ころころ石、うみへいく
ふかい ふかい やまのおく。
あつく おおわれた くもから、あめが ふってきます。
おおきな おおきな あまつぶは、ほそい ちいさな かわにも、ふりそそぎました。
「あめって、どうして ふってくるんだろう?」
かわの なかで、ふりそそぐ あまつぶを じっと みつめていた ころころ石が つぶやきます。
すると、ころころ石の そばを およいでいた ちいさな さかなたちが、きれいな こえで こたえます。
「あめはね、そらから ふってくるんだよ。」
「ここから とおい そらにある、くもが つれてくるのさ。」
さかなたちの こたえに、ころころ石は きょうみしんしんに なりました。ころころ石は、さらに さかなたちに きいてみます。
「くもって、どこから やってくるの?」
ころころ石が そういうと、さかなたちは ちいさな ひれを ゆらしながら、やはり うつくしい こえを ひびかせました。
「くもは、うみから やってくるんだよ。」
「うみは、この かわの さきにある、あおくて きれいな ところだよ。」
さかなたちは そういうと、ころころ石の まえを およいでいき、かわの じょうりゅうへと むかっていきました。
のこされた ころころ石は、こざかなたちが おしえてくれた、うみというものが きになって きになって、しかたありません。
「うみ、かあ。どんな ところ なんだろう。」
ころころ石は、だんだん うみに いってみたくなりました。うみは この かわの さきにあると、こざかなたちが いっていたのを おもいだしながら、ころころ石は ゆっくりと かわを くだって いきました。
*****
ころころ石は、まいにち すこしずつ すこしずつ、かわを くだって いきました。
そうして やまの きゅうな ながれに みをまかせているなかで、ころころ石は ちがう いわや 石に ぶつかることも ありました。
「あいたっ。」
「あらまあ。いやね、ワタクシの きれいな からだが けずれちゃった じゃない。あっちへ いきなさいな。」
「ご、ごめんなさい……。」
ちがういわや 石に ぶつかることを くりかえす うちに、ころころ石は だんだん ちいさくなって いきました。いぜん やまに いたときと くらべて、ひょうめんが まるくなり、やわらかく なってきたのです。
「あんまり かっこよくないけど、ながれには のりやすくなったぞ。」
それでも、ころころ石は くじけません。いたみにも たえて、ひたすら かわを くだり、うみを めざします。そうしているうちに、きづけば ふるさとの やまは とおくなり、かわの はばは とても ひろくなっていました。
ながれが すこし おだやかに なったところで、ころころ石は みどりいろの かわぞこを ゆっくりと たびします。
ころころ、ころころ。
やまにいた ころとは ちがい、かわは とても ふかく、つちぼこりや こけむした 石が あちこちに みえました。こけの うえに のると、とても すべすべ しています。
「あはは、おもしろいや。」
ころころ石は、石の うえにある こけを すべりながら、さきを すすみます。そのとき、ころころ石のそばで ひくい こえが ひびきました。
「おお、石ころや。そんなに いそいで、どこへ ゆく。」
ころころ石が、こえのした ほうへ ながれて みると、やまで みたこともないほどの おおきな さかなが のんびりと およいでいました。ころころ石は、おおきな さかなに おどろくことなく、ながれに みを まかせながら こたえます。
「ぼくは、ころころ石。とおくの やまから、うみを めざして いるんだよ。」
「ほう、うみとな。おっと、わしは この かわいったいに すむ イワナ じゃよ。なるほど、とおくからの たびとはな。かんしん、かんしん。」
「イワナの おじさんは、うみへ いったことが あるの?」
イワナの おじさんは、おおきな ひれを ゆらして、ころころ石の しつもんに こたえます。
「いや、わしは ざんねんながら ないよ。だが、サケなら あるだろうな。ちょうど いまの きせつに、うみから かえって くるころだ。」
「サケって、イワナの おじさんと おなじ おさかななの? あえるかな? あえるなら、うみが どんなところか、きいて みたいな。」
「ざんねんだが、サケは この かわへは やってこないよ。むかしは、うみで うまれた サケが、かえって きてたんだがなあ。じゃが、いつのまにか、サケは このかわから いなくなってしもうた。それが、さだめ というものかのお。」
「さだ、め? なにそれ?」
「いや、なんでもない。ここから うみは、まだまだ とおい。たっしゃでな。」
イワナの おじさんは そういうと、かわを のぼり、たちこめる つちけむりの なかへと きえていきました。
「イワナの おじさん、ありがとう。」
ころころ石は、イワナの おじさんの ことばを むねに、ふたたび うみを めざします。
*****
ころころ石が さらに かわを くだって いくと、かわの はばは どんどん ひろくなって いきました。そのためか、にごっていた かわの みずは、すみわたるように とうめいで、たいようの ひかりが きらきらと ころころ石を てらします。
「うわっ、まぶしい。」
たいようの ひかりに てらされた ころころ石の からだは、イワナの おじさんと はなした ときより ちいさく なっていました。ほかの 石に ぶつかり、ながれに まかせているうちに、ころころ石は まるで ニワトリの たまごの ように なっていたのです。
「うみは、まだかな、まだかな。」
それでも、ころころ石は くじけません。すこしずつ ですが、うみへ ちかづいては いるのです。このぐらいで めげている ひまはありません。
