第10話 「はーい、行ってきまーす」
某県・絳丹市。
市としての基準を満たすにはあまりに小さい田舎の地方都市。
そこがあたしの生まれ育った街だ。
ごくごく平凡なその街は、その日もいつものように、特にこれと言った事件が起きるでもなく朝を迎えた。
もちろん、そんな朝を迎えたあたしは。
自分がそんなこの街で大変な事件の当事者になろうとは、この時全く思ってもいなかった。
いつも通り、朝と言う時間は何となく忙しく駆け抜ける。
あたしはこの絳丹市の片隅にある自宅で、学校に行く準備を整えていた。
スマホを取り出す。
時間を確認。
『当然』、スマホの画面には盛大にヒビが入ってる。
――手に入れて10分でこの有様になった。
落としたとかじゃない、何度か指でタップしたらこーなった。
しかも2台目なんだよね、コレ。
……ってか、2台目っていうかなんていうか……。
……えーとですね。
1台目のスマホは、買って5分でヒビが入ったんだよ……。
これはぶっちゃけあんまりということで、すぐに一度――とても申し訳ない面持ちになりながらも店員さんに申し出て、交換してもらった。
そして更に10分でこれだもん。
自分の体質を知ってる以上、一回でも十分厚かましいのに、流石にもう一回交換とかいうお願いは出来なかった。
なので、世の中にはスマホにヒビを入れたまま使っている人もいるって言うから、もういいやってなって、そのままこれを使ってる。
……正直ちゃんと機能してるだけありがたいってハナシで。
とにもかくにも、そんな形で――後日『完全不器用』と言う不名誉なスキル名を頂く――この謎の呪いと、10年も一緒にいれば、いい加減付き合って行く事にも慣れてしまう。
もちろん、何が起きるか分からないから注意することも――その注意の仕方にすら、慣れちゃうもんなんだよね。
というわけで、いつもの通学の時間。
あたしはカバンを背負うと(もちろん手提げ部分は一度ちぎれて補修済み)、玄関へ。
「天気予報、午後から雨降るって言ってたから、ちゃんと傘持っていきなよー!」
「はーい、行ってきまーす」
台所から声をかけてきてくれた母さんに返事をして、言われた通り傘を手に、家を出た。
お察しの事とは思うけど、傘の骨は広げる度に折れ曲がって既にバキバキだ。多分あと一、二回使えば買い替えだろうな……。
その日の空は、天気予報の言っていることを明示するように、曇天模様だったのを覚えてる。風も少しあった。
傘は持ち歩いて当然レベルでどんよりしてた。
そんな空の下、あたしはいつもどおり、駅への通学路を歩いていく。
まぁホントに……そのおかしな呪いさえなければ、あたしは取り立てて何ができるわけでもない、ホント極フツーの女子高生だって事。
周りの環境も、生き方も。
特筆することなんてなんにも無いけど、それはそれで――こんな力を持っちゃってるからこそ、逆にありがたいんだって思ってる。
40過ぎてんのに娘の眼の前でイチャつく、未だに仲のいい父さんと母さんに呆れながら朝ごはんを食べるとか。
上京して大学に行った兄さんに送ったラインが現状既読スルーされてる事に、舌打ちして『くそう』って言ってみるとか。
通学の電車でいつも会う気になってる男の子に、挨拶してみようかなとか思って結局ヘタレて無理とか。
電車から降り際に、後ろから幼馴染の親友・秋ヶ瀬琴水に『おはよっ!』って声かけられて、手にしてたスマホをホームと電車の間に落としそうになって平謝りされるとか。
そして二人で笑いながら学校に行くとか。
……ね? どこにでもいるフツーの女子高生。どこも変わって……。
……。
……あー……
まぁ家族は若干変わってますが……それ以外はフツーに女子高生してますよ、あたし。
(ってかどこの家族も、身内の前じゃこんなモンだと思ってんだけど。)
――閑話休題。
その日も、電車を降りた後は相変わらず、ごくごく平凡な学校までの通学路で。
「琴水、おとといゴメン! 借りたバレッタ、直してきたから」
「ぅお、まじか! 仕事早いな!?」
道すがら、あたしはカバンの中から小奇麗な紙袋に入れた髪留めを引っ張り出して、琴水に手渡した。
先日、そこそこ長いあたしの髪を止めてたゴムが千切れちゃって、琴水が持ってたバレッタを付けてくれた。
……そこまではあたしの手によるものではないので何事もなかったんだけど、返す直前に『あたし自身』が外しちゃったモンだから、バレッタのバネが、ばちーん。
ものの見事に発動した呪いだが、琴水は既にあたしのこの呪いについては理解してくれていて、平謝りのあたしに苦笑い。
あたしが『直してくるから!』って言ったら、『おぅ、頼んだぜ!』ってお願いしてくれた。
この流れも、割といつも通りの事だ。
琴水は、あたしの『物を直す』という行為が、この呪いを発動させてしまったあたしにとって――言い方はアレだけど――大事な『心の浄化の儀式』であることを知ってくれている。
だから直すことを『あたしのために』頼んでくれるんだよね。
ただ、この儀式――実はただのあたしのメンタル保全ってだけじゃなくて。
「イツカの修理は確実だからねー、逆にありがたいかも」
「ふふ……そう言ってくれんのは嬉しいな」
「しかも、さ」
……そう。
あたしのこの呪いの反動かは分からないんだけど。
「イツカが直してくれたものは、超長持ちするからね。小学校の時のあのポーチ、まだ使えるもんなぁ……」