第19話 反撃の狼煙、途絶える希望。
皆さんお久しぶりです!すっごくお待たせしました第19話です!
この小説を読む時は部屋を明るくして、現実から離れてみてください。
セマスファの森へ侵攻を開始してから6日の月日が経った。米空軍によるナパーム爆弾やMark77爆弾を使った空爆によりエルフ達の住んでいた所の森は全て焼き払われ、運良く空爆を免れた所も空爆後にやって来たヘリボーン部隊とまたその後にやって来た陸軍主力部隊により、制圧されて行った。住む場所を失ったエルフ達は北に直線距離で110キロ行った所にある沿岸部の森ルメルデンに向かっていた。そこから船に乗り、隣国に逃げる為だった。
本来の目的であるセマスファの森の制圧は殆ど達成していたが、他国へ自分達の存在を余り知られたくない日米は逃げようとするエルフ達の殲滅作戦を決行することにした。
日米総合作戦司令本部では自衛隊総司令如月とアメリカ軍総司令長谷川がブリーフィングルームに集まっていた。
「ルメルデンに侵攻したアメリカ陸軍の第1波は森に入る前にエルフ軍によって足止めを食らっている。海兵隊もだ。A-10とかCOIN機とかを使った近接航空支援をしているが効果は今ひとつだ」
アメリカ陸軍はAPCやIFVを主力にした機械化歩兵部隊がルメルデンに侵攻したが、エルフ達はIFVの真下に魔法で巨大な穴を開けて落とし、行動不能にさせたり巨大な岩や土砂を上から降らせたりして攻撃して来た。この攻撃により歩兵は愚か主力のIFV、APCも少なくない数がやられた。
アメリカ海兵隊もルメルデンに上陸し、陸軍と海兵隊で挟撃しようとしていたがエルフ軍の物量を前に苦戦している状況だった。
長谷川の話を聞いた如月は申し訳なさそうに言った。
「俺の所も増援をよこしたいんだが・・・何せ数が少なくてね。これ以上損害が増えると後に響く」
「ですよね〜。やっぱこっちでどうにかするしかないか〜。ま、その為のこの部隊なんだけどね。ヘレン、空挺部隊の状況は?」
長谷川の秘書であるヘレン・ブラウン大佐は手に持っていたタブレットを見ながら報告した。
「既にロシア空挺軍と合流し、間も無く作戦地域に到着します」
「よしよし・・・奴ら度肝を抜くぞぉ〜!」
時間は遡り昨日の夜。セマスファからルメルデンの森に逃げて来たエルフ達は元からルメルデンに住んでいたエルフ達の村に逃げ込んでいた。しかし逃げて来た数が数なので全員を家に入れることは不可能であり、仮設のテントを作り設置したがそれでも足りず、入り切らない難民エルフ達が道や村の周りにに溢れかえっている状況だった。当初はルメルデンから船に乗り海を越えた先にある国に逃げる予定だったがルメルデンにある船は漁船が十数隻あるだけで、海を長距離移動できる大型の船は片手で数えられる位しか無かった。エルフ達全員を運ぶにはかなりの時間を要する。セマスファから敵が迫って来ている今の状況で全員を逃すのは不可能なので代表者を決めてその代表者達を国に行かせ、自分達の状況を説明してルメルデンに軍隊を向かわせると言うのを考えた。代表者は投票で決められ、3隻の中型帆船に15人の代表者を乗せて船はルメルデンを後にした。これが半日前のこと。ルメルデンに残されたエルフ達はいくつかの村に集まり、身を寄せ合っていた。
仮設テントが道の端から端までズラリと設置され、そのテントとテントの間や建物と建物の間などに入り切らなかったエルフ達が地面に布を敷いてその上に座ったり寝そべったりしている。今が暖かい季節で良かった。もし冬だったらみんな凍えていただろうな。とシャレイは思った。シャレイはテントとテントの間、エルフとエルフの間を慎重に進んで行く。
「レイー!」
