宇宙的恐怖を孕む夢
とある料亭、十畳ほどの和室。
窓際に佇む一人の若い男が、パタパタと首元に扇子で風を送りながら仄かに茜に暮れ始めた空を見上げていた。
雲一つない空を横切った二羽の鳥が、その姿を小さくしていく。男が遠のいていく二羽を眺めていると、背後から静かに廊下を歩く足音に続いて襖の空く音が聞こえた。
扇子をパタリと閉じ男が振り返ると同時、凛とした女性の声が響いた。
「ご機嫌よう。えーっと……久しぶりね?」
見ればそこには黒いワンピースに白いボレロの上品な装いに身を包んだ女が小首を傾げながら佇んでいた。腰の辺りに無数の皺が残るラフな白シャツに、履きならされたジーンズ姿の男とは対照的である。
「おう、久しぶり!」
そんな事にも気にせず、というよりは無頓着なのだろうその男は、胡坐をかいたまま片手を上げ女を迎える。女は「変わらないのね」と眉をひそめ苦笑し、テーブルを挟んだ向かいに腰を下ろす。
顔を合わせて数秒。二年ぶりの再会に、二人は同時に笑った。
運ばれてきた豪勢な懐石料理を前に、二人は今日という日を祝し乾杯の声を上げる。
他愛もない世間話に始まった二人の会話は弾み、一室は和やかな雰囲気に包まれていた。女の一人称が「あたし」から「私」になったとか、雰囲気が少し変わったとか。逆に男の方はあまり変わらない印象だとか。
食に興じ、酒も進み、すっかりと夜の帳が下りた頃。ふと意図せず訪れた沈黙の後、頃合を見計らって男は、ついに一つの質問を投げかけた。
女は持っていたグラスを一口呷ると、少しばかり姿勢を正し男を向かいから見据えた。
「ええ、いいわ」
女は覚悟を決めたように答える。
「今日は"その話"を、しに来たんだから」
そして、不敵にニッと笑った。
それは2年前、当時付き合っていた二人が別れた理由。或いは、突如として女が姿を消した理由。同じ大学に通いながら、一緒に卒業する事なく今日に至る事となった、その経緯を。
二年もの間、一度として会う事のなかった、その話を。
男の求めに応じ、女はポツリポツリと語り始めた。
外はすっかり暗くなり、吹き抜ける風と影のように揺らめく木々のざわめきが聞こえる。時折虫の声だろうか、何かカチカチと鳴る音が不気味に混じっていた。
「『行かなくちゃいけない場所がある』って、そう言ったのを覚えてる?」
「ああ。確か留学、とかいう話じゃなかったか?」
アルコールで鼻の小脇を赤くした男が、首を捻りながら答えた。男は確かに、当時そう聞いていた。
「ええ、そうね。そう言ったわ。」
女は日本酒のグラスを眺め、少しの間を持たせ"その名"を口にした。
「『×××学園』。私は2年間、そこにいたのよ」
女はどこか遠くを眺めているように見えた。
そして男は気付く。女の表情に、一切の感情が浮かんでいない事に。
へえ……聞いたことないな、と男は声を漏らした。
「そこは普通の人は知る事のない、特別な学園なの。私が知る事になったのも、全くの偶然と言えるわ」
男は耳を傾けている。
「入学した目的は単純で明快。卒業すれば、"ありとあらゆる願いが叶う"と言われているからよ」
その言葉を聞き終える間もなく、男は鼻で笑った。
「何でもって、それはまた大げさだなぁ」
「ええ、そう思うでしょうね。でも、本当に何でも叶ってしまうのよ。望むものを手に入れ、望むものに成り、望む未来が得られる。……といっても、そう言われている、というだけの話なんだけど」
「ふうん。胡散臭いとは思わなかったのか? それに『×××学園』なんて聞いた事ないぞ。それが事実ならさ、大層な実績と共に有名になってるんじゃないのか」
アルコールに酔いながらも、思考力はまだ充分に残っている。彼女がいたという、聞いたこともない胡散臭い謳い文句を掲げる学園なる組織。何か裏のある宗教のようにも思え、眉を顰めながら男は疑問を呈した。
「実は、学園に入るまでは“その事”を知らされなかったのよ。秘密主義というか、公にしないルールがあるのよ」
「……へえ。じゃあそうとは知らず、取りあえず入ったって感じか? 誰かに勧められでもして、実態も分からぬまま信用したのか?」
