第15話 「……生き返りたい。……生き返りたいです」
と、その人は椅子から少し身を乗り出すようにして話し始める。
「えとね、ここはどこって言われてもちょっと困るんだな。ここはどこでもない場所だしどこでもある場所だから。どんな場所にでもなりうるし、どんな状況にもなりうる」
「……」
「ここは摩訶不思議な謎空間」
「……なんだろう、そっちの方が納得する」
「んじゃそれで」
「……つまり、今のあたしでは説明のつかない場所ってこと?」
「そそ。仮にここに住所があったとして、それ伝えてキミ、納得する?」
「……しない、ですね」
どっか知らない土地で迷子になって、人に『ここはどこですか』って聞いて住所言われても、場所なんか把握できないし。
「そんで、誰って聞かれても、それはそれで困るんだよね。まぁ、キミにとって一番都合のいい立場の説明をするなら、多分『神様』が正解かなと思って、何となく言ってみた」
「今は完全に不正解だと思ってますが、とりあえずそれは置いておくとして。……疑問形で名乗ったけど、実際にはあなたは神様じゃないって事でいいんです?」
「あはは、そもそも『神様って何』って話だよね。自分から神様なんて名乗るやつに、ロクな人いないでしょ? 神様テイストの奇跡を起こしちゃう人は、別に自分で意識しないで、勝手に奇跡を起こしちゃうモンだしね。神様なんて言葉、他人からの評価の言葉であるべきだよ」
「……まぁ、確かにその意見には納得できますね」
ふと気がつけば『神様』は、最初は深々と椅子に腰掛けてたと思ってたのに、前のめりになったことで、椅子の腰掛けの縁に座ってた。
やっぱり全然神様らしくないんだけど、なんか逆にこの人らしい雰囲気がある。
「とは言え、キミにとって分かりやすいなら、とりあえず僕は『神様』でいい」
「こんな場所で、そんな白いローブ着て豪華な椅子にゆったり座ってたら、神様に見えちゃいますよね」
「これ? これローブじゃないよ?」
「え? じゃ何?」
「シーツ」
「は!?」
「被ってんの」
「真っ白な……シーツぅ?」
「アリエ○ルで洗った」
「ぶっ……」
……思わずそっぽを向く。
「洗うたび白さ際立つアリエ……あれ今笑った?」
「……うるさいなぁ」
ありえない神様がいた……何者ですか、この人……。
でもよく見るとたしかにローブはやけにゴワゴワして見える……。
「女子高生の顔赤いのはかわいいねぇ」
「セクハラで訴えましょうかねぇ!?」
「うわ、やっべ、こえぇ! 法廷で勝てねぇ!」
なんで喜んでんだこの人……。
ほっぺたごしごし。……まだ赤い気がする。
「なんでシーツなんか被ってんですか?」
「まぁ、シーン的なニュアンスかなぁ」
「はい?」
「ままま。……そんなことよりもさ」
「……え?」
「聞きたいことは僕のことじゃないでしょ?」
「……」
不意に切り返され、あたしは言葉を詰まらせる。
……もしかしたら、あたしは『それ』を誰かに聞くことを――この空間にただ一人、訳知り顔でいるこの人に『それ』を聞くことを、怖がっていたのかも知れない。
『そうしない事』で、あたしは自分が取り乱すことを、したくなかったのかも知れない。
でも……結局それは、ただの問題の先延ばしにしかならない事に気づくことは出来ていた。
……決意して、聞く。
「……あたし……どうなっちゃったんですか?」
「飛んだねー、空中で三回転ぐらいして、高高度からアスファルトへのー、フライーングボディーアタッーク」
「きゃーーーーーーーー!!!」
デフォルメされた表現からリアルを想像したくないぃぃぃ……!