突然自分のあだ名を呼ばれたシャレイは声のした方を向いた。テントとテントの間の無いに等しい隙間を無理矢理こじ開けてシャレイの幼馴染である青年ゲイナがシャレイの元へやって来た。
「急いでいるみたいだけど何かあったのか?」
「緊急会議があるそうだから今向かってるところ」
緊急会議と聞いてゲイナは顔を険しくして周りの人に聞こえないくらいの声で聞いた。
「何かあったのか?」
「分からない・・でも、ただ事じゃ無さそうだった」
「1人で大丈夫か?俺も付いて行こうか?」
「ありがとう。でも大丈夫」
シャレイはセマスファの森にあった村の村長の娘だったが、奴らが攻めて来た時に父は爆発に巻き込まれて死んでしまい今は父の娘である彼女シャレイが村長と言うことになっていた。
暫く歩いていると木造の二階建ての立派な建物が見えて来た。
「じゃぁ俺は外で待ってるから」
「うん」
シャレイはゲイナと別れるとその建物のドアを開け、中に入った。廊下を進み、階段を登ってまた廊下を進む。廊下の先には大きなドアがあり、そのドアの前に来ると2回ノックをして、「失礼します」と言ってから室内に入る。室内はとても広く、天井に吊るされた魔法鉱石によってほんのり明るく照らされていた。
既に各村の村長達が大きな丸いテーブルを囲むように座っており、シャレイは空いていた席に静かに座った。シャレイの着席を確認した族長は話し始めた。
「全員揃ったようじゃな。ではコヤム、説明しなさい」
族長の右横に座っていた男が席を立ち、何やら真っ白な小さな紙を手に持って話し始めた。
「先程、草原の方を監視していた者達が奴らと接触し、手紙を受け取りました。これがその手紙です」
と言ってコヤムは手に持っていた紙を皆に見えるように掲げた。手紙はご丁寧にもエルフ語で書かれてあった。
奴らと接触したと聞いた時点でシャレイを含む村長達が騒めいたが、手紙を受け取ったと聞いて更に騒めいた。皆食い入るように手紙を見る。
「手紙にはこう書かれてありました。『神聖なるエルフの民に告ぐ。これは最後通牒である。明日の明け方までに全員無条件降伏しなければ、我々は今ある武力全てを持って貴君らを殲滅する。降伏すれば命は奪わない。新しい移住地も用意している。貴君らが賢明な判断をしてくれることを切に願う』・・以上です」
村長の1人が族長の方を見て言った。
「族長、この手紙は罠です。奴らに降伏しても殺されるか奴隷にされるかのどちらかです」
しかし別の村長が俯きながら反論した。
「しかし、奴らはかなり強い。今の我々だけで抗えるとは思えない。既に私達は多くの同胞達を殺されている。殺されてしまうよりは奴隷にされた方が良いのではないか?それに、殺されたり、奴隷にされたりしないかもしれないじゃないか」
その話を聞いた別の村長が机をバンッ!と叩き反論。
「お前は馬鹿か⁉︎誰のせいでこうなっているんだ!誰が同胞達を殺したんだ!奴らだろう!そんな奴らが我々を生かすなんてことする訳無いだろうが‼︎」
俯いていた村長は顔を上げ、声を荒げた。
「だからあの時奴らの要求を受け入れとけば良かったんだ!そうすればこんな事にはならなかった!」
「森を切り開くなんて聞いて はい良いですよ と言う訳ないだろうが!」
「その結果どうなった!森の大部分は焼かれ、大勢の同胞達が殺された!こんな事になるくらいなら森の一部部を切り開かれる方が遥かにマシだった」
「あの時貴様も森を切り開くのに反対していただろうが!」
「お前が絶対勝てると言ったからお前の言葉を信じて反対に票を入れたんだ!」
「何な化け物じみた力を持っているとは思ってなかった!」
ギャーギャーと村長達が言い合いを始め、取っ組み合いまで始まり、シャレイは頭を抱えた。今は仲間同士で争っている暇なんて無いのに!