「そうね。私の意思よりも外部からの影響の方が大きかったわね」
「ところでその学園について、俺に話していいわけ? もし事実なら秘匿しておかなきゃいけないんじゃないのか」
「だって、知りたいでしょ? 私の2年間。それにあなた、他人にあれこれ話すタイプじゃないし。」
貼り付けたような笑みを浮かべる女に、男は苦笑する。あからさまな威圧は、きっと"話すなよ"という脅しなのだろう。
「まあ…ね。それに、俺が誰かにべらべら喋るようなタイプじゃない、ってのもお前は知ってるか」
男は一人頷くと、上機嫌に目を細めた。
付き合いは四年ほどであったが、お互いがお互いを深く理解し合っていた事には確信があった。二年の空白を経ても、それが無かった事にはならないはずだ。
「それで、どんな二年間だったんだ? というかどんな場所だったんだ、その×××学園ってのは」
伸ばした男の手を遮り、女は酒瓶を手に取ると、男のグラスに酒を注いだ。
男は礼を言い、軽くグラスを掲げてから口を付ける。
「ええ、至って普通の学園だったわ。外観はね」
「"外観は"か」
指先でグラスの淵をなぞりながら、女は一度口を閉ざした。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶように話しを続ける。
「女子学園であることも、寮生活であることも、別段変なところはなかったわ。国内にある学園ではないから、多少慣れるまでに時間はかかったけれど」
「ふーん。となると勉強の内容か? あとは先生や生徒が変だったとか?」
女は考え込むように俯く。
「勉強した事は多くあって、内容は確かに難しかったわ。課題も多いし、予習や復習は必須だった。とてもハードではあったけど充実していて、緩くて温いこっちの大学とはまるで違ったわ」
「ふむ」
「『先生や生徒』ね。そうね、そこが初めから変だった」
明確に"変"であると指摘されたそれらに、男は好奇心を刺激される。果たして何が異質だったのか。男は続きを促すように女を見やる。
「そもそも、どうやったら学園に入れるのかも不明確なのよ。学園の子たちにも聞いてはみたのだけど、共通するのは招待状が届くか、直接招待されたという話。私も招待状がある日突然届いたわ。誰を招待するのか、どうやって選んでいるのかは全くの謎なのよ」
男は静かに聞いている。
「私の場合、まず招待状に載っていた連絡先に直接かけて聞いてみたわ。そして色々な説明を聞いて、行ってみる事に決めたの。二年間の留学というのに、自分でも奇妙なくらいあっさりと決めてしまったわ。学費は不要、充実したカリキュラム、どんな分野・学問でも自由に学べる、そして約束された将来。魅力的だったのはもちろんだし、当時の大学生活に不満を持っていた私には願ってもない環境だと思ったの」
「聞く分には、確かに悪くないな」
「そして同意書にサインした段階で、私の入学は決まった。でも、契約内容に他言の禁止という項目があったから、あなたには何も言えなかったの」
そこまで話すと、女は改めて姿勢を正し男をまっすぐに見据えた。
「ごめんなさい」
深々と頭を下げる。
二年前、「さよなら」とだけ告げて逃げるように去ってしまった事への後悔。
今、その謝罪を述べるのが自然だと理解して。
「……」
男はしばらくグラスを眺め、ふーっと息をついた。
「続きを聞かせてくれよ」
顔をあげた女は男の表情を見て思い出す。
真剣な目で女を見つめる男は、およそ怒りや呆れといった感情もなく、ただ好奇心によって女の話す続きだけに意識を向けている。
女は気付く。男は、過去の事についておよそ"全く気にしていない"。男の興味は今、私の話に向いている。自分が興味を持った対象のみに絞られているのだ。
そういう人物だったな、と女は懐かしい感覚に浸りながら笑みを浮かべた。
女は話を続ける。
長く、奇妙な話が幕を開ける。
それは不可解で、奇怪で、残酷で、凄惨な物語であった。
――――
――それで?