すると、そんな ころころ石に、おおきな さかなが 3びき、こえを かけてきました。しろい さかなの ほかに、あかいろの さかな、きいろの さかなが、ころころ石の まわりを およぎます。
「おや、ここらじゃ みかけない 石だね。どこから きたんだろう。」
さかなたちが こえを あげるのを きいて、ころころ石は げんきに こたえます。
「こんにちは。ぼくは、ころころ石。とおくの やまから、うみを めざして いるんだよ。」
「へえ、そうなんだ。ボクたちは、このあたりに すんでいる コイだ。ここから うみまでは、まだ とおいなあ。」
しろい コイが、ころころ石の こえに こたえます。しろい コイに つづいて、きいろい コイが ころころ石に はなしかけました。
「けど、ここから すこし いった ところに、すいりゅうの はやい ばしょがある。そこに いけば、すこしは らくだよ。」
「そうなの。おしえてくれて、ありがとう。」
「おい、やめとけよ。そんな ところに いったら、すなに なっちまうぜ。」
ころころ石が そういうのを きいて、あかいろの コイが くちを はさみます。それを きいた きいろい コイは、すこし ふまんそうに くちを パクパクと うごかしました。
「どうして そんなこと いうんだよ。うみに いきたいと いうんだから、たすけて あげようと おもわないのか。」
「だって、おまえの いっている それは、おれたち コイの せかいの はなしだろ。こんな 石ころに、あの すいりゅうは きついぜ。へたしたら、うみに つくまえに、からだを ゴリゴリ けずられちまうよ。」
あかいろの コイが そういうと、きいろい コイが ふまんそうに おひれを ゆらしました。しろいろの コイが こまったように めを およがせていると、ころころ石の こえが あたりに ひびきました。
「わかった、ぼく、いくよ。コイさん、その すいりゅうが ある ばしょを おしえて。」
ころころ石が そう いったのを きいて、あかいろの コイが めを まるくしながら いいました。
「いいのかい。たしかに、すいりゅうに のってしまえば うみまでは とおくない。だが、それまでに ぶじで いられる ほしょうは ないんだぞ。」
「ううん。うみを みられると いうのなら、ぼくは かまわないよ。しんぱい してくれて ありがとう、コイさん。」
「そうか、よし、わかった。ついてこい。」
そういって、あかいろの コイは いちもくさんに ながれに のって およぎだしました。しろいろの コイや、きいろい コイも つづきます。ころころ石は、どうにか ながれに のりながら、3びきの コイの うしろを、ひっしに ついて いきました。
そして、ころころ石は はやい すいりゅうが あつまる ばしょに つきました。おおきな からだが ながされないよう、コイたちは すいりゅうを さけて、おひれを めいっぱい ゆらします。
「コイさんたち、ありがとう。ぼく、いってきます。」
「うん、じゃあね。」
「きをつけてね。」
「まちがっても、ていぼうの 石ころには なるなよ。」
「わかったー! さようならー!」
3びきの コイが みおくるなか、ころころ石は ひとり、すいりゅうの ながれに のって いきました。
*****
コイたちが おしえてくれた すいりゅうの うごきは、ころころ石が おもっていたよりも はやく、あちこち ぐるぐると まわります。ちがう石に ぶつかったと おもえば、すぐに また べつの石にぶつかり、いたみに くるしむまもなく ちがう すいりゅうに つかまります。それを なんども くりかえし、ようやく すいりゅうの おわりに ついたころには、ころころ石は ほとんど 小石も どうぜんに なっていました。
ころころ石が あたりを みまわすと、ふかい ふかい かわぞこに、じぶんと おなじぐらいの おおきさの 石が、あちこちに たいせき していました。その こうけいを まえに、ころころ石は なんともいえない ふしぎな きもちに なりました。
「もしかしたら、ここにある 石は、ぼくと おなじ、とおくの やまから きたのかな。」
なんとなく そうかんじた ころころ石の まえで、みどりいろの みずと あおいろの みずが ぶつかりあう うつくしい こうけいが ひろがりました。すこし しおからい みずに、とおくから きこえる さざなみの おと。それを かんじとる ころころ石の そばで、かわぞこに いた 石たちが ささやくように いいました。
「ここは、うみと かわの あいだ。きみが いま みているのは、かいすいと、かわの みずが まざりあって できる ものさ。」
「きみが みたかった うみまで、あと すこしだよ。さあ、がんばって。」
石たちの こえを きき、ころころ石は そのばで たゆたいながら、めのまえの こうけいに みとれていました。そして、ようやく ころころ石が こえを はっしたとき、ころころ石の からだから、すこしずつ 石の かけらが こぼれおちて いきます。
「これが、うみ。ほんとうに、なんて、きれいなんだろう……。」
ころころ石は すこしずつ、かいすいと かわの みずが ぶつかりあう ばしょへ ひきよせられて いきます。
そのさきに ひろがる あおい ひかりに つつまれた せかいを まえに、ころころ石の からだは ついに こまかな すなつぶと なりました。それでも、とおく やまから うみまで たびした ころころ石に、こうかいは ありません。こまかな すなつぶに なっても なお、あたらしい であいが あることに むねを おどらせているのです。
「この ひろい うみで、こんどは だれと あえるかな。たのしみだなあ。」
こうして、ころころ石は ひろい うみへと とびだして いったのでした。
ころころ石、うみへいく/おしまい