「皆の者静まれ!」
その争いを族長は一喝で沈めた。取っ組み合いをしていた若い村長2名は大人しく席に座り、言い争いを始めていた他の村長達も大人しくなった。
「今は言い争っている時ではなかろう!喧嘩をさせる為に諸君らを集まらせた訳では無いぞ!今後の方針を考えるために集まらせたのじゃ!」
皆考え込み、部屋が一気に静まり返る。そんな中1人席を立つ者がいた。シャレイだ。
「私は・・・奴らには降伏せずに戦うべきだと思います。恐らく今頃、隣国に向かった代表者達が到着している頃だと思います。遅くても明日の昼には隣国の軍隊がやって来て我々を助けてくれる筈です」
先程言い争いをした降伏派の村長がシャレイに言った。
「だがそれまでの間どうやって奴らの攻撃を凌ぐつもりだ?」
「セマスファの時と同じ様に森の中で複数の少数部隊が動き、奇襲し、各個撃破するんです」
セマスファの森でエルフ達が森の中に入って来たアメリカ軍や陸自相手に使ったゲリラ戦法。人間より身体能力の高いエルフは木から木へと飛び移ったりして高速で移動でき、森のことを自分の裏庭のように知っているのですぐ様敵の後ろを取ったり 待ち伏せしたり出来ていた。
ここルメルデンの森はセマスファと違い住み慣れた森では無いので、土地勘が無いがそれでも森のことを全く知らない奴らよりは有利に動ける。そうシャレイは考えていた。
「だがあの鉄の竜はどうするんだ?奴の攻撃はかなりの脅威だ。村一つを1匹で壊滅させることができるやつなんだからな。それにそいつにまた村を狙われたらどうするんだ、壊滅は間逃れないぞ」
「部隊の方は少数に分け、そして広範囲に分散させれば大丈夫だと思います。村の人達は・・・」
シャレイがどうしようかと悩んでいると突然族長が言った。
「チリニク山に避難させればどうかの?確か彼処には巨大な洞窟があったじゃろ」
そう族長が言うと族長の左横に座っていたルメルデンの森に住んでいるエルフの族長が納得したような顔をした。
「確かに洞窟内なら空からの攻撃は不可能。皆を避難させるにはうってつけですな」
「しかしこの数の者達をその洞窟に入れることはできるんですか?」
「この洞窟は昔鉱石を取るために掘った穴でかなり奥深くまで続いている。移住性はそこまで良く無いだろうが一時的な非難には使える筈だ」
「昼まで奴らの攻撃を耐え凌ぎ、隣国から応援の軍隊が来てくれれば私達の勝ち。軍隊が来る前に防衛線を突破されて殲滅されたら私達の負けです」
「しかしな・・・」
「じゃぁ大人しく奴らに降伏しろって言うんですか?確かに奴らは強いです。奴らの持っている武器は一撃一撃が必殺の威力を持ち、更にその攻撃を連続で出すことができる。空には村一つを火の海にすることができる鉄の竜が飛んでいる。でもだからって諦めるんですか?奴らに屈服するしか無いんですか?」
シャレイはあの時のことを思い出していた。爆発で崩れた家の下敷きになっていた6才の妹を助けようとして、結局助けることは出きず生きたまま焼かれ「助けてお姉ちゃん」と泣き叫びながら焼け爛れたか細い右手をこちらの方に懸命に伸ばしてくる姿。その光景は彼女の脳裏に鮮明に焼き付いた。
父の方は近くで大爆発が起きて死んだ。体は粉々に吹き飛び、父のいた所には大きな穴が開いているだけで、父は跡形も無くなっていた。父の方は幸運だったかも知れない。痛みを感じる暇もなく粉微塵になったのだから。
妹は下半身の方からじわじわと焼かれて行った。堪え難い激痛に襲われながらすぐには死ねない生き地獄。炎で全身が包まれて見えなくなってもなお、妹の叫び声は聞こえていた。こんなことをしたアイツらは絶対に許さない!復讐してやるッ‼︎妹と同じ痛みを味あわせてやる!