ええ。学園自体はさっき言った通り、普通でしかなかったわ。
学科も多く広囲に渡り網羅されていて、講師陣も充分な人員数が確保され、その質も上等だった。そう、学びたい分野の専門的な教授は必ずいたの。だから、私は興味のある科目をたくさん取ることにしたの。学科のサポートも充実していたし、高度な教育を受けられる素晴らしい環境だったわ。
もちろん寮生活も楽しかったし、ルームメイトとも仲良くなれた。食事も美味しかったし、学園が始まって一ヶ月、私の学園生活は順風満帆だった。
そう、アレを目撃するまでは。
――アレ?
クラスで仲良くなった子がね、教授にレポートを提出する際に、新品の消しゴムを一緒に渡していたの。
その時の私は何となく、消しゴムを以前に借りたそのお返しに新品を買ったとか、そんな風に思っていたのだけど。
実際は違ったのよ。
別の機会にも、同様の光景を見たわ。教授に質問をした子が、講義の後に何かを渡しているのよ。
"何か"。それも、新品の消しゴムだった。
学園が始まって二ヶ月が経つ頃には、その様子を頻繁に目撃するようになっていたわ。
――何のために消しゴムを先生に渡すんだ?
当然、私も疑問に思ったから周りの子に聞いてみたわ。
そしてこの学園の特異な"伝統"を知ることになった。
所属したばかりのアーチェリークラブの先輩が教えてくれた話なんだけど。
少なからず、この学園に招待される学生は分野を問わず優秀である事が条件みたいなの。噂では、この学園は優秀な人間だけを集めて切磋琢磨させながら更に教育する事で、より優秀な人間を創り出す事を目的とした養成施設らしいわ。
とはいえ、とある環境で優秀であった人間であっても、優秀な人間のみの環境では平凡に成り下がる。優秀であり続ける人間もいれば当然、落ちぶれていく人間も出てくるわ。
そうならないように。せめて平凡でいられるように。
ミスをした学生はちょっとしたペナルティを負うのよ。
ミスと一口に言っても、それは多岐に渡るわ。テストでの赤点、遅刻、課題の再提出、義務の不履行、色々ね。
こうしたミスをしてしまった学生は、求められている"優秀"の枠組みから外れてしまうの。素晴らしい環境が無償で提供されるのは、対象が"優秀な生徒"であるから。
じゃあ、優秀でない者はどうなるか。この学園の"生徒"の定義から逸脱してしまった生徒、つまりミス一つ分、欠けてしまった生徒は何をすれば良いか。
ミスをした学生は、その分を埋める必要があるの。
生徒同士ではあまり気にしないんだけど、教授や、学園自体は"不出来な生徒"に対しては露骨に対応が悪くなるわ。
そこで不足分を補うため、教授と連絡を取る際なんかにはちょっとしたものを送るのよ。
古くからの伝統では、消しゴムね。それを添えて、相談したり、課題を受け取って貰ったりと、普通の生徒としての対応をお願いするの。
――待ってくれ、それは一々やるのか? 一日に一度くらいだとしても、年間を通したら馬鹿にならない出費じゃないか。
そうね。でも仕方ないの。ミスを犯した人間は、生徒という本来の立場から一段下がった所に位置付けられるわ。だから、+αがないと、生徒として扱ってもらえない。
……怖くなった? でもね、怖いのはここからよ。
――他にも何かあるのか?
大体の生徒は、"生徒"であり続けるのは難しいの。だって、一度でもミスをすれば"生徒"ではいられなくなってしまう。そして、それは二度と取り返せない。
――それじゃあ消しゴムだらけだな。
そうでもないのよ。
それは"一度"、ミスを犯した学生達がやる事だもの。
――え?
つまりね、ミスを重ねるほどそのペナルティは増えるのよ。それも、雪だるま式にね。
得てして、ミスをする人間というのはミスを重ねるものよ。そして、完璧な人間なんていない。気をつけて振舞っていても、時としてミスは起こりうるものだわ。
いい? 私たちの中で、"消しゴムを買う生徒"というのは新学期初めに多く見る光景ではあるのだけど、それが秋や冬であれば別の話。そんな生徒は、もうほとんどいない。それは、むしろ相対的には優秀であるという証明になるのよ。
――じゃあ、二度目の失敗をしたらどうなるんだ……?
