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第12話 「あんたは神様にちゃんと祝福されてる」

 あたし達のおばあちゃんという人は、この絳丹こうたん市にある、とある神社の神主の奥さんで、昔はその神社の巫女さんだった。


 その神社は、古くは戦国時代から、戦勝祈願のために付近の大名が訪れたという話で、武具にお祓いをすることで勝利を確実にしたとか何とか。


 そして綻びのある武具を修繕する任も請けていて、しかも、作られた直後よりも更に頑強に修繕することでも有名だったって話。


 今は武具なんて無いけど、その『物を直す』って言う技術はずっと代々神主に受け継がれてきた。


「……いいかい、イツカ。物は必ず壊れるものだよ。でも壊れたものなら必ず直す方法はある。それを自分で探って、丁寧に丁寧に、ひとつずつ紡いでいけば、元のものなんか比べ物にならないぐらい強い力を宿すことだってあるのさ」


 話を聞いたおばあちゃんは、何を躊躇う事もなく、あたしに針と糸を渡して、布の縫い方を教えてくれた。


 その昔は、そんじょそこらの職人が裸足で逃げ出すほどの腕前を持ったお針子さんで、その技術を孫であるあたしに教える事ができるのは、逆に本当に嬉しかったと、大きくなった小6ぐらいのあたしに話して聞かせてくれたっけ。


「……あいたっ!」


 まだまだぶきっちょだったあたしは、作業中に何度か針を指に刺してしまった。


「大丈夫かい?」


「……いたた……。……でも、大丈夫……」


「うんうん。どれ、手を見せてごらん」


 そう言って絆創膏を巻いてくれるおばあちゃん。


 おばあちゃんは、敢えてあたしに全てをさせてくれた。

 最初はあたしを抱え込むようにして、後ろから抱っこしてもらって、針の布への通し方を教えてくれて。そして少し形になったら全てをあたしに委ねて、横でずっと見ていてくれた。


 正直もっと手伝って欲しかったとあの時は思った気がするけど――


「……私の子供の頃は、小学2年生だって、お針子するなんて珍しい事じゃなかったからねぇ」


 戦後すぐの頃の話だってことだ。

 おばあちゃんの、自分と同じ年の頃を想像して、あたしもちょっと頑張ろうって気になった。


 何より『物を壊してしまう』あたしが、心の支えになる『拠り所たる技術』を自分で身に着ける事で、少しでもその呪いから心を和らげさせたいというおばあちゃんの気遣いがあった。


「一つ一つ……針を通す時に、想いを込めて。物を直すことは、人との思いの繋がりにできた綻びも直すこと。……あんたは神様にちゃんと祝福されてる。呪いなんてものに負けるな、負けるな。誰よりも苦難を背負ったものは、誰よりも幸せを感じることができるんだからね」


 それに……あたしは、とっても感謝してる。


「イツカ、話は聞かせてもらったよ!」


 大分形になったところで、お兄ちゃんと一緒に、大げさなセリフと共にお母さんが登場。

 あたしのお手伝いをしてくれた。


 お母さんの仕事は、広告デザイナー。

 でも、そのセンスは広告だけに及ばず、色んなものを見てきたお母さんの知識の結晶みたいなものが、ここでもふんだんに生かされた。


 ポーチそのものが持っている元の大人びた雰囲気を壊すことなく、ちょっぴりだけ入れた、ポーチの色に近い色の糸による刺繍のような模様が、子供のあたしにもカッコよく目に映った。


 それを、あたし自身が仕上げたんだ。


 嬉しくなった。

 物を壊した事への怖さを越えて、物を作る事の楽しみをあたしは感じてた。


「琴水ちゃんのお母さんには連絡しといたから」


「おにいちゃん……?」


 ちょっと照れ臭そうに、兄さんはあたしに言う。


「ちゃんと許してくれたよ。琴水のことは心配しないでってさ。それに、イツカがポーチを直してるって言ったら驚いてた。琴水と楽しみにしてるって」


 そんな兄さんを見て、おばあちゃんも優しく微笑んでた。


「おやおや、お兄ちゃんらしくなったものだねぇ」


「全く、そういうのはお母さんの役割でいいって言ったのに、こういうのは早いほうがいいでしょ、だってさ。私もあとでちゃんと連絡しとかないとね」


 母さんとおばあちゃんが、そんな会話をかわして笑い合ったけど、なんだか母さんも誇らしそうに兄さんを見てたのはあたしも良く覚えてる。




 あたしは本当にこの時、色んな事を知った。


 直してる時は必死過ぎて、みんなの気遣いや、してくれた事に、どれだけのあたしへの想いが込められているか分からなかった。


 でも、出来上がったものが、更に素敵になって。


 次の日に琴水の家に早めに行って、琴水にそれを渡した時の、彼女の目の輝き。


 そして、あたしの指にいくつも巻かれた絆創膏を見て、表情を崩して――


「イツカちゃん……ごめんね……ありがと……ごめんねぇ……!」


 涙を流しながら謝ってくれた事が、今のあたしを作り。


 そして助けてくれた家族の、あたしへの想いに気付くことの出来たきっかけだったと思ってる――



   ◆



「琴水、アレ、未だに現役で使ってくれてるの?」


「もっちろん。他のポーチなんか、ぱかぱか色んなトコ取れて壊れたりするのに、アレはマジであの時のままだもん。おまけにカッコいいしねー」


 そう、不思議なことに――あたしが物を壊すことの反動なのか――何故かあたしが壊して直したものや、あたしが作ったものは普通のものより長持ちするという、これまた謎な力をあたしは持っているらしいんだ。


 あの時のポーチの事件の後、物を直すという事を楽しみながらやるようになってから、たくさんの物を直したり作ったりするようになった。


 そのほとんどが、驚くことに壊れずに残っている。


 家の中の物だって色々直したんだけど、どれも直した時の姿を未だに保ったままなんだよね。



 確証はない。


 ないけど――おばあちゃんは『あたしは神様に祝福されてる』って事あるごとに言ってくれた。

 だからあたしはその辺、ちょっと信じてる。


 これは神様があたしの呪いに見かねて付けてくれた、呪いと対になる力みたいなモンなんだって。




 ……とまぁ、これが『そんな事もあったさー』って話。

 あたしの、家族やみんなとの懐かしい思い出話だ。


 そんな事お構いなしに日常ってものは、あたしと一緒に前へと進んでいく。


 あたしは琴水と一緒にその後も軽口を叩きながら、学校へと向かうのだった。




 ……ただ、その日。


 誰にも言ってなかったんだけど、実はあたしは、何事もないはずのいつもの日常に、ちょっとした変化を求めようとしていた。




 そのことがもしかしたら、何かのフラグだったのかも知れないと、今にして思う……。





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