「いいや違いますね。ここルメルデンも、今は無きセマスファも。普く全て我ら森の精霊エルフの聖地ッ!森を焼き私達の仲間を殺した奴らには死という対価を持ってその罪を払って貰おうじゃないですか!」
いつも笑顔を絶やさず、お人好しで、優しく、村の人気者だったシャレイからそんな好戦的な言葉が出てくるのは予想外だった。
「嬢ちゃんの言う通りだ!やられっぱなしじゃぁ気が収まらねぇ!」
「奴らを壊滅させることは出来ないかもしれないが、時間稼ぎだけなら今の俺たちでも出来る!」
「奴らの言いなりなんかになるものか!」
と、好戦的な村長達がシャレイの話を聞いて盛り上がる。その後はあっという間だった。最初は戦う事に反対していた村長達も言いくるめられたり説得されたりして最終的には満場一致で奴らに徹底抗戦することに決まった。
それからは各村長達がこのことを各村にいる難民達に説明し、難民達は必要最低限の貴重品と食料などを持ってチリニク山にある洞窟に向かった。非戦闘員全員の避難が完了するのは翌日の朝までかかるかもしれないと思われていたが、皆迅速に対応し、行動してくれているお陰で予定より早く避難は終わりそうだ。
時間はこれよりまた少し遡り、昼過ぎのルメルデン沖。ルメルデンの森から出航した船は風の力を借り帆を目一杯張って進んでいた。
甲板から海を眺めているとあの森での惨劇が嘘のように思える。と代表者達の護衛役として船に乗ったタランは思った。生まれた初めて海を見て、船に乗ったが中々悪くないものだ。慣れない船に酔ってしまうエルフ達が大勢いたがどうやら自分は大丈夫なようだな。それにしてもこの船、いくらなんでもボロ過ぎないか?
共食い整備でゆっくりとだが着実に数を減らしていったこの帆船は今動かせる状態にあるものはたたったの3隻。その3隻全部を今回使っているわけだが、全長15メートル程のこのオンボロ帆船は隣国までの道のりを共にする相棒としては少し頼りない感じがする。実際、船団から1番遅れている船は喫水線付近に亀裂が生じ、そこから浸水していると言う悲惨な状況だ。
「流石に奴らもここまでは来れねぇのかね」
そう言ってタランの横に来たのはタランの良き親友ハレーだ。弓矢と剣を両方使い遠近どこでも戦えるタランと違い、ハレーは今も背中に背負っている大剣をその自慢の筋肉の筋力任せに振り回す近距離戦に特化した奴だ。その実力も確かなもので、奴らが攻めてきた時も敵を4人まとめて薙ぎ倒したりして大暴れした。
「さぁな。だがあの村を焼いた鉄の竜ならこの船だったイチコロだろうな」
タランは海を見ながら答えた。
「お前の弓矢で墜とせねぇのか?」
「バカ言え。効くわけねぇだろ」
「やってみなくちゃ分んねぇだろ」
「とっくの昔に試したよ」
「どうだった?」
タランはハレーの方を見てから言った。
「弾かれた」
「ハッ、本当にドラゴンみてぇだな」
「ドラゴンより厄介だ。早いし、硬いし、ブレスより強力な火炎攻撃を広範囲にする」
口から火炎を出すドラゴンは何種類かいるが、今回襲って来た鉄の竜は違った。普通、ドラゴンはブレスを口から出すため火炎は前方の限られた方にしか放射されないのだが、鉄の竜は細長い物体を落とし、それが地面に当たった瞬間ブレス並みの高温の炎が辺りに広がると言うかなり特殊な攻撃方法だ。しかも飛行速度もとても速く、恐らくどのドラゴンよりも速い。弓矢で撃ち墜とそうにも速すぎて当たらず、奇跡的に当たっても矢が弾かれてしまう。魔法攻撃も効かなかったなどと言う噂話まである。奴に対抗できる手段はあるのかどうか・・・。