「消しゴムなどのちょっとしたものを添える」というのは勿論、学園規則に明記されるようなものではないわ。でも、伝統であり暗黙の了解なの。
そして二度目以降に関しては、その伝統すら記録にないわ。あるのは、噂やリストと呼ばれるものだけ。
環境は変わるものよ。二度目以降は自分で考えて、自分で用意するの。
とは言っても、二度目三度目くらいまでなら、先輩方も快くアドバイスして下さるわ。でもね、四度目以降、回数が増えていくと、次第に明確な答えは無くなっていくの。
『酒』『チケット』『雑貨』『ブランド小物』『車』『家』『カラダ』
なんていう風に、ね。
ミスが増えれば、それだけペナルティは重くなる。金銭の直接的なやり取りは禁止されているから、少しずつ高価な「モノ」になっていくのよ。
――狂ってる。狂ってるだろ……何だよそれ。車や家だと?
比較的お金持ちが多く集まる所だったから。私のような半端者でもない限り、親に連絡すれば何だって送ってもらえる子は結構いるのよ。
――それに、体って……。
私はしなかったけど、体が一番多いかもね。何せお金もかからないし、時も場所も選ばないから。
それでもね。回数を重ねるほどに、ペナルティの意味合いが変わってくるの。立場を失っていく事で、埋め合わせのために気持ちを添える。でも、五度六度ともなれば、それはもはや気持ちを添えるという言葉では補えきれないの。もはや車だろうが体だろうが、大抵はもう受け取って貰えなくなる。
ねえ、あなたならどうする?
――どうって……。
先生方は、消しゴムなんて心からは求めていない。この学園にいる限りお金すらいくらでも手に入って、消耗品も腐るほどある。だから半端なモノも要らない。女にも困ってない。じゃあ、何をあげられる?
――分からねぇ。分からねえよ、どうすんだ?
要はね、半端な金額ではなくなるのよ。そうとなれば流石に、いくらお金持ちの子でも容易く用意する事は難しい。まして、お金持ちでない子はもはやモノでペナルティを払う事は難しい。
そうなるとね、
――モノでないもの?
そう。
例えば『声帯』、『内臓』、『誓約』。
――なっ!!
ペナルティも具体的な数値となるわ。ここまで来ると、消しゴムを添えてる頃とは異なり、罰そのものね。「あなたは八度目のミスを犯しました。点数は二十点です」学園の管理局からそう言われるの。
そして、誰かしらが持ってるリストがあるの。そのリストは色々ある。そのリストはどこにでもある。
リストはね、通称"PP"と呼ばれていて、内容はペナルティ消化の項目が羅列された悪趣味なモノなの。
私が最初に見たリストの内容はこうだったわ。
失 歯 (二十)
起 歯 (四十)
起 茎 (六十)
血印 (七十)
十六指 (七十)
讃歌 (■■)
――『歯』って文字から想像は付くな。となると『茎』は歯茎か。『失』はそれらを失うって意味だとしたら、『起』ってのはなんだ?
惜しい。だいたい合っているけど、決定的に一点が違う。
『歯』や『茎』はその通りよ。ただ、『失』はそれらを失うって意味じゃないわ。
失うのは"気"よ。
――気を、失う……?!
分かるかしら? 『起』っていうのは、麻酔などの処置をせずにそのまま抜歯、あるいは歯茎ごと削るって事。
――なっ……!
もちろん、見物客たちの前で、ね。
彼らに与えるのは、そういうモノなのよ。それが新しい"ペナルティ"の形。
提供するのは、金銭的な価値のある物ではなく、形のない"刺激"。それも、とびきり新鮮なもの。
――じゃあ、この『血印』や『十六指』ってのは何だ?
