第36.5話 クーガ視点 誘拐直前
俺は頭を抱えた。俺は自分が考えていた以上に、この国、カルディナック王国を信頼していたらしい。平和な国だと思っていた。いや、平和な国になってきたと思っていたのだ。
まだ、貴族の中には選民思想を持つ者もいるが、王国建国当初に比べれば激減している。その証拠に平等を謳った学校や孤児院が設立されたり、平民の孤児の中から国の要所で働く者も選出されている。俺たちの思いが時間をかけ、この国に浸透してきていると実感していたのだ。
だが、実際はどうだ。俺の期待は裏切られた。いや、責任転換はやめよう。俺がまだまだ甘かったのだろう。500年におよぶ苦労は、今回の事件でまだまだ予断を許さないのだと実感した。太古の昔、神が行ったという所業の尻拭いは終わりそうにない。
王都に対する息子の見解の方が正しかったのだと、反省せざるおえまい。まさか、養女として引き取った幼女が誘拐されるとは、なんたる失態だ。
脅迫状が我が屋敷に届けられたのは、俺がまだ城内での頼まれごとをしている最中だったそうだ。
その日、俺クーガ=ドレイク=アンリューク=バリュッシュは王に呼び出され、王城にある隠し部屋に来ていた。建城当初に造られた部屋だが他が改装や修繕をされる中、ここだけはその目的の意味合いから全く手をつけられていない。しかし、今でもしっかり機能しているのだからたいしたものだ。当時の建築家と建築魔術師に称賛を送りたい。
さて、その当時を思わせる古びた隠し部屋の中にはすでに俺を呼び出した奴らが待っていた。スクール=フォーン=バル=クンガル=カルディナック王。このカルディナック王国を統べる現国王だ。それだけでなく、その妻である王妃サラ=フォーン=バル=クンガル=カルディナックと、さらに前王フリード=フォーン=バル=クンガル=カルディナックまでもがすでにソファーに腰をかけ、お茶を飲んで談笑をしていた。
「クーガよ、よく来た。さあ、座ってくれ。サラ、お茶を頼む」
「はい、あなた」
王は王妃にさも当然とばかりにお茶の用意をさせた。王妃自らお茶を入れてくれるなど前代未聞だが、俺と彼らとの間柄ではいつものことだった。ここは王族のごく一部しか知らない隠し部屋だ。友人たちに会うのに特別な作法もないだろう。
「ふう、旨いな。さすがサラ嬢だ」
「あら、クーガ様、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」
公の場では決して使えない昔からの呼び方で俺は褒める。お世辞なものか、昔からこの女性の入れる御茶は格別だ。この子も昔から変わらないな。実際の年齢に似つかわしくない可愛らしい笑顔でコロコロと笑っていた。
「さて、今日の呼び出しは何かな? 帝国の政情はこの前報告したし、聖都の汚職もひと段落したはずだ。あとは創生聖教国だが、こちらはまだ内部調査が進んでいない。なかなか尻尾を掴ませてくれんのだが、やはり内側はかなり腐敗していそうだ」
我が国の周辺国家は西にレムレン帝国、通称”帝国”。北に小国フェリン聖皇国、通称”聖都”。そして帝国の南側に大国家、創生聖教国がある。
帝国は我が王国より歴史が古く、伝統と最先端技術が融合した素晴らしい国だ。しかし、たびたび魔族の襲撃や策謀にあい、現在国内は荒れている。
聖都はこの世界に魔法をもたらした女神を祀る救世紳教の総本山で、帝国とも接している。学業が盛んで、我が国の学校も聖都にある学院を参考に造られた。
創生聖教国は我が国とは土地では直接は接していないが、海で国境が接している。聖教徒が支配している創造紳を祀る国だ。
現在俺はこの国の動向に注意を払っている。どうもキナ臭い動きがあるようだ。今回、王が俺を呼び出したのもこの件だろうと考えたのだが、どうも違うらしい。
「いつも、あなたの手を煩わして済まないな。今日はその件ではない。この国とあなた自身のことだ」
「俺のこと? なんだ?」
「一部の貴族から貴族の権利を主張する者があってな」
「貴族の権利?」