「ところがですね」
「……え?」
「コレ、奇跡的に生きている」
……一瞬、言われたことが分からなくて、何度か頭で言葉を反芻して、あたしは目を見開いた。
「……ホントですか!? え、どんな感じに!?」
「それ聞く?」
「……いや、やっぱいいです」
「大丈夫、『グロ注意』の注意書きが必要だったり、元に戻ったらお嫁に行けない体になってたりはしないから」
「……そんな盛大にトラックに轢かれてそれで済んでるとか、逆に引かれません?」
「キミの周囲の反応は、悪いけど僕の知った事じゃないなー」
「はぁ、ま、確かに」
「しかしだ」
目深にかぶられたフードの奥から、あたしを貫くような視線を感じた直後、神様は言い放つ。
「キミの生死は今、実は僕が握ってる」
「っ……!?」
ぞわりと。
少しだけ背筋に悪寒が走るのを感じる。
「そこで引かないでほしいなぁ……って言ってもムリか、今のは」
「ヘタなことしたら死ぬよって言われたら、流石にどうしたらいいかちょっと分かんないです」
「まぁ、そうとも取れるよね。……でも、そこんトコは警戒しないでいいと思うよ。キミが死ぬかどうか決めるのは直接的な僕の行動じゃない。キミがどうしたいかっていう考えなんだ。このまま死にたいって言われたら、僕はそれを叶えることができるってこと」
……それはつまり、逆の選択肢も可能だってことだと捉えていいと思われた。
あたしは少しだけ警戒を解く。
「……やっと神様らしいトコ出てきましたね」
「まぁ、ね。確かにこういうトコだけ見れば、僕が『神様』って言われんのは正しいかも知んない」
肩を竦めて『神様』は言う。
「ってかあたしの生死を握ってるとか、あたしの散り様知ってるとかって事は、あたしの事知ってたって事ですよね? なんか『あんた誰』的なリアクションしてましたけど」
「いや、ちょっと考え事しててさ。何しなきゃいけないのか、一瞬忘れてたのはホントなんだよね」
ほっぺたをコリコリと掻くその仕草は何とも人間臭かった。
「……生き返りたい?」
「……唐突ですね、ここまでさんざん茶化しといて」
「性分なもんでね、そこは謝らなきゃかな。でも変にパニクるより良かったんじゃない?」
「そう、かもしれない……」
確かにあたしはそう考えた。
この状況を真面目に捉えることは、怖かった。
「……こういう時って、もしも本当に死んじゃうなら、泣いた方がいいんですかね……?」
「泣いたらリアルだから生き返らせるとか言うつもりはないけど」
「これはただの夢だってオチは?」
「逆に夢でなんでもアリなら、死んだこと受け入れてもいいんじゃないかな? 受け入れなくてももちろん構わないけど」
「……ですね」
夢オチだろうが、リアルだろうが、この具体性を欠いた現状じゃ、信じるも信じないも意味がない事だと思う。
ならこの際色々気にしない事にして、前向きな事考えよう。
「もう少し、具体的に今のあたしの状況を教えてもらってもいいですか?」
「その前に」
「はい?」
「念のため確認だけど、このまま死んじゃいたいとかって気持ちはないよね?」
それは流石に首を振る。
「ないです。んで生き返りたいってよりも……あたしはただ、元の平凡な生活に戻りたいってだけで」
「平凡ねぇ……。……持った物すぐ壊しちゃうような謎体質でも?」
「……知ってるんですか、その事」
やっぱり、『神様』だもんね。
それを率直に聞かれて、あたしは少しわざとらしく、ふっと微笑みを浮かべたかもしれない。
あんな呪いに負けたくないって思いもあっただろうなって思う。
「別に気にしてないですよ。あんなもの、付き合い方を考えればいいだけの事だもん。それに」
すっと、『それ』を頭によぎらせたのは、あの呪いに打ち勝つ強さを求めての事。
「それに……その付き合い方を教えてくれた、大切な、人たちが……」
……ただ。
「あたしなんかが……死んじゃって……悲しむ、なら……あれ……?」
その強さは、あたしの声を潤ませる事にもなる。
「あれ……あれれっ……?」
ホロリと頬を伝うものに気づいてあたしは唇を噛み締めながら、洟をすすった。
「う……ぐすっ……」
唐突で抑えきれなくなった感情を無理やり隠すように、あたしは両腕全部で顔を覆う。
「ぁ……ダメ……だめだ……ぐすっ……こんなんだもん……死にたいなんて考えらんない……ありえないよ……」
自分が死ぬ――そうなったら、みんなに二度と会えない。
父さん、母さん、兄さん。おじいちゃんやおばあちゃん、琴水や友達のみんな。
そしてあたしの『願い』も叶わない……。
……それを一瞬でも感じてしまったらしく、その涙の理由で、神様に返事をした。
「……ゴメン、そうに決まってるよね。つらい事考えさせた」
すっと白いハンカチが差し出される。
「いえ……ありがとうございます」
存外紳士的な神様の対応にあたしは甘えて、ハンカチを受け取って目元を拭う。
「アリ〇ールで洗ってあるから」
「ぶっ……。……くすくすっ……」
もう一度噴き出す。
まったく……泣かせてくれたのは神様だってのに。
でも、それで少し落ち着いたあたしは、ハンカチを神様に返して一つ深呼吸して涙を抑える。
そして、本当に何気ない声で、もう一度答えた。
「……生き返りたい。……生き返りたいです」
「……ん、了解」
神様は満足げに微笑んで、頷いてくれた。