サインね。白い紙を渡され、紙面下部にある欄に親指の血印と、サインを書くだけ。
不明瞭で、点数も高い。だからこそ、とても怖くて選ぶことはできなかったわ。
指については、きっと想像通りよ。人って指を二十本持っているじゃない? だから、どの四本を残すか決めなさいって。残りは勿論、全て失う事になる。その後の生活を考えたらとてもじゃないけど、選択なんてできるはずもないのに。
このリストは、ほんの一例よ。
歌うのが好きだったクラスの子はある日、首に包帯を巻いてきた。そして二度と、あの鈴のような声を聴くことはなかった。
ピアニストの卵は指を切った。貴族の娘は常に全裸で過ごした。運動部の子は熊と戦ってみせた。
どれも、いい見世物になるのでしょう。もちろん、本人たちは、それを覚悟の証としているのだけど。そうでなければ、きっと正気を保っていられないから。
――君は……何かを失ったのか?
過去に、一度のミスもなく卒業した先輩がいたらしいわ。その生徒は毎日、十九時間の勉強をした。そして今、学園長を務めている。
対して、本質的にだらしのない私は二年間で、通算十四回のミスをしたわ。でも今、身体のどこにも異常はないし、もちろん欠損もない。
――君の家はそれほど裕福だったとは聞いてないけど……。
ええ。金銭での解決は無理だった。実際、二回目まではモノを送って解決はできていたけど。
私は何も失いたくなかったし、サインもしたくなかった。今思えば異常な環境で、逃げ出せばよかったとも思うけど、きっと感覚が麻痺していたのね。その時の私は何かを選択しなければいけないと思い込んでいた。
そして私は選んだのよ。
最初のリスト、一番下の項目。『讃歌』を。
――讃歌、か。
嫌な想像もしたわ。
ありとあらゆる責め苦に喘ぐ事になるかもしれない。その断末魔を『讃歌』と称するのかも、とかね。
ずっと何かを歌わされ続けるのかも、とか。
とにかく、死をも超越する程の覚悟が必要だった。一週間は寝れなくて、髪も白んだわ。
……でもね、結局違ったの。
実際は、呼ばれたら広場へ行って、学園の讃歌を歌う。大きな声で、美しく。
――それは、恥ずかしいだろうけどあまり厳しくはないように聞こえるな。ポイントは低いんじゃないか?
何ポイントでも、消化できるわ。
その時に、私に課されたポイントは累計で六十。私は学園にいた二年間の全てのミスへの罰を、讃歌によって消化したわ。
――えっ? そんなの、皆それを選べばいいじゃないか! 声を失う必要も、身体を売る必要もない! よほど羞恥に耐える歌なのか?
普段、リストにはないそうよ。それに、希望しても通るとは限らない。
どのペナルティを選択できるかは、管理局による許可によって初めて認められるのよ。誰しもは、取りえないのよ。
――誰が何をするかは、ある意味管理局ってやつにコントロールされているのか。あぁ、胸糞悪いうえに気に要らねえな。……それで、賛美ってのは一体?
ええ。あの国にはね、処刑制度があるの。
重度の罪人はもちろん、学園においては点数が百を超えた場合、つまり何もペナルティを消化しなければ丁度二十のミスをした時ね、処罰の対象となるわ。
首吊りならまだいいのだけどね。見せしめの意味合いが強いせいか、直接首を切り落とすのよ。観衆の前でね。昔のフランスみたいに。
ただ、ギロチンなんてないわ。使用するは、なんの変哲もないただの鋸。血がこびりつき、錆び付いてて、刃こぼれしてるようなボロい工具。それを使って、人間一人の首を切り落とす。
……削り落とす、という表現のほうが近いかしらね。
その場所は、学園前の広場。
私が選んだ『讃歌』は別名があってね。『死を謳うカナリア』と呼ばれていたわ。
拘束した罪人を、丸太でも切るかのように鋸でギコギコとその首を切り落とす。
讃歌を、歌いながら。
死にゆく彼女らの悲痛な叫びに、そして観衆の歓声に、掻き消されてしまわないよう、喉が張り裂けてもなお。
彼女らが死ぬまで。歌い続けるの。
『カナリア』は元来、鉱山などで毒ガス探知のために鳥かごに入れられて炭鉱夫に同伴し、空気の異常などの判断材料として使われていたらしいわ。