「普通の弓矢で効かないとなると・・・バリスタだったら堕とせるかな?」
「当たれば堕とせずとも致命傷を与えることはできそうだが、あれは動かすのに時間がかかるからなぁ。あいつの速度にはついていけないからそもそも当たらないだろうさ」
「本当に打つ手なしかよ〜」
「上位魔術師でもいればもしかしたら堕とせるかもな」
「そんな奴そこら辺にはいないぞまったく」
ハレーと会話をしながらふと視線を海面から水平線の方に向けたタランは水平線上に何かを見つけた。
「ん?なんだあれ?」
「どうした?」
「あそこ、何かある」
「ん〜?」
タランが指差した方、水平線上に灰色の船のような物が見えた。が、輪郭がハッキリせず小島のように見える。
「小島じゃねぇのか?」
「・・一応船長に報告しよう」
タランは船尾にある階段を上り、船尾楼の上にいた船長にそのことを話した。ボサボサの銀髪の髪が特徴の船長は折り畳み式の単眼鏡を伸ばしてそれを見た。
「ここらに島なんて一つもない」
「それってつまり・・」
船長は単眼鏡を折畳み、懐に仕舞いながら言った。
「あれは船だ。それもかなり大型の」
「もしかして、キシュク王国海軍の船?」
ハレーはその大型船が今から行こうとしている国の軍の船かと思ったが船長は首を横に振った。
「いいや、あれほどの大きさの船をキシュク王国は持っていない。と言うかあんな大きさの船を持ってる国なんてそういないぞ」
「ルン帝国とか?」
「ルン帝国だってあれ程のはもってねぇ」
「じゃぁどこの船だよ」
ハレーが腕を組んで考えあぐねていると、タランが険しい表情をしながら言った。
「そんなの決まってるだろ・・・奴らの船だよ」
ロシア海軍所属ののウダロイ級駆逐艦「アドミラル・ヴィノグラドフ」は、敵船の発見を認め戦闘態勢に入っていた。
「目標、方位270。速力5ノットで航行中」
「最短目標まで11キロ、主砲有効射程圏内です!」
「目標双眼鏡で視認!小型の帆船のようです」
「第1、第2主砲 榴弾装填完了!いつでも撃てます」
次々と上がる報告を聞いていたパヴロフ艦長は自身も首にかけていた双眼鏡で目標のいる方向を見た。まだ距離があるので持っている双眼鏡ではよく見えないが、レーダーや超高倍率の双眼鏡では既に目標の船を見つけていた。
「目標に近づくぞ!第2戦速、取舵一杯。進路2-7-0」
「了解、取舵一杯!進路2-7-0!」
アドミラル・ヴィノグラドフは速度を上げ始め、更に左に勢い良く旋回し艦首を目標の帆船に向けた。
「一度奴らに警告射撃を行なった後、無視した場合は撃沈させる。大人しく従う場合はルメルデンまで送り返す」
「ソマリアを思い出しますね」
艦長の隣に立っていた副長が言った。このアドミラル・ヴィノグラドフは過去にソマリアで海賊と交戦したことがあった。海賊と言っても皆が想像するような海賊旗を掲げた帆船に乗る奴らでは無く、エンジンの付いた小型ボーナトに乗ってAK-47やRPG-7などで武装した奴らだ。
「まぁあの時とは違って相手は帆船だがな。それに、今回はお前さんがやりたがっていた砲撃ができる。良かったな」
と、艦長が言うと副長はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「えぇ楽しみで仕方ありませんよ」
謎の巨船はこちらに船首を向けて、その巨体に似合わない速度でこちらを追いかけて来ていた。こちらも相手に背中を向けて全速力で逃げていたが相手との距離は縮まる一方だった。
「船長!もっと速度は上がらないのか⁉︎」
「これ以上は無理だ!と言うか あいつはどうやって動いてるんだ⁉︎」
