第98話 「こんな所で怯んで足止めてられるかってのっ!!」
でも、そんな状況だったとしても……敵が待ってくれるわけがない。
さっきの城の外での戦い。
初めて出会った竜種級と、長い洞窟探検で疲弊していたあたしは、一瞬、自分の置かれた立場を忘れた。
ここへ連れてきた、たくさんの想いとの誓いを思い出せなかった。
そんな無様な姿、これ以上晒したりしない。
こんな時どうすればいいか、何度もみんなで確かめ合った!
だからっ……息を大きく吸ってっ……!!
「……あっはははははははっ!!!!!」
みんなが何事かとあたしを見る。
敵に至っては、何事かと足を止める。
でも、そんなの全くお構いなし。
あたしはひとしきり笑った後、ぐっと目の前の敵を一望、睨め付けるっ……!
「こんな危機、何度だって乗り越えてきた……もっとヤバい事だってみんなと切り開いてきた! こんな所で怯んで足止めてられるかってのっ!!」
空回れ、あたし。
「こんなもの! 『この程度』って笑って乗り越えるぐらいじゃなかったら」
そう……気持ちが追い付かないなら、全力でっ……!
「こいつら使役してる魔王に勝とうなんて、おこがましいってもんだよねっ!!」
その空回ってるあたしを見て、手を伸ばしてくれる人たちが、あたしにはついてるんだからっ!!
一体の巨像級が突進を仕掛けてくるのを皮切りに、一斉に押し寄せてくるバカでかい眞性異形たち。
迎え撃つっ!!
「……はぁぁっ!!」
振るわれる拳は大ぶりだけど、牧童級に操られたその巨像は、正に重量級の百戦錬磨のグラディエイター。かわした先に隙があるように見えて、次の動きが計算されてる。
でも……そんなのは織り込み済みっ!!
「だぁぁっ!!」
一瞬で、7回火桜を振るったあたしの眼前に、粉々になった、突き出された左拳。
その破片をすり抜けて、胸から肩を、更に撫でつけるように火桜で切り上げる。
「――」
そこに塊になっていたゼノグリッターが粉々になって巨像級は動きを止め、ゆらりと倒れる。
それを蹴り付けて着地した先には、頼れる仲間たちがいる。
「へっ……調子づいてるじゃねェか。イキがいい食材にまずいモンはねぇってな……!」
「ギルヴスが動きを止めてくれるからね!」
周囲の眞性異形が、硬直したように動きを止めているのは、ギルヴスのウェルメイドワークスによるもの。
厳しくても、この人はいつもあたしを見守ってきてくれた。
「いけイツカ。好きなだけ調子コイてこいっ!!」
「うんっ!!」
ギルヴスの銃の弾丸のように飛び出して、正面の牙獣級を翻弄。
2体の首を、抵抗も許さず切り落とす。
その獣たちの向こうで、巨像級を弾き飛ばすのは。
「うむ! イツカ、良い啖呵だったっ!!」
「フフ……この呼吸、忘れてたよジルバ……!」
大きな背中と背中合わせで、お互いを守り合う。
本当に大きな背中だ。
この背中があたしに向けられているからこそ、あたしは後ろを気にせず戦ってこれた。
「イツカ、その……この戦いが終わったら……君は……」
「ちょ、ちょちょっ! 戦いの後の話なんて死亡フラグ、立てたくないよあたし!?」
「……うむ……そうか、そうだな! 今は切り抜けるが必定!!」
「うんっ、行こうっ!」
いつものように。
差し出されたジルバの、厳かで雄大な大地のような肩を蹴って、身軽に。
あたしは高々と舞って、眞性異形たちの頭上を飛び越えていく。
それを捕まえようと、眞性異形たちは手を伸ばすけど、当然つかまりっこない。
そしてその大きな隙をついて、凄まじい勢いを伴って放たれた矢が、ゼノグリッターを次々に射抜いていく。
「フフ……もう、目配せすら必要もないわね」
「ランがどこにいてもあたしを見てくれてるの、分かってるからね」
「私は勇者様の御身だけでなく、その笑顔も守ってこれた」
「だけじゃないよ。ランの微笑んでる顔見てると、あたしもホッとするんだ」
チームのまとめ役として、そして良きお姉ちゃんとして、ランはいつでもあたしに微笑んでくれたから。
ランがいなかったら、あたしはこの世界でずっと立ち往生していたかもしれない。
ふと、目の端に映るハルバードを振るう巨体。
「ね。あたしが元の世界戻っても」
終わった後の事を語って死亡フラグ立てたくないなんて、ジルバによく言ったものだが。
「ランはジルバとは仲良くできない、のかな……?」
「あら? 私はジルバの事嫌った事なんて一度もないわよ」
「ほへ? ……あんなにいつも、ゴミだなんだーって言ってるのに?」
「フフ……。……彼ね、この後、どんなことになっても」
「……どんな?」
「ちゃんと、私が前を向かせられる。それをちゃんとこの旅で教えられたし、私も、分かったから」
「ほえ……」
ランが何を言ってるのか分からなかったけど。
ただ、ランのジルバを語る声はとても優しかった。
それであたしは自分の考えてることは杞憂だって分かって、ホッとできたと思う。
「さっ、一気に蹴散らしちゃいましょうか!」
「……うんっ!」
ランの放った矢を追いかけるように走り、それをかわした牙獣級が着地した瞬間、下から上へ、火桜を閃かせてゼノグリッターを一刀両断する。
崩れる牙獣級。
何の打ち合わせもいらない。
それを誇るように、あたしはその牙獣級の上に着地して、次の狙いを定め――
「イツカーっ!」
「えっ?」
遠い所から、召喚獣のみんなとあたしに向かって手を振る小柄な姿。
もう一つ、この旅であたしが忘れられない、薄暗い魔王城にあっても輝きの絶えないリロの笑顔がそこにあった。
「気を付けてね! 何があってもー、ボクたちの心は、ずっとイツカと一緒にいるからねーっ!」
「え? あ、うんっ! もちろんだよリロ!」
あたしは火桜を握ったまま、ちょっとおどけたようにガッツポーズを見せてみる。
ただ、そうは返したものの、あたしはその言葉に少し不自然なものを感じ――
『GoRuAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
数が少なくなった牙獣級、巨像級の間を一気に駆け抜けてこようとする竜種級が――!