第99話 「魔王様のお城で、好き勝手するな、だし……!」
「いけないっ!」
その巨体が、どすどすとあたし達に迫る。
ビーストを2体ばかり踏みつぶしてもお構いなし……!
狙いは……プルパだっ……!
強大な魔力の発動を察知したのか、あたし達の眼前で、大きく息を吸い込んで……!
「ドラゴンブレスっ!!」
「ぬぅっ! ウェルメイドワークスは間に合わんっ!!」
あの、岩をも溶かす高熱の息。
その位置だと念を凝らしているプルパだけでなく、みんな何らかのダメージを被る……!
「みんなぁっ!」
あたしはプルパの傍に駆け込んで、その小柄な体を抱きしめる。
プルパが何かを唱えている中、辛うじてみんながあたしの周囲に滑り込んできてっ……!
「スキルキャストっ!! 『属性更新空間遮断』っ!」
直後、紅蓮の炎があたし達の周囲で燃え盛る。
空間の変化拒絶の力でスキルフィールドの内側の気温は全く変わらないが、一歩でも出れば、それだけで消し炭になるだろう。
しかし、ブレスが終わった直後……!
『GuOAaaaaaaaaa!!!!』
「あっ……!」
炎の中にいたせいで気付けなかった。
あたし達に向かってさらにドラゴンが一体突っ込んでくる……!
「よけてっ!」
あたしはプルパを抱きかかえたまま、跳び退り、ギルヴスもリロを抱えて横に飛ぶ……!
しかし……!
「ランッ!」
円の中心にいたランとジルバの反応が遅れた。
「くっ……おおおおぁぁぁぁっ!!!」
「えっ……!」
ジルバはランを抱きかかえて、その剛腕で、ランの華奢な体を横に放り投げた。
「あぐっ!! ……ジルバっ!!」
ランの体が床を転がる中――!
「ぐおおおおおおっ!!」
ドラゴンが……その巨体を鋼の要塞にぶつけるっ……!
「ぐぁはっ!!?」
さすがの重装甲でも、あまりの質量差で吹き飛んでしまうジルバ。
城の壁に叩きつけられ、弾みもせずに床に沈み落ちる……!
「ジルバぁっ!!」
「スキルキャスト! 『攻撃力極大上昇』……! 『防御絶対無視』!!」
巨体故に、隙が大きい……!
あたしはスキルの力を持って、ドラゴンの背中に一気に肉薄。
そのこちらに向けた長い首に火桜を振り下ろす!
『……Gaaaaaaaaaaaa!!!!』
ざんっ! と巨木のような首を一刀両断する……!
長い首が、どう、と落ちて、ドラゴンの全身が力なく崩れ落ちた。
「ジルバ……! 私を……庇って……」
ランが駆け寄って、甲冑のメットを外す。
「当然だ……ラン……塵芥でも、多少は、役に立たねばな……」
「ジルバ……」
……頭部から血が流れてはいたけど、その精悍な顔つきは、不安を周囲に与えまいとうっすら微笑む。それはまた旅の最中で得た、ジルバの心構え。
「大、丈夫だ……。我が友の鍛えた鎧は、今もって……健在だ……」
だけど、今のまともに正面から受けた一撃。
ジルバの力を相当に奪っている事だろう。ジルバは動けない。
ぐるりと敵の方へと視線を戻す。
正面に新たに表れた数体を交え、5体のドラゴンが並び、巨像級、牙獣級の数もまだ決して油断する事は出来ない。
(……これはなかなかピンチかな……?)
そうは言っても、苦々しい表情なんか浮かべてやらない。
冷や汗交じりに、あたしは微笑んで――
「プルパの、魔王様のお城で、好き勝手するな、だし……!」
「……プルパ?」
あたしが振り返った直後、傍らのプルパが、バリっと目の包帯を引きちぎる。
「こんなやつら……いなかったんだし……。魔王様のお城を守る仲間たちは、みんな優しかったんだし! ここから出ていくんだし!!」
そこには、いつもは飛び出た眼球があったが、様子が変わっていた。
青白く輝き、魔方陣のようなものがくるくると回っている!
「プルパが帰ってきたからにはぁぁっ! 好き勝手やらせないんだしぃぃぃっ!!!」
眼球の輝きが強く増して……!
「魔王炉……開放! 純正魔力、超臨界っ!!!」
その途端、何かが周囲でうなりを上げ始めた。
「ななななな、なにかなー、これっ!」
「城が……共鳴してる……!?」
そうだ。
この城のどこかにある『魔王炉』と言う恐るべき装置が、その力を開放しているんだ……!