相手との距離が縮まるに連れその船の姿がハッキリと見えるようになり、同時に奴の異様さが分かってきた。まず最初に気づいたことは奴は帆を張っていないのにもかかわらず、恐ろしい速い速度でこちらを追って来ると言うこと。そして全体が全て灰色だと言うこと。灰色なんて悪趣味な色の船は船長も初めて見た色だった。
「くそっ!もうすぐそこまで来てるぞ!」
「船長!この船には大砲は無いのか⁉︎」
「あるわけ無いだろ!」
「っ!撃って来た!」
敵船を見ていたタランは艦首付近で発砲炎らしきものを確認し叫んだ。それとほぼ同時に先頭を航行していた仲間の船の右側に水柱が立った。着弾の衝撃で船は左右に揺さぶられている。砲弾の着弾地点を見た船長は青ざめた。
「あの距離から初弾で至近弾だと⁉︎」
この世界の船に搭載する大砲と言えば前装式の旧式大砲で、球体の砲弾を撃ち出すだけなので砲の口径こそ現代艦より大きいものの射程や貫通力、命中率などは天と地程の違いがある。敵の攻撃に船上は混乱状態になりかけたが、船長の一喝で収まった。
「落ち着け!次の弾を撃つまで時間がかかるし大砲は命中率が良くない!それにこちらの方が小型で小回りが利く!機動力を生かして逃げるぞ!」
船長の声を聞き、船員達が慌ただしく動き出した。
「要らない荷物を海に捨てろ!少しでも軽くするんだ!」
「そっちのロープもっと張れ!」
次の瞬間、また敵船から発砲炎が見え砲弾が先程と同じ先頭を航行する船の右側に着弾し水柱を上げた。その光景を見ていたタランは気づいた。もしかして奴は砲の精度が悪くて砲弾を外しているのでは無く、わざと外しているのでは無いか?もしそうならこれは恐らく警告、または威嚇射撃。それを無視して我々は航行を続けているから次の砲撃は確実に船体を狙って来る!
「船長!あれは外れているんじゃない!”外している”んだ!」
「何だと?どう言うことだ?」
「同じ船の右側に砲弾が2発当たるなんておかしいだろ!これは警告射撃なんだよ!」
タランの言わんとしていることを理解した船長はすぐさま操舵手に指示を出した。
「っ!舵を左に!急げ!」
操舵手が慌てて舵を回し、船が勢い良く左に旋回し始める。
「撃ってきたぞ!」
「馬鹿なっ!もう次弾を装填し終えたのか⁉︎」
後方の敵船を見ていた船員が叫び、それに反応して後ろを振り向いたタランは1番後ろを航行していた船の船尾に敵の砲弾が当たるのを見た。同時にドガォン!と言う爆発音が聞こえてく来る。
「3番船が撃たれたぞ!」
「船尾から黒煙が上がってる!」
「あれりぁダメだ。沈むぞ」
1番敵船と距離が近かった3番船が敵船からの砲撃を食らった。敵に背を向けて逃げていたので敵の砲弾は船尾に命中。アドミラル・ヴィノグラドフに搭載されているAK-100 100mm単装速射砲はこの帆船を沈めるには充分な威力を持っていた。船尾に着弾した砲弾は着弾と同時に爆発。船尾は爆発により完全に消し飛び、後ろに開いた大穴から一気に浸水。船は船首を上げながら沈み始めた。次々と沈み行く船からエルフ達が飛び降りて行く。
「もうダメだ!逃げられっこない‼︎」
「おい待て!どこに行く!」
「こんなオンボロ船であいつから逃げれる訳無いだろ!」
「待て逃げるな!」
次に奴との距離が近いのはタラン達の乗る船であり、次に狙われるのは自分達だと分かった船員達は我先にと船から逃げようとする。が、それよりも早く敵弾が飛んで来た。左に旋回中だった船は左側面上部に砲弾を食らい、沢山のエルフ達がいた上部甲板の左側が爆発と同時に吹き飛んだ。木材に混じってエルフ達の四肢が宙を舞う。船体の上部に被弾したお陰で浸水被害は全く無かったが、船上は地獄絵図となっていた。