転じて、警告する者、警鐘を鳴らす者という意味が付属する。
私の歌は、警告になる。こうならないよう、戒めろという意味を込めて。その手に、学友達の死を抱えて。
それが、私の選んだペナルティだった。
――人を……殺したのか。
ええ。何人も。何度も。
私は頭に醜悪な飾りを付け、広場で讃歌を歌い狂いながら、処刑を執行した。
意識も途切れ途切れで、いつ寝ていたのか、どうやって生きていたのかも正直あまり覚えていないわ。
頭がおかしくなりそうだった。いいえ、きっと壊れつつあったと思う。
そしてその日、私はまたしても呼ばれた。
規定では私の点数に合わせた六度の執行で、ペナルティは全て消化されると伝えられていたわ。
忘れもしない、最後の、六人目の日。
広場の壇上には、見慣れた髪の女の子が顔を腫らして倒れていたの。
私は彼女を認識した瞬間、頭が白くなった。
見間違えるはずもない。
変わり果てた、ルームメイトの姿を。
共に学園生活を過ごし、共にペナルティに悩みながら二年を過ごし、あと少しで卒業というところだった。間違いなく、この学園で得たかけがえのないもの親友だった。
三か月ほど姿を見ていなかったから心配していたというのに、こんなところで会うことになるなんて。
思わず足を止めてしまった私の横で、監視員が足を止めた。
呆然と立ち尽くしていた私は、ゆっくりと彼を見上げた。
震えが止まらず、吐きそうになるのを何とか堪えながら、せめてもの慈悲を乞うために。親友を、この手で。そんな事、絶対に出来ない。
彼は私の表情をじっくりと観察したのちに、ニヤリと悪趣味な笑みを浮かべた。
ああ、そういうことなのか。
私はこの時初めて理解した。
『讃歌』を知らない生徒の方が多いという理由。
それは通常、リストにないという。
死刑の対象者がいつだってたくさんいるとは限らない、そういう理由だと思っていた。
それだけではなかったのだ。
私は、選ばれた。
執行最後の日、苦楽を共にした一番の親友を殺すという役割を。
あのリストが、ちょうど苦悩していた私の元に回ってきたのも、計算されていたのだ。
観客はこの時を、涎を垂らして待っていたに違いない。
絶望する私を。
その後の事は、私は覚えていない。
ただ、私の讃歌はよく通る素敵な声で歌われていたと、高評価だったと、後になって聞かされた。
当たり前だ。
腕のない友人は、抵抗に難しかっただろう。
声のない友人は、静かであっただろう。
心ない私は、淡々と済ませたのだろう。
限界だった。
この時になって初めて、私は一滴の正気を取り戻した。親友の死を経て、ようやく失っていた大切な意識が目を覚ました。
そして私は、学園をやめようと決心した。
今まで払った対価など、知らない。
私はただ、卒業までの残り一か月が怖かった。たまらなく、たまらなく怖かった。
『ここまで来たのに!』
『彼女の分も生きて、卒業しなきゃ』
『もうペナルティは消化したのよ!』
そんな事をクラスの友人に言われたが、私にはもう、限界だった。
管理局へと赴いた私は、案内の女性に言われるがまま奥の部屋へと向かった。
簡素で何もない、無機質な部屋だった。派手で洒落た装飾の多い学園においてもこんな部屋があるのかと思った。
そして、どこか牢獄みたいだと思った。
白い紙を用意された。
ここに、あなたの親指の血印と、サインを書けば、ここから解放されます、と告げられた。
……なんだ。
『サイン』は、学園から解放されるものだったのか。
あのリストも意地が悪い、もっと臓器売買などの不条理で恐ろしい契約でもさせられるのかと思っていたが、追放されるというペナルティだったのか。
私にとっては、今やそれは心から欲した有難いものであるのは確かだ。
そうして私は白い紙に、言われるがまま親指を押し、サインを記した。
――
「……それで、こうして帰ってこれたってわけ?」
女はにこりと笑った。
「そりゃあ……大変だったな」
男は腕を組み何度か咀嚼するように唸っては数度頷く。そうしてしばらくした後、勢いよく顔を上げた。
