第11話 「イツカ、これ直そ?」
――確か、小学2年生の頃だったと思う。
「嫌いっ! イツカちゃんなんて大っ嫌いっ!!」
泣きじゃくりながら、同じく小2だった琴水が、あたしに向かってインディゴブルーのポーチを投げつけた。
まるで引っ叩かれたように、それをあたしは、ただほっぺたで受け止めることしか出来なくて。
琴水のお母さんが、古い、履かなくなったジーンズで作ってくれたっていう薄手のショルダーポーチ。
小学生にしては大人っぽい、おしゃれなフリンジの付いた綺麗なデザイン。
背伸びしたがりな女の子なら誰しも憧れそうな、そんなカッコ可愛いファッションアイテムだった。
それを――琴水が大喜びで見せてくれたそれを、あたしは壊してしまった。
綺麗だったから。
その時には自分のこの呪いについて、ある程度は理解していたのに、中がどうなっているのか見てみたくなって、子供のあたしは衝動を抑えられなかった。
そして、そのスナップボタンで留められた、かぶせのカバーの部分を開いた時に。
勢い余って引っ張り過ぎて、そのカバーの布が半分ぐらい――びりりっと、居た堪れないほどの大きな音を立てて、裂けてしまったんだ……。
ポーチをあたしに叩きつけた琴水は、その場に居たくないというように、走り去ってしまった。
……足元に、自分が壊してしまったポーチ。
それをじっと……見つめながらあたしはぽろぽろと涙をこぼす。
痛かった。
……もちろん顔にそのポーチをぶつけられたってのはある。
でも、友達の大切にしている物を壊したってのは、正にこの時が初めてで……それで、友達との関係を壊すことで、こんなにも心が締め付けられるように痛くなるとは思わなかった。
あたしはもう、本当に悲しくて……そして何よりこの呪いを背負った自分が嫌になって、その場に立ち尽くすしかなかった。
きっとこの時、あたしが一人だったら何も解決を見い出せず、一人塞ぎ込みがちの子供になったと思う。
でも。
それが、すっと拾い上げられる。
「……大丈夫」
あたしの傍らに立ち、それを拾い上げたのは。
「……おにい……ちゃん……」
あたしと5つ年の離れた兄さんだった。
はっきり言うと、正直子供の頃からどっちかって言うと線が細くて、頼りないイメージがある、そんな人だった。
学校でも影が薄かった事だろう。それは今もそんなに変わらない、と思う。
でも、子供の頃のあたしにとって兄さんは、あたしを凄く気遣ってくれる優しい兄さんでもあった。
「イツカ、これ直そ?」
「な、なおっ……直すって……」
子供のあたしには突拍子もない事で、ただその言葉にうろたえるばっかりだったけど、兄さんはまっすぐにあたしの目を見て、真剣に――それでも本当に優しくあたしに言う。
「壊れたかも知れないけど、壊れたものは直せばまた使える。……ほら、これって、元々壊れたジーンズから作ったって琴水ちゃん言ってたじゃない? だからこれも、きっとちゃんと直せるはずだよ。泣かないで、イツカ」
「……どう……やったらいいの……? あたし……直すなんて……わかんない……」
べそをかいて、しゃくりあげながら、あたしは兄さんに聞く。
そして兄さんはあたしの手を取って、答えた。
「こういう時こそ、おばあちゃんに聞いてみようよ。きっと直す方法を教えてくれるから」
そう言ってあたしを引っ張る兄さんに、小さなあたしはとてとてと着いていく。
日の落ちかけた、夕暮れ時の街を。