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ビジネス街の週末。夜の帳が下りる頃、この界隈も賑やかになる。
仕事を終えたサラリーマンやOLが、一週間の疲れを癒さんと、ネオンの海に泳ぎ出す。
私、佐々木美凪はそんなネオン街の端にある「ディヤデム」というスナックでミイとう呼び名でアルバイトをしている。
店名ディヤデムと言うのは仏語のDiadene。英語ならTiaraと言えば分かるだろう。
「メリークリスマス。加賀見さん、今夜も来てくれたんですね。」
赤いÅラインのミニスカサンタ。私のコスプレに多少面喰った感じの彼は加賀見さん。毎週金曜日に来る常連のお客さま。
私は彼のキープしてぃるジャンフィユー トレ・ヴィユーのボトルを取り出して、グラスをふたつカウンターに置く。
「joyeux noel」
「じょわいゆーのあるって何ですか。」
聞きなれない言葉に戸惑う。
「ジョワイユーノエルよ。ね、加賀見さん。」
さすがに全身コスプレは出来ないが赤い三角帽を被った藍華ママが助け舟を出してくれる。
「フランス語でメリークリスマスの意味よ。ミイがその程度の仏語を覚えてくれたら嬉しいんだけど。」
私は少し脹れ顔で彼のグラスにジャンフィユー トレ・ヴィユーを注ぐ。
「メリークリスマス。ミイちゃん機嫌を直して。」
彼は私のグラスを指してジャンフィユー トレ・ヴィユーを勧める。
私はとりあえず喉を潤した。
「今夜もこんな所に来ていいんですか。彼女さんが待っているんじゃないんですか。」
{ミイ、お客さん怒らせたら罰金ね。}
ママがおどけながら私を制する。
「ごめんなさいね。いつもミイは加賀見さんだと甘えるんだから。」
そう言い残してママはクリスマスツリーを飾ったカウンターの奥に入って行った。
ますます紅潮する私。
―ほっぺた熱いよー
「ごめんなさい。折角来てくれたのに。」
両手で頬を包む様に冷やしながら私は照れ隠しに謝った。
「ミイちゃんこそ彼氏にいいの?聖夜だよ。」
加賀見さんの咥えた煙草に火を点ける。
「彼氏なんていないし。やっぱり聖夜ってカップルでいるべきものなの?」
「そうだね・・・。」
彼は深く煙草を吸いこんでゆっくり煙を吐く。
「ミイちゃんはクリスマスの由来は知ってる?」
「キリストが生まれた日じゃなかったの?」
「そう教えている教会もあるし、多くの人がそう思っている。けれどクリスマスはキリストの誕生を祝う日であって誕生日ではない。それに正しいキリストの誕生日は分かっていない。」
「違うの?」
「キリストの生誕地は今のイスラエル、ベツレヘムという名のエルサレムの隣町。新約聖書に「東方の三博士」と言われる三人が、ある夜に異常に輝く不思議な星を見てキリストの誕生を悟り星の下のベツレヘムに導かれたと書かれている。」
加賀見さんはカウンターの奥のクリスマスツリーを眺めて言う。
「あのツリーのてっぺんの星はベツレヘムの星と呼ばれ、その星を表している。」
彼は紫煙を燻らせて続ける。
「もともと十二月二十五日はローマで主流だったミトラ教の太陽神ミトラスの誕生日とされていた日。四世紀にローマ皇帝コンスタンチヌス一世がキリスト教の組織力に目を付け、為政のためにキリスト教に改宗して、十二月二十五日をキリストの誕生を祝う日クリスマスとして盛り上げた。」
「なんかそう考えるとムード半減。」
クリスマスってもっと神聖なものだと思っていた私はため息まじりに呟いた。
「でもクリスマスケーキは不二家が作ったっていう説は知ってる?」
「嘘でしょ。」
加賀見さんは少し悪戯そうに微笑んだ。
「あまりミイを虐めないでね本気にするから。」
ママがチョコクリームでデコレートしたスポンジのロールケーキを持って来て、さり気なく加賀見さんの隣の椅子に腰を下ろした。
―私の席―
「ブッシュ・ド・ノエルよ。常連さんへのクリスマスプレゼント。フランスでは一般的なクリスマスに食べるケーキね。」
ママがケーキを切り分け始めたので加賀見さんは煙草をもみ消した。
「クリスマスケーキってもっとイチゴとか生クリームとかでデコレートされていてサンタの飾りとかが着いているのが私のイメージにはあるんだけど。」
「それが不二家が作ったって所以だね。」
「どういうこと?」
私は空になった加賀見さんのグラスにジャンフィユー トレ・ヴィユーを注ぐ。
「不二家は日本で戦前からクリスマスケーキを販売していた先駆者なんだ。日本ではまだお祝いにケーキは一般的でなかった。そこでケーキにイチゴと生クリームを使って縁起のいい紅白にした。クリスマスのイメージカラーとも相まった事からクリスマスケーキとして販売したのが、今じゃ当たり前になっているんだから、ミイちゃんの言う派手なクリスマスケーキは日本発祥、不二家が作ったと言っても過言じゃない。」
「ブッシュ・ド・ノエルは直訳すると『ノエルの槇』かつてフランスではクリスマスの頃に団炉の前に家族で揃い薪を燃やしてキリストの生誕をお祝いするという習慣が有ったの。それがブッシュ・ド・ノエルの由来という。クリスマスは家族や大切な人過ごすっていうのもそれが由来なんでしょうね。」。」
ママがフォークでケーを一口大に切ってフォークに突き刺す。
「はい、加賀見さん、あーん。」
加賀見さんは一瞬固まって、戸惑う視線を私に向ける。
「ママ酔ってるの?」
思わず私はカウンターから出ようとすると、ママはケーキを刺したフォークを私に渡した。
「選手交代ね。」
そんなに酔ってもいない私は頬を染めて加賀見さんケーキを食べさせた。
「ミイちゃんが最初に言った質問だけど・・・聖夜ってカップルでいるべきものなのかって質問だけど、ママが言ったようにクリスマスイブは大切な人と過ごすものなら、カップルで過ごすのも理に適ってると思うよ。」
そういう加賀見さんを見ると何かしている。
「・・・何をしてるの?」
加賀見さんはグラスを揺らしている。
「クリスマスツリーのイルミネーションがグラスに反射してきれいだなって。」
「意外ですね、加賀見さんがそんなこと言うのは。」
「都会は明る過ぎて星が見えないけど、ベツレヘムの星になら願いを掛けるのもいいかも。ベツレヘムの星は別名希望の星とも呼ばれているし。コンスタンチヌスや不二家もこうして願いを叶えたのかもしれない。」
「そう考えると前言撤回。ロマンチックな話だね。」
加賀見さんはグラスを私の方に傾けた。
「ミイちゃんも星に願いを掛けてみたら叶うかもしれないよ。」
私の願い・・・多分今叶っている。こうして大切な人と聖夜を過ごしてるんだから。
「じゃあ。」
―来年も加賀見さんと過ごせますようにー
「何お願いしたの?」
「・・内緒。女の子にそういう事聞くことじゃないよ。」
私はグラスに残ったジャンフィユー トレ・ヴィユーを一気に流し込んだ。