「ウェルメイドワークス……!」
「……プルパっ!?」
確かにその言葉を聞いた。
この旅の最中、プルパはウェルメイドワークスは一度も使わなかった。
ううん、使えなかったんだ。
プルパの編み出したウェルメイドワークスに因る力は、プルパ本来の力、つまりこの城に設置されているという大型魔力回路『魔王炉』のアシストなしには使えないはずだったから。
だから今……その力があたしの眼前では、初めて解放される……!!
「『世界卵五重詠唱』ッ!!」
突き出された小さな手に、砕け散った数多のゼノグリッターが集まり、その中から一つの白い卵が現れた。
「新たな意思の生祥の寿ぎ、その賛美の声は天壌の心臓を今、定めし……!」
きぃぃぃぃっ……! と何か甲高い音が響いたかと思うと、巨大な球体が竜種級や牙獣級たち、そして牧童級までも包み込んだ。
「あれは、結界……!?」
そして更に、不思議な色の卵が4つ、プルパの周囲に現れる。
その内の真っ赤な一つが浮かび上がると、その内側から発せられる声。
「天底より逆巻け! 炎の詩歌は槌打ちの音色と響かん! エニサーモンの刃は、我が友のために!!」
それは間違いなく、魔術の詠唱だった……!
「『広大なる北方の膂力』っ!!!」
突如、結界の中だけで巻き起こる炎が竜種級たちを包み込む!
ドラゴンブレスに優に勝る炎が吹き荒れていた。
「ぐううぅぅぅっ!!!」
それと同時に、バリバリという魔力の奔流がプルパに体を包み込み、プルパは歯を食い縛って激痛に耐えているようだった。
「プルパっ!!?」
でも、術は止まらない。
つぎの胡乱な闇色の卵が、詠唱を放つ……!
「全ての頂きより、我は実りの虚実を抱く。其の渇望の果てに、黄金色の地平より快楽を揺り動かさん……!」
死の香りを放つ、無数の鋭くも巨大な棘を持つ茨が――!
「『高位より下る南方の歪』!」
球体の中の生命の体を駆け巡り、その体をずたずたに引き裂いていく……!
更に紫色の卵が浮かび上がって、非業の愛を詠い始めた……!
「『I hold the crown prince of love. I control jealousy shackles. As a third insect, I drive a killer whale and, with the heartbeat, I become my loved one.』」
力場の中に、巨大なシャチの群れが現れたかと思いきや……!
「『愛に飢えたる東方の獣』……!」
眞性異形たちの体に食らいついて、肉と言う肉を食いちぎった。
そして残る濃い橙色の光を放つ卵が、詠唱を放つ。
「『知覚』! 『腰骨』! 『円周記録』! 『水』! 『味覚』! 『時』! 『舌』! 『性意』! 『運命乃輪』! ……我の名は、神にして父……!」
「『時うねる西方の収穫』!!」
ボロボロの姿で身を捩る竜種級たちの動きがその詠唱で完全に静止する。
そして……!
「ぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」
「プルパぁぁっ!!」
声を上げるプルパの目から、耳から、鼻から血が滴り、その体に絶大な負荷がかかっているのが一目瞭然だった。
それでも最後の詠唱を放つプルパ……!
「四方の天壌より舞い来る産声の奏楽!! 節の積み重なりにて奏でる我が篇章は、時の歩みの果てに、今、生まれいづるための終焉を迎えん!!」
結界の中心に、ぽうぅっ……と光の玉が出来る……!
次の瞬間……!
「宇宙の……叙事詩!!!」
宇宙開闢の炎が力場の中で荒れ狂い、あらゆる生命を無に帰す。
それは次の宇宙が生まれるための滅びの姿でもあった。
力場が収縮すると、その中にあったものは、一切が霧散していた……。
「ぅひゃー……これが、プルパの本当の力なんだねー……」
「とん……でもねぇな……」
「ぁ……」
力を一気に開放しきったプルパが崩れ落ちる。
それを慌ててあたしが抱きとめた。
「プルパ……よく頑張ったね」
「……イツ……カ……。プルパ……イツカを……みんなを、守れたんだし……?」
弱々しく震える手があたしの頬に伸ばされる。
「うん。……うん」
その少しばかり骨の剥き出しになったプルパの手を握って、あたしは頬ずりをした。
おどおどしていても、仲間に危機は放っておかない頑張り屋さん。
その気持ちにいつだって助けられてきた。
そして時折見せてくれる微笑みは、あたしをいつだってホッとさせてくれて――
「イツカ……?」
「え?」
不意にプルパの表情が驚いたようなものに変わって。
「あれっ!? あれれっ!? イツカが……透けてくよっ……!」
「なっ!? イツカっ! 何がっ……!」
「イツカ……イツカっ……!! ――っ……!!」
「――」
声を発することもできなかった。
次の瞬間、あたしの視界はぐにゃりと歪み。
信頼する仲間も、激しい戦いを演じた広間も、すべてが掻き消えてしまったのだった……。