「今のこの国は、法律により税率から罰則にいたるまで細かく決められている。王にのみ法律の許す範囲内で口を出す権限があるが、貴族にはそれがない。領地を持つ貴族にももちろんそれは適用され、領主には自分の領地であっても法を超える権限はない。それを領主共は不服に思っている」
「ふん! なるほど、昔のように自分の采配で領民から税を搾り取り、はては罪でさえも自由にしたいというわけか」
「そこまで極端なのは極一部だ。大昔に造られた法律では今の時代に合わない部分もある。もう少し緩和して、より領地の発展を迅速に行いたいというのが言い分だ」
昔から多くの領主は自領の発展のために創意工夫をしている。ただし、その発展が領民のためのものならば賛同できるが、大抵は自己保身や自己満足のためであることが多い。それを回避し、領主・貴族達の指針となるために造られたのがこの国の法律なのだ。
時代の流れで、昔につくられた法律が今の時代に合わなくなることは多々ある。法律を改定することで、領地と国が、ひいてはそこに暮らす人々がより幸せになれるなら、いくらでも法改正すればよいだろう。
しかし、その裏側に暗い思惑が隠れていることも度々あるものだ。それを精査し吟味し、適切な対応をする必要があるだろう。そのための王家だ。
王家は国民の平和な生活、人間らしい暮らしを守るために上に立っているのだからな。貴族はその王家を支え、領主は直接民と触れ合い、間接的にしか国民に接することのできない王に情報を与え、また王の考えを民に伝えなけらばならないのだ。
王の重圧は大きい。その重圧をすこしでも和らげられるように、経験者である俺が領主・貴族として王を直接支えられる地位にいるのが望ましいと考えた結果が、今のこの立場なのだが。
さて、どうしたものかな。そういえば、他にも俺を呼び出した理由があると言っていたな。
「そうか。それで、俺に関することとは?」
「あなたの領地が現在この国で最も開発が進み発展している。領民の不満も少なく、移住希望も多い。領地内は平民も貴族も平等に扱われ平和だ」
「それが当たり前だろう?」
「王都の貴族はまだ、その考えについていけないものが多いのだ。そのため、バリュッシュ家は平民を優遇すると甘い言葉で騙し、他の領地から領民を奪い取っていると思われている」
「はあ?」
先にも言った通り、貴族・領主は王と民の間に立って導く存在だと俺は思う。俺はそれを率先してやっているにすぎないのだがな。まあ、昔の記憶を頼りにしている分、うまくいきすぎている事は自覚しているが、他の領主が俺のやり方を真似しようとも、別に構わないのだ。現に俺に相談して上手く領地を発展させている領主だっている。結局意識の問題だ。貴族至上主義である限りは、行えない政策だからな。
「実際は貴族と平民を同列に扱う現王家の考えに反発しているのじゃろう。しかし、その矛先をバリュッシュ家へと向けているのじゃ」
今まで黙って我々の話に耳を傾けていた前王フリードがここで、声を出した。
「で、そいつらは結局、どうしたいんだ? 何を要求したんだ?」
「バリュッシュ家及び領地への内偵と査察だ」
「はっ! くだらん。叩いて出るホコリなぞないぞ」
「出なければ、余所から持ってくるか、さもなくば出たことにしてしまえばいいと考えているんじゃろう」
「おいおい、そんなことしても無駄だと分からんのか? たしか10年程前にも同じような手段でケンカを売ってきて、結局取り潰しになった領主がいただろう? 覚えていないのか?」
「覚えていないんだろうな。もしくは知っていても、自分らは大丈夫だと考えているんだろう」
「この件に関しては我々が責任を持って事にあたる。しかし、どうも全容が掴めん所があってな。思いのほか大規模な事態になるんじゃないかと心配なんだ」
「それはお前の例の予感か? 悪い予感は必ず当たるという。そうか分かった。こちらも気を付けよう」
現王スクールの予感はバカにできない。どんなスキルなのか気になるところだが、まあいい。十分気をつけよう。その後、この件に関して細々と今後の対応を決めていく。時間がかかり、非常に面倒なのだがしかたあるまい。城からなかなか出られない王族に代わって俺が動かないといけない事も多々あるからな。
