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第13話 「これを手にしていれば、あたしは……」

 放課後、授業終わりで学校を出る。

 琴水や他の友達と一緒に帰る事も多いけど、今日は『用がある』って言って、一人で学校から下校してきた。


 そしていつも通り電車で自宅最寄り駅まで帰ってきたものの、あたしは家に帰らずに、そのまま別の場所へと向かう。


「……」


 市内の、割と真ん中付近。

 そこに小高い山があり、その麓には鳥居がある。


 鳥居を抜けた先は階段があって、それで山の上に行けるようになっていた。



 そう、ここはあたしのおばあちゃんの神社だ。



 鳥居を前にして、少し躊躇ったように息を呑む。

 でも……あたしは一つ深呼吸をして、ゆっくりと鳥居をくぐった。



 他の人がどう感じるかはわからない。

 でも、鳥居っていうのは人界と神様の世界の境界だって話。


 あたしは何となく、それが分かる。


 この鳥居をくぐった時ってあたしはいつも、言い知れない凛とした空気を感じるんだよね。

 なんと言うか、『守られてる』って感じ。



 いや……どうもここでは、あたしはホントに守られているらしい。


 実はこの鳥居をくぐった先。

 ……この山の中に限った事なんだけど。



 あたしはここでは、物を壊したことが一度もないんだ。



 もちろん、無いことを証明するのは難しい。確証なんか何もない。

 ただ16年間生きてきて、普段パリン、カシャンやってるにも拘らず、ここでそれが一度もないとなれば、『そうだ』って口にしていいんじゃないかって思う。


 おばあちゃんの言っていた『神様の祝福を受けてる』って言葉も。

 作ったものが長持ちするってのと合わせて、この事実でまた、信じるに足りるって話でね。


 そんな訳で、あたしのためにもこの神社の中でずっと生活したらどうかって案があったらしいんだけど、神主であるおじいちゃんは首を振ったらしい。


 あたしが一生ここから出ないなら構わないけど、そうでないなら普段の日常生活で、自分があの呪いとどう向き合って、どう生きるのか――どう物に接していくのかを考えるべきだって。


『いやー、おじいちゃんの脛をかじろうとしたのに、追い出されちゃったよ、あはは』


 そんな事を、自分の娘にあけすけに言っちゃうのがウチの父さんである。



 ……ちなみに父さんと母さんは、ネットゲームで知り合ったという、あたしや兄さんにしてみれば恐るべき恥部のような出会いの経緯がある。

 しかもプレイヤーキャラが、父さんはロリロリな萌えキャラで、母さんは腐臭激しいイケメンキャラだったっていう、世も末な話が……。


 とは言え、それでオフ会で出会って、リアルでも意気投合して、それで父さんは母さんと家を出たんだから、おじいちゃんにしてみれば母さんは正にネトゲオタクの息子の恩人じゃないかと。


 まぁ……一瞬ちゃらんぽらんに見えても、あたし達兄妹をしっかり育てながら働いてくれるいい父さんだとは思うけどね……。



 ……そんなどーでもいー事を考えながら、あたしは階段を登りきり、もう一つの鳥居をくぐって境内へとやってきた。


 境内で広さは、町中の公園ぐらいあるからそれなりに広いほうだろう。

 今日は平日の、まだ昼過ぎなもんだから、人影は全くない。



 左手には社務所とくっついた母屋。

 ……ここはホントに、子供の頃から色々と思い出がある場所だ。


 とは言え、今日は誰もいないはず。

 おじいちゃんとおばあちゃんは、実は昨日から老人会の催しで、定番の熱海へ旅行中という何とも優雅なことをしていた。帰りは明後日って聞いてる。


 その間、神社の拝殿はお父さんが早朝開けて、さっと境内を掃除して、夜ウチに帰る前に閉じることになっているんだけど。……まぁ、その辺は昔取った杵柄と言うかなんというか。