砲撃で吹き飛ばされたエルフ達の肉片がそこら中に散らばり、飛び散った木材の破片が身体中に突き刺さった者や腹から臓器をぶちまけながらもがいている者もいる。治癒魔法を使える者達が懸命に傷を治癒させようとするが、怪我が酷く治癒できない者が殆どだった。タランとハレーは船尾楼の上に居たため怪我も何も無かった。が、被弾時に船が大きく揺さぶられた時に転び頭を打っていた。痛む頭を抑えながら素早く立ち上がったタランは目の前に広がる地獄絵図と船の被害状況を見て逃走は不可能だと思った。
「この船はもうダメだ、逃げろ!海に飛び込め!」
船長も同じ考えだったようでタランが船長に言うよりも早く指示を出した。
「でも看板には多数の負傷者が!」
「あの傷じゃぁ助からん!」
「しかし!」
沈む気配が無かったからだろうか、敵船から2発目が飛んで来た。砲弾は船の左舷の喫水線に直撃し先程と同じように爆発。喫水線に修復不可能なレベルの大穴が開き、一気に大量の海水が船内に流れ込む。船は左側にどんどん傾斜し、立っていられない程にまで傾く。
「のわっ!」
「くそッ!」
更に船の傾斜は酷くなりタランは甲板を滑り台のように滑り落ち、ハレーはごろごろと転がり落ちて行く。他の者も同じように滑り落ちて行くのもあれば、マストや手すりなど落ちまいと必死にしがみ付いている者もいる。傾斜はどんどん酷くなり最終的に船は転覆してしまった。被弾してから転覆するまでにかかった時間はたったの十数秒だった。
余りにも転覆する速度が早かったために転覆する船に巻き込まれる者が続出した。更に森に住んでいたエルフ達は泳げる者が殆ど居らず海に落ちた者達はそのまま海中へと姿を消した。樽や木片などにしがみ付いた者達は溺れることはなく、命拾いをした。
「ハレー大丈夫か⁉︎」
「あぁ!」
「溺れている連中を助けるぞ!」
タランやハレーは泳ぐことができたので、溺れているエルフ達を助けて回った。船員達の中にも泳げる者がいたので全員で溺れている者達の救助をする。木材などの浮くきやすい物にしがみ付いていたエルフ達は転覆した船の船底によじ登って行く。タランが溺れていたエルフ2人を助けているとドゴォン!と言う爆発音が聞こえていた。音のした方を見ると最後の一隻が敵船の砲撃を食らっているところだった。更にもう2、3発連続で砲撃され船の後ろ半分が吹き飛んび沈み始めた。
「くそッ!」
タランは海面を思い切り叩いた。これで隣国の方には行けなくなった。しかしまだ希望はある。この海域はキシュク王国に向かう商船などが多く通る所。もしかしたら誰かがここの近くを通り助けてくれるかもしれない。まずは奴がいなくなるまで息を潜めていなければ・・・。
「第1、2、3目標全て撃沈!」
専用の対水上火力を持たないことが弱点として指摘されていたウダロイ級駆逐艦だったが、全長20メートル弱の帆船を相手には艦首に2問あるAK-100 100mm単装速射砲だけで充分だった。
「ふぅ。呆気なかったな」
双眼鏡で前方の沈み行く船の姿を見た副長は船の周辺の海面に多数のエルフ達が浮かんでいるのを確認した。双眼鏡を下ろし、後ろに振り返った副長はペヴロイ艦長の方を見た。
「まだ海面には多数の生存者が浮遊していまが、どうします?」
「奴らが他の船に拾われたりしたら元も子もない。ソマリアの時と同じだ。容赦をするな」
「Да(ダー)」
副長は無線機を手に取ると艦内全てに流した。
「これより掃討戦を開始する。手空きの者は武装した後甲板に集合せよ!」