「……にしても、面白い話だった! 結構ぞくぞくしたぜ、"映画"か? "小説"か?」
男は苦笑いを浮かべると、深くため息をついた。
体重を後ろにずらし、肩を回して身体をほぐす。凝り固まってしまった筋肉をほぐすように。
緊張感に満ちた部屋の空気が、男のセリフで一瞬にして抜けていった。
女は驚いた表情で男を見つめていたが、込み上げてきた笑いに堪えきれなかったのかフフッと噴き出すと楽しそうに肩を震わせた。
「でしょう? 私が見た"夢"の話なんだけどね」
その表情はとても柔らかく、心底可笑しそうに笑っていた。
女は残っていた酒を二人分のグラスに注ぐと、自分のを持ち上げ、前に突き出した。
「こわいな。そんな夢見たのかよ、疲れてんじゃないのか?」
男は可笑しそうに笑みを浮かべ、自分のグラスを手にする。
「でも創作じゃないわよ? 夢の中では本当にあったんだから」
「ここは地球、ここは日本。そんな変な国無いから! 死を謳うカナリアさんよ」
クックックと堪え切れず男は笑い出す。
「ちょっと、やめてよー」
グラスのコンと当たる音が響いた。
「ところでさ、実際この二年は何してたの?」
目元に滲んだ笑いの涙を指の背で払いながら、男は尋ねた。
「んー、内緒!」
「これだけ色々と聞かせておいて、肝心なところは内緒かよ!」
あきれた様子で男はグラスを一気に呷った。
「まぁでも、元気そうでよかったぜ」
ふぅと一息つき、放り出していた鞄を男は手繰り寄せる。
少しふらつく体に、飲みすぎたかなと男はぼやいた。
その様子を眺めていた女は、そういえば、とでも言うように口を開く。
「実はさっきの話、続きがあってね」
「はは、もういいってば」
男は肝心な話を隠されて不機嫌なのか、困り顔である。
単純に、物語にはもう興味を失ってしまったのかもしれない。
「名前のサインの下にね、もう一か所名前を書く欄があったの」
時刻はもう、九時近くを指している。
男は、内心、気分が、悪かった。
女の様子は一見、昔と変わらないようでいて、どこかぎこちなさというか、違和感を覚えるのだ。
加えて、聞かされる気味の悪い物語。
聞いているだけで嫌な気分になる話を、女は楽し気に語っている。
ようやく話終えた後も、何やら雰囲気がおかしい。どこかギラつくような目で、チラチラと俺を見てくるのだ。
何だか頭も重く、眩暈までしてくる。
嫌な予感がし、そろそろ切り上げてしまおうかと思った矢先。
女は話の続きがあるという。
もう、聞きたくなかった。
女の目つきが段々とおかしくなっているように感じる。彼女はこんな獰猛な目をしていただろうか?
口はあれほどまでに裂けていただろうか?
彼女は……人間は……眼球が真っ黒な膜に覆われてはいないはずだ。
「だからね、そこに書いたの。あなたの名前。この身体を移譲してくれた、あの子がきっと最期に思い浮かべた名前ね」
「お前、誰だ…?」
開いた口は、蟲のように左右に開き、カチカチと音を鳴らしていた。
耳障りな羽音がぶーんと聞こえてくる。
「ようこそ、×××学園へ」
クトゥルフっぽいっですか? ですよね。
以下蛇足です。気分が乗ったのでたまには。
ちょっとした解説と補足。
女は記憶を引き継いだ「何か」に乗っ取られています。乗っ取るためにはサインによる契約が必要です。
学園は、「何か」が効率よく優秀な人間を乗っ取るために作られました。学園を卒業する際にも、何だかんだで皆サインするハメになります。
女のようにもう一人の名前をサインした場合、「何か」は優秀な人間に近しい人間は優秀である可能性が高く、接触が容易であるという理由でその人物に接触します。そして会話などによって優秀か判断しますが、今回男が何かしら察している様子を確認し、優秀と判断したために対象に選ばれました。
最後に毒を盛って、連行して終わりです。男性用の学園も存在してます。今日の記憶は一旦消されるでしょう。
あぁ、それとこれは私の見た夢なんです。
続きですか? 感想を書く欄を用意しましてね、そこに名前を書いてもらうんです。
貴方も夢の世界へご招待しましょう。(※冗談です)




