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第14話 「……しん……じゃったかー……」


 ――




 ――――




 ――ぷかぷか。



 ぷかぷか。



 最初に感じたのは、それ。

 何かに浮いているような、持ち上げられているとも沈んでいるともつかない感覚。


 どこかに体がついているわけでもない、宙を漂うような、不思議な感覚だった。


「……ぁ……」


 真っ白。


 真っ白。


 目を開けたら何もない真っ白な空間に、あたしは漂ってるらしかった。


「……。……しん……じゃったかー……」


 結構、割り切りは早かった。

 ってか現状、実感に乏しいから、そんな事を口にできたのかも知れない。


 ショックとか受けるんだろうなー、もうちょっとしたら、何かで死んだこと実感して、みんなゴメンナサイとか激しく後悔するんだろうなー、とか混濁する意識の中で考えてみる。


 何にせよ、今あたしが置かれた状況が分からない。

 あと、あたしがこの状況でどうしたらいいかが分からない。


 このまんま寝てていいんだろうか。

 体を起こしてどっか行くことを考えなきゃいけないのか。


 弱った事に、それを判断する材料が、今のあたしの視界には何も――


「……むむ?」


 あたしは今、横になってんのか縦に立ってんのか分かんないんだけど、自分の視線の遙か前方、ちょっと斜め上に、黒い粒のような点が現れたのを見つけた。


「……なんじゃらほい」


 と……それは、次第にこちらに向かってきている。


 ゆっくりと、なのか、かなり早いのか、分からない。

 向こうが来てんのか、こっちが向かってんのか、分からない。


 ただそんな事を考えている間に判断できるようになったのは、それは一脚の椅子。

 かなり豪奢な設えで、足や肘掛けなどは白銀。背もたれなどは白――に、これまた銀色の刺繍がしてあるのを、だんだん見て取れるほどの大きさになってきた。


 椅子は、後ろ向きだ。だから背もたれの刺繍が判断できたんだけど。


 そして実に神々しさのあるそれには――


(……誰かが座ってる……よね……?)


 背景、というかこの白い空間のせいで、一瞬判断に困ったんだけど、確かに誰かが座ってる。

 こっちも白い。

 真っ白なローブを身にまとい、かぶってるフードまで真っ白だから、背景に溶け込んで一瞬椅子だけかと思っちゃったんだよね。


 ……今のあたしの場所からすれば、当然後ろ向きだ。


 そして、近づいてきて分かったんだけど、かなり大柄な人みたい。

 それでいてその姿……あたしはただ、こう思った。


(かみ……さま……?)


 静かに椅子に腰を掛けて正面をまっすぐに見つめているその姿。

 この白い空間全てを支配しているようなその様が、あたしにそれを思わせた。


 その洋っぽい佇まいは、ウチの神社の和の神様とは結びつかなかったけど、その姿にはひたすらの神々しさが湛えられて見える。


 ……ああ、そうか。


(あたしはやっぱり……天国に召されるのかな……)


 その人のその姿を見つめていて、あたしはまたそんな覚悟を決めるに至――






「……うーそでしょぉぉっ!?」





(軽っ!?)


 一瞬、耳を疑った。

 でもそれは間違いなくその人から発された言葉だ。とてつもなく軽い。


 そして次の一瞬で瓦解する覚悟。吹き飛ぶイメージ。


 彼はそのまま膝に肘をついて、頬杖をして何やら悩みだした。


「……いやいやいや。だって僕はコレでキメたいのにそんな制限ないでしょーよ。いや、色々対策してんのは分かるんだけど……えー……演出って必要じゃーん……短いことだって演出の一つなんですけど……」


(……何を言ってるんでしょうこの方……)


 あたしは背後から凝視して、この人が何をしだすかを観察するしか無い。


「あー、もう……しょうがない!」


(何が!?)


「歌うか!」


(歌うっ!?)


「阿重霞なるぅー! 旅客のゆーくさきーはー! 夜渡りとーなりてー、平野を越えー……!」


(何じゃその歌ァァァ!!)


 あまりにもとっ散らかりすぎたメロディで成される放歌高吟。

 ……流石に聞いてらんなくて。


「時のーまにまにー! 集うー、鳥たちぃぃ」


「あのっ!!」


「はいぃっ!?」


 あたしの呼びかけで、ビクッと身をすくめて、くるりと椅子ごとこちらに振り向くその人。


「……はいっ……? ……え……はい?」


 二度見、三度見。

 ……その佇まいが、全然荘厳じゃなかった。


 しかし、その人の顔は目深にかぶったフードで隠れたまま。

 まぁ、目の部分が隠れて見えないだけで、鼻と口もあるみたいだから人間の顔はしてるみたいだけど……何者かっていうのはやっぱり分からない。


 とは言え、目が見えても多分、『誰?』となりそうなのでその辺はいいかなと思う。

 声も鼻口周りも、どうやらあたしの知った人の顔じゃない。


「えと……どちら……様?」


 恐る恐る聞かれた。


「それはあたしが聞きたいんですけど! ……ってか……」


 ここであたしは悩みだす。


「あれ……ちょっと待ってー……? 聞きたいはいいけど、あたしここで……何から聞いたらいいんだー……?」


「どうしましたー? 何かお困り事ですかー?」


 この瞬間、あたしの中でこの人から神々しさなんてものは次元の彼方に飛んでいった。

 あたしは苦い顔のまま、一つため息を付いて。


「……現状、困り事しか無いです」


「あるんですよね、そういう事」


「日常的みたいに言わないっ!」


 参った……これはちゃんと話が通じるかどうか分からない人かもしれないぞー……。


 でも、この状況で話ができる人はこの人しかいないし……仕方がない……この人がちゃんと会話できる方に賭けてみよう……!


「……現状、あたしには聞きたいことが2つあります」


「はい」


「ここはどこですか? そして……あなたは誰ですか?」


「ここは白い空間で、私は……神、様……ですか?」


 ……賭けに秒で負けたっ……!


「ダメだー! もうあたし、このままおじいちゃんの神社の前で地縛霊だー!」


「あるんですよね、そういう事」


「そんなポンポン地縛霊が湧いてたまるかっ!」


「あはは、まぁまぁ」


 と……その人は少し落ち着いたような口調になって、あたしに笑いかける。


「いや、申し訳ない。ちょっと聞かれたことがナンセンスだったんで、僕も答えに困っちゃったんだよ」


「ナンセンス……そんな特殊な事を聞いたつもりはないんだけど……」


 しかも返ってくる言葉がいちいち軽い。

 一瞬でもこの人を神様とか思った自分を、ひっぱたきたい気分だ……。





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