「機関前進微速、帆船の左側に行け。目標に近づいたら最微まで速度を落とせ」
「了解、機関前進微速」
沈没船との距離が縮むに連れ艦の速度は徐々に遅くなった。アドミラル・ヴィノグラドフは1番始めに砲撃を受け沈んだ帆船の左側をゆっくりと通り過ぎて行く。アドミラル・ヴィノグラドフの甲板の右側にはAK-74やKord重機関銃などで武装した隊員達が複数人待機していた。
「構え!」
副長の号令と共に複数の銃口が海に浮かんでいるエルフ達に向けられる。
「各個に撃て!」
ババババッ!ダダダダダダダダ!っとマズルフラッシュが瞬き逃げることも避けることも出来ないエルフ達は次々と撃たれる。突然の銃撃にエルフ達は驚き、必死に泳いで逃げようとするエルフも居たが逃げれるわけもなく背中を5.45ミリ弾や12.7ミリ弾が貫き、海を赤く染める。エルフ達の悲鳴や泣き声、断末魔、そして銃声が響き渡る。銃撃は艦が完全に通り過ぎて行くまで続いた。
同じように2隻目にも近づき、銃撃を開始。2隻目の船は転覆した状態のままかろうじて浮かんでおり、その船底に複数のエルフ達がいたので転覆した船にRPG-7や艦に装備されているAK-630(30ミリCIWS)で攻撃。RPG-7から発射された成形炸薬弾頭は船底を穿ち、AK-630から毎分5000発もの早さで撃ち出された30ミリHE-FRAG(破片効果榴弾)は船底にいたエルフ達を肉片、或いは血飛沫に変えた。海に木材などに掴まって浮かんでいたエルフ達にもAK-74とKord重機関銃で射殺。エルフからの反撃は殆どなく最早戦闘ではなく虐殺に近いことになっていた。
最後の一隻にも同じように攻撃を加え、殺戮の限りを尽くしたアドミラル・ヴィノグラドフは悠然とその場を後にした。が、艦長は執念深かった。
「念の為だ、RUB-6000を一目標につき8発ずつ撃て。弾種は90R1、信管は0にしておけ」
「Да!」
アドミラル・ヴィノグラドフの艦中央部左右に装備しているRUB-6000(対潜ロケット12連装発射機)が動き出し、後方の沈没船に照準が合わせられる。
「Огонь(アゴーニ)!」
艦長が命令するとRUB-6000からシュバババババババッ!と対潜ロケット弾が8発連続で発射された。
タランは腹に5.45ミリ弾を1発食らっていたが致命傷にはなっていなかった。そのまま帰って行くと思っていたが奴らはこちらに接近して漂流していた仲間を次々と見えない矢で撃ち殺して行った。ハレーは溺れていたエルフを助けようとしていた時に背中を撃たれ、死んでしまった。タランは急いで潜って船の残骸の下に隠れていたので何とか生き残ったが、他の者は殆ど殺されていた。転覆していた船の船底にいたエルフ達は1人残らず殺されており、船自体も高威力の魔法攻撃を何度も食い急速に沈んで行っている。タランは遠ざかって行く奴らの船を睨んだ。
その時、奴らの船から何かが発射されるのが見えた。その数秒後に前方の沈没船の周りに何かが落ちて行き、爆発した。大きな水柱が次々と立った。エルフなのか船の一部なのか分からない物が空高く吹き飛ばされるのが見えた。そして、あの爆発を引き起こした物がこちらにも来ている事を理解したタランは敵船に向かって叫んだ。
「クソがあぁぁぁぁぁッ‼︎!」
次の瞬間、タランは細長い物体が目の前に落ちてくるのを見た。それが海面に突き刺さった後に海面が爆発。タランの意識はそこで途絶えた。
こうしてルメルデンに居るエルフ達の希望は途絶えたのだった。
どうだったでしょうか?今回は久し振りに一万字も書きました。次回でエルフ編は終わる予定なのでお楽しみに!