま、だから最初の目的意識をはっきり持ってもらったって訳なんだけど。でも多分、向こう行って色々駆けずり回ってれば、もっと具体的に見えてくるようになると思うんだよね」
「はぁ」
「キミ個人の考えが根本にあることは当然で、その上で、更にキミである必然性はここにあるんだ」
「……なんだかよく分かんないんですけど……」
後で思えば、確かにこの時は、神様の言葉にピンとは来てなかった。
でもそれは後々、旅を続けたあたしにとって十分に理解の出来る、重要な言葉になる――。
「っと、そろそろ時間になるかな」
そう言った神様の体が少しずつ白んでいく。
「え、ちょっ……ここっ、心の準備とか……!」
……焦るあたし。さすがに急すぎるが。
「心の準備って言われたって、ここじゃ他に何かできる事なんてないと思うよ?」
「そ、そうかもしんないですけど……!」
「じゃ、何か質問は?」
「……特に……あ、そうだ!」
「何?」
「あの、言葉の壁とか! ラノベとか、アレすっごい問題になるんですけど!」
「あ、それは気にしないで大丈夫。キミの言語基底をちょちょいといじって、向こうの文字の読み書きそろばんぐらいは問題なくしとくから」
「そろばんあんの!?」
「ないっ!」
「最後までテキトーだった!」
とかやってる間に、周囲が一気に、光が包み込むように真っ白になって行って……!
「さぁ、行くが良い、勇者イツカよ! 世界を闇に覆いし魔王を退け、再びファーレンガルドに光をもたらさんことを!」
こうしてあたしの旅は始まる。
白い、本当に白いだけになった空間では目を開けている事すら困難になるらしい。
あたしはそんな明るい暗闇の中でぐっと目をつぶり、それでも目蓋を突き通すような鋭すぎる光の槍に腕を掲げて耐える中――
「……なーんてね」
最後の最後で、そんな一言を聞いたような気がした……。