第70話 駆虫作業
「エリナだいじょうぶだよ」
もう一度、自分の魔力を使ってくれるように推してみるよ。折角自分が役に立つんなら、お手伝いしたいもん。
そしたら、お爺様とお母様とサヨコさんが集まってヒソヒソ内緒話をしている。
ペキ君の両親は、お爺様達から少し離れて成り行きを見守っている。2人とも平民なので魔術については詳しくない。せいぜい基礎魔術で炊き出しが出来るぐらいだ。でも、小さい私の事を気遣ってくれているのは分かるよ。心配そうに私の方もチラチラ見ているもん。
「絶えず魔力量を測定しながら、エリナの魔力を使わせてもらおう。エリナそれでいいか?」
「うん!」
お爺様達は最終的に私の魔力を使うことを許してくれた。私の魔力の限界を知っておく意味もあるんだって。
やり方はこうだ。お母様が魔力測定魔道具を持って、私の魔力量を測定し続ける。魔道具は前にも使った両側を私とお母様が握って使うタイプだね。
それから、お爺様は私の反対の手を繋いで、私から魔力を抜き取ってサヨコさんに譲渡し続ける。それでサヨコさんが寄生虫魔獣を駆虫するための魔術を使う。私の魔力が無くなりそうならお母様がお爺様に知らせて魔力の譲渡を中止する。
「この魔術は発動にMP2000必要だけど、それは私の魔力でも余裕よ。ただ、その後の継続にはだいたい2呼吸の間にMP100を消費していくの。この広さの畑だと、少なくともMP 60000ぐらいは必要になるわ。昔の私なら兎も角、今じゃ魔族でもないと魔力が足りなくなる量よ」
「事前に魔力を溜めておける装置でも用意すればいいんだが、そんなもの国王ぐらいしかもっとらん」
“そんな物があるんだ。外に魔力を溜めておけるなんて便利だな。う~ん。そうか・・・。”
「エリナちゃんの魔素変換速度頼りの荒業よ。いいかしら? じゃあいくわよ。まずは気配探知 継続。それから微光殺! 継続! 最後に魔力誘導 継続」
サヨコさんが呪文を唱えると、続けてお爺様も呪文を唱えた。
「魔力吸収 継続。 魔力譲渡 継続」
サヨコさんの掌からものすごく細い光の線がいくつも放たれた。その光の線は掌を向けている草に向かっていく。あの光で駆虫しているんだね。
お母様と私が持っている魔道具の表示はMP300と100の間を行ったり来たりしている。“力”そのものを使うのに比べてまったく苦痛も疲労感もないよ。それより、ずっと立って魔道具を握っていることに疲れそうなの。
“カイセル君達やラック君達が興味深そうに「がんばれー」と応援してくれながら見ている。特にペキ君が目をキラキラさせて、すごく熱心に凝視しているよ。わたしより1つ年上なんだけど、控えめで大人しい男の子だから、マキちゃんの元気にいつも押されている印象だったけど、今日はなんか興奮しているみたい。大規模な魔術を見るのは初めてなのかな。私も初めてだよ。平民が基礎魔術以外に関わる機会なんてほとんどないもんね。”
少しづつ移動しながら作業を続けていくの。30分ほどでやっと畑の半分の駆虫が終わったよ。
「エリナ、気持ち悪かったり、おかしなことはないか? 」
「エリナ、つかれた。おすわりしていい?」
「そうか。ずっと立ったままだものな」
ずっと両手を繋いだまま立ちっぱなしは、運動不足の私にはやっぱり辛かった。そしたら、お爺様は片腕で私を抱き上げて腕の上に座らせてくれた。
「これならどうだ?」
「うん、だいじょうぶ。おじいさま、ありがとう」