 そして右手にはだいぶ古びた演舞堂。お祭りの時なんかは雅楽の演奏者の人たちがここで演奏してくれる。

 舞台はやや高くなってるから、ここでの催しは比較的見やすい。


 これにも……あたしはちょっとした思い出があるんだよね。



 ……そして。


「……。……はぁ……」


 あたしは参道の端っこを歩いてきて、拝殿の前で一つ深呼吸。


 長年怠りなく整備されてきた、両手を大きく広げたような拝殿には、いかにも神様が祀られていますっていう、神秘的な雰囲気が湛えられている。

 拝殿の向こうの少し薄暗い、静かな杉林もそれを引き立ててるような気がするね。


「……」


 ……『いけないなんてのは当然』だ。

 多分、この神社が長いことあって、『そんな事』されたことなんて無いと思うんだけど、



 あたしはそのおじいちゃんとおばあちゃんのいない間に、『それ』をしようとしていた。



 ……『あるもの』が欲しくて。

 あたし一人では成しえないことを成すために。


 あたしはお賽銭箱の横を抜けて、拝殿の中へと入っていった……。



   ◆



 拝殿の中は、しん……と静まり返っている。

 そりゃ誰もいなければ当たり前だけど、本当に外と空間が切り離されたように無音の空間。

 静寂で耳が痛い――そんな錯覚に、一瞬陥る。



 とにもかくにも、あたしは荷物を拝殿の入り口辺りに下ろして、拝殿の少し広めの内陣の真ん中に歩いていく。


 眼前に祭壇。

 真榊やら瓶子やらが立てられ、色んな供物が三方の上に乗って御神前に並べられている。


 その正中――つまりど真ん中。

 一際大きな三方の上に、淡い紫と若草色の雅な文様の入った、綺麗な巾着が置いてあった。



 それが、この神社で祀られている神様の御神体だ。



 それを見つめたまま、あたしは静かに目を閉じた。


 頭に去来する思いがあって。

 『それ』を成すために――『それ』が許されることは絶対に無いことを知っているのに――あたしは神様に許しを請うように、すっと手を差し出して。



 神楽を、舞い始める。



 ……巫女服でなくてもーしわけない。

 それでも制服の女子高生が神楽を舞うというレアな姿で、とりあえず許していただきたい(逆に怒られるかも知んないけど)。

 なんなら結局文章で描写してるだけなので、妄想による脳内補完も可である。


 舞の手ほどきはやっぱりおばあちゃんだった。

 小4の頃から中1までずっと教えてもらってたっけ。


 おばあちゃんの代の後、長らくこの神社に神楽を舞う巫女さんって言うのは不在だったんだけど、神様に祝福されてるって言われたあたしは、ちょっと興味を持って、おばあちゃんと舞のお稽古をずっとしてた。



 一度だけ、大勢の前でこの神楽舞をさせて貰ったことがある。

 あの表の演舞堂でだ。


 恥ずかしくて、うまく出来なかったけど、それでもみんながしてくれた拍手は忘れられない思い出だな……。


 受験の準備が始まって、忙しくなって、舞を舞うことなんて忘れてたけど、舞そのものは、あたしの身体に染み付いていたらしかった。


 流れるように手を運び、足を擦らせて。

 決して激しくはなくても、所作の一つ一つに心を込める。



 その舞の意味。

 それは偏に神様への祈り。


 そしてそんな神様へのあたしの祈りっていうのは――



(神様……神様のお力を……あたしに分けて下さい)



 戦国時代の大名たちが、この神社に求めたものを、現代のあたしに貸してほしい――人に話せば『くだらない』って笑われるかも知んないけど、あたしにとって『とても大切なこと』を成すための力が欲しかった。


 そんな事を考えて、誰もいない拝殿の中で一人舞を舞う。


 ずっとずっと苦しかった想いを、昇華させたい……。

 それはあたし一人じゃ無理みたいなんだ。


 ……だから……。



 ……。



 …………。



 ……そして、舞は締められる。


 舞を奉納したあたしは静かに祭壇へと近寄り、祭壇に祀られている三方の上の巾着に――


「……」


 ……震えながら、手を伸ばす。


(大丈夫……)


 小さい頃――あの、みんなの前で舞を舞う時にしたように。


(これがあれば)


 ……そうだ。


(これを手にしていれば、あたしは……大丈……)



 と……次の瞬間だった。



「……あっ……!」



 ――がしゃりっ!!



「……」


 その音と共に。


 あたしは巾着を取り落としたことを知った。


「……ぅ……そ……」


 その音の響き。

 それはあたしの血の気を引かせるのに十分だった。


「……うそ……うそっ!!」


 完全に高をくくっていた。

 あたしは、この神社の中でなら、決していつもの呪いは出ないって思ってたのに。


 こんな大事なものを持った、こんな時に出てしまうなんて……!


 きっと……今あたしは青褪めた顔をしているだろう。

 そんな顔のまま、あたしは跪いて、その巾着を拾い上げる。




 ――かちゃりっ……




「ぅっ……」


 中の物を持つようにして巾着をもつ。

 あの神楽舞の直前に触らせてもらったから知ってる。中の物体は『一つの塊であるはずだ』。


 しかし、手に持った部分とは別に――巾着の中でだらりと重みを持つものがある。


「……ぁ……あぁ……」



 割れてる。



 あたしが、割った。



 数百年の間、この神社に奉じられていた『御神体』を割ってしまった……!



「っ……!!」


 そこからは、あたしはパニックだった。


 あたしを守ってくれているという神様そのもの――

 それを壊してしまった事が、あたしの目の前を真っ暗にした。


(ごめんなさい……! ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!)


 許されようとして、その言葉を頭の中で何度も繰り返すも、心の乱れは癒されない。


 そんな混乱を抱えて御神体の巾着を持ったまま、入り口においたままだったカバンと傘をひっつかむようにして、拝殿を飛び出る。


(何とか……あたしが何とかっ……しなくちゃ……!)


 何とかってなんだろう。

 一体あたしは、何をすれば許されるのか。


 神様を……直すの?


 それであたしは許されるの?



 ……分からない。



 分からない分からない分からない……!



 ……外は雨が振っていた。しかも結構な強降りで。


 でも気にしてられない。

 あたしはカバンを傘にするようにして、境内を走り抜け、階段を降りていく。


 しかし、手の中にある、その一番大切な御神体が濡れていく事に気づいたあたしは、柄を握り直して傘を差そうとした。



 ……正に、鳥居を抜けた所で。



 ……その途端……!


「ふわ……っ!!?」


 ごうぅぅっっ!! といきなり突風が吹いて、傘が大きく煽られる……!

 吹き飛ばされまいと傘をぐっと、片手で引き寄せようとして失敗。


 あたしは体のバランスを崩して、その傘に引っ張られるように。



 ……神社の前の道に飛び出してしまう。



「えっ……?」


 そして、あたしの眼前に迫っていたもの。




 トラックのフロント面。




 ……と、その時は認識できていなかったと思うけれど。


 周囲に響いた音はあたしをどかすためのものだったんだろうが、あたしは到底どける体勢になかった。


「……あぶねェっ!!」


 誰かの絶叫が響いて僅かな――僅かという間があったのかも分からないけれど――そんな間の後。



 何か柔らかいものが潰れるような鈍い音がして、あたしの視界が真っ暗になる。



 ……あたしは思う。



 ラノベ業界は、そろそろ全日本トラック協会とかから訴えられるんじゃないかなって。




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