お爺様が立ち上がると、腰からゴキゴキ音がした。お爺様も私の手を掴むので、ずっと半腰姿勢だったの。お母様も魔道具を見ながら、たまにしゃがんだり立ったりしているよ。
「バリュッシュ様、皆様お疲れの様ですし、休まれてはいかがでしょうか?」
“ペキ君のお父さんが申し訳なさそうに提案してくれる。貴族に働いてもらっているのに、自分が何もできないのは心苦しいんだろうな。“
「途中でやめると、その分魔力を使うのだ。それに、折角駆除した作物にまた魔獣が移動してしまう」
更に30分かけてようやく畑全体に魔術をかけることが出来たよ。私はお爺様の腕の中でぐったりして、頭を肩に持たれかける。
つ、疲れた。手を繋いだまま同じ姿勢でいることがこんなに辛いなんて知らなかったよ。怪我でベットにずっと寝ている時はそこまで感じなかったけど、あの時とはやっぱり状況が違うんだよね。
「お、終わったわ」
「流石に疲れましたわね」
「エリナ、平気か?」
「つかれたの」
作業が終わってみんなが寄ってきた。ペキ君の両親が「ありがとうございます。ありがとうございます」と何度も頭を下げているよ。
アンとトロアがお盆にお茶を載せてもってきてくれた。それを飲みながら、お爺様とサヨコさんが私を見詰める。
「エリナちゃんお疲れ様」
「魔力は大丈夫なのか?」
「はい、すでにMP300に回復しています」
私もお母様も魔道具から手をすでに放している。私の魔力はほとんどMP100を切ることなく瞬時に回復していた。
「これは他言無用にしないといけないな」
「そうね」
「あとは、この魔獣の研究依頼か」
「一株駆除しないで鉢に分けてあるから、これを王都で調べましょう。概在なのか新種なのか専門家に見てもらうわ」
「そうだな。頼めるか?」
「いいわよ」
今回の畑の被害は、平民の個人レベルの問題じゃなくて、お爺様の領主として対策しなければならない事だったみたい。こんな寄生魔獣が広まったら、作物に大打撃で王都の食糧不足につながりかねないからね。
その後、王都に送られたこの魔獣が調べられると、実は農家ではごくありふれた魔獣で、駆除方法も確立できていることが分かった。ただ、あくまで作物を作ることを生業にしている人たちにとって当たり前なだけで、一般的な魔獣ではないらしい。今回の様にこの魔獣の所為で家庭菜園の作物が全滅すると、たまに大騒ぎになるらしい。
この報告が届くと、お爺様とサヨコさんは膝をついて四つん這いで肩を震わせていた。苦労した割には、結末はあっけない物だったの。
裏の畑被害の原因が解決してから数日後、お爺様とサヨコさんからまた、呼び出しがあったよ。
「3日後、ハク様に謁見するため出発するぞ。準備はこちらでするが、その間病気になったり怪我したりしない様に注意しなさい」
そういえば、ハク様には何のために会うんだっけ? お爺様のお友達なのかな? 聞いてみたら、私のステータスを調べるためだった。表層的なものは魔道具で調べられるけど、とっても簡略化された物みたい。お爺様やサヨコさんの魔術でも調べられるけど、私の事はうまく調べられなかったんだって。
ハク様のステータスチェックはとっても優秀で、隠し事が出来ないらしい。なんかちょっと怖くて恥ずかしいな。
“まずい、まずい、まずいわ。もし、本当にそんなにすごい検索をかけられるのなら、『私』の事まで調べられてしまうかもしれない。お爺様には次の覚醒時に話そうと思っていたけど、その前に、私の事が知られちゃったら、お爺様達になんて思われてしまうかしら。隠し事をしていた悪い子?
それどころかプロテクトされた事実まで明るみでたら、どうなっちゃうんだか想像もできないよ。なにか対策が必要だわ。”
「謁見の地である聖都までは、剣馬に乗っていくわよ。エリナはクーガに乗せてもらいなさい。片道2日の行程だから、途中宿で一泊ね」
馬車じゃなくて、剣馬に直接乗っていくんだ。お馬さんに乗るのは初めてかな。他のみんなは剣馬に乗れるのかな。カイセル君やネイリちゃんはお母様やサヨコさんに乗せてもらうのかな。
「おかあさまはおうまさんにのれるの?」
聞いてみたら、予想外の返事が返ってきた。
「今回謁見が許されたのは我々3名だけだ。しばらくお別れになるが我慢できるか?」
え!? おわかれ? うう、寂しいな。寂しいけど、我慢しないといけないよね。
「はうん、がまんする」
私のために行くみたいだし。ううーお母様。
聖都に出かけてる間は、カイセル君達はお留守番。子供は私一人きり。だから今の内に沢山遊んでおこう。
というわけで私は、丁度手が空いていた侍女のトロアと一緒にいることを条件に、別荘地を散歩する許可をもらった。カイセル君とネイリちゃん、そして誘ったら一緒に遊んでくれることになったペキ君とマキちゃんも一緒だよ。ラック君は残念ながら学校からまだ帰っていなかったの。
別荘地には小さなお池があって、そこに来る水鳥を見ながらのんびりできるベンチが設置された公園になっているよ。水鳥は赤や茶色、中には金色の羽を持つ大小様々いて、珍しくて面白い。王都では見たことない鳥ばかりだよ。
「あれがカンキリ、あれはつち鳥、あっちの光っているのがウグスズリ」
ペキ君が水鳥の名前を教えてくれた。
「えっと、あ! あれなら私も知ってる。ポビリン鳥!」
マキちゃんも負けずに教えてくれた。マキちゃんが指差しほうにいた白い大きな鳥が、「ポッピィーン!ビリビリ!」と鳴いた。変な鳴き声だよ。
「ポビリン鳥は渡り鳥で、暖かくなって来ると南下してこの辺りに来るんだ。寒くなってくると北の魔族領まで飛んでいくって言われているよ。何でわざわざ、暑い時期に更に暑い所に来てから寒い時期に更に寒い所に移動するのか良く分っていないんだ」
ペキ君は鳥さんが好きなのかな。随分詳しいね。
公園には私達以外にも、色々な人が来ていた。みんな別荘地の人なのかな。中には避暑に早めに来ている人もいるのかもしれないけど、地元の人と見分けはつかないよ。この辺りの平民はみんな比較的良い服を着ているの。旅行で来たラフな格好の貴族と大差ないの。
しばらく私たちがベンチに座ってのんびりしていると、池の向こうから3人の子供がやってきたよ。
「なんだ、ペキとマキじゃないか。ちょうどいいや。マキ! こっちに来い。遊んでやる」
その中の一番小さい男の子が私たちに気づいて、駆け寄ってくると、マキちゃんの手を引っ張って連れて行こうとした。マキちゃんはちょっと嫌そうにしているよ。
「バル! 何偉そうにしているの! きちんと挨拶なさいな!」
背の高い女の子のお姉さんがそんな男の子を嗜めてくれた。
「知らない子もいるな。侍女を連れているから、貴族かな? 初めましてお嬢さん。俺はピテジア=ダン=ゼアだ。10歳で、ゼア男爵家の長男だよ。よろしく」
紳士らしく挨拶してくれたのは、お姉さんほどではないけど、やっぱり背が高いお兄さんだった。男爵ってことは貴族だね。貴族に会うと、いつも嫌な思いをするから、警戒することにしよう。
「私はセラ=ダン=ゼア。12歳。長女よ」
お姉さんも淑女の挨拶をして名乗ってくれた。
「ふん! 俺はバル=ダン=ゼアだ。6歳だ。おまえああああ!」
「?」
バル君がしぶしぶ挨拶しながら視線をマキちゃんから私に移したとたん、急にお顔が耳まで赤くなった。ん? 私と同じで人見知り? マキちゃんを見ていた時も頬が赤かったけど、私を見た途端アワアワしだしたよ。この子は偉そうにしているけど、内弁慶なのかな。
私も貴族らしく挨拶しなくちゃね。
「エリナ=ドレイク=アンリューク=バリュッシュです。バリュッシュはくちゃくけのじじょです。よろしくおねがいします」
スカートを持って淑女の挨拶をした。ちょっと咬んじゃったけど、上手くできたと思うよ。