「ああ、そうしてくれ。ところで、お前が引き取った養女はどうだ?」
一通り話が終わると、急にスクールがエリナの事を聞いてきた。俺が子供を王都に拾って来ることはよくあることなので、いつもは気にされもしないのに、どうしたことか? まあ、いつもは孤児院に入れるのに、今回のように養女にしたのは初めてだからか。
「んん? かわいいぞ」
「いや、そうじゃなくて」
「家族にも慣れて、すっかり末娘として可愛がられている。いい子だ」
「そうか。だが、その子にも注意を払ってやれ」
「なに? どういうことだ?」
「平民かもしれない子供を貴族の一員にすることに苦言を呈している輩がいる」
「まさか、お前にそんなことを言ってきた者がいるのか?」
「ああ、そうだ。だが、それだけではない」
「うん? どういうことだ?」
「その子供が平民ではないかもしれないと考えている貴族もいるらしい」
「エリナが貴族かもしれないということか? なら平民ではないし、問題ないではないか」
「いや、それがなそうでもない。その養女、エリナと言うのか。エリナ嬢が貴族ではないかと噂しているのが、公爵連中なんだ」
「公爵ということは、王族の近親連中か」
「ああ、その子の年齢がな、亡くなった叔父の子供と・・・」
スクールの話と途中で、俺の頭の中に、直接魔力の波動が響いた。これは魔術による連絡手段だ。使用できるのは、ごく一部の英雄クラスの魔術師のみだがな。この波動は魔導士長のサヨコからだな。
「ちょっとまってくれ、サヨコから連絡が入った。・・・・・なに!!エリナが攫われた!?」
詳しいことは、サヨコに会いに行ってからだな。会議中だが、俺にとって優先順位は王族より子供の方が高い。
「忠告が少し遅かったようじゃの」
「・・・・いや、忠告は有難かった。続きは後日にしてくれ。詳しいことはその時聞く。俺はすぐ屋敷に戻る。今日はここまででいいか?」
「ああ、もちろんだ。すぐ行ってやれ」
「クーガ様、お気をつけて、ご健闘を」
俺は隠し部屋を出た。しかし、すぐに屋敷には戻らず、王城内を移動し、王宮魔術師達のいる東塔へ向かった。魔道師のトップであるサヨコの部屋はそこにある。
俺がノックをすると、すぐに部屋の中からサヨコから入るように返事があった。部屋に入ると、机に向かって椅子に座っていたサヨコがこちらを向いた。その隣には息子カイがいた。
「カイ、エリナの件はお前からの情報か?」
カイには、俺との連絡手段の裏ワザとして、サヨコに頼るよう以前から指示していた。俺はよく連絡の届かない土地に(家族に内緒で)行くことも多いし、今回のように王族が関わる時は連絡の取りようがないからだ。
「はい、父上。直接連絡出来ませんでしたので、サヨコ様を頼らせていただきました」
サヨコと俺は魔術的な繋がりでの連絡手段がある。通常の魔術ではないので、秘密にしているがな。
「そうか、ありがとう、サヨコ。それで、エリナが誘拐されたとはどういうことだ?」
「今日はクラインの友達の貴族の屋敷にお呼ばれしていたのですが、その帰りに貴族街に寄り道をした際に、何者かに連れ去られたそうです。非常に素早い刺客のようで、見失ったようです」
どうやら、エリナを攫った者は、現場にいた者たちの話では獣人だったらしい。獣人は人に分類されるが、体の一部が獣のような見た目をしており、普通の人間より魔力で劣るが肉体能力では飛躍的に勝る存在だ。
クラインは父親であるカイの指示により、いつも護衛として専属の騎士を付けている。だが、通常は他の者に気づかれないように、距離を置いて護衛をしているため獣人の逃走速度には敵わず取り逃がしてしまったらしい。すぐに、憲兵隊に連絡し、王都全体に捜査網を広げたが、今のところ手がかりすら掴めないということだ。
「クラインがひどく取り乱して屋敷に戻ってきたので、アンとトロワから事情を聴きました。侍女二人が丁度クラインとエリナから離れた所を無理やり引きはがされたようです。どうやら、最初から見張られていたようですね。寄り道はあくまで予定外の偶然ですので」
バリュッシュ家を貶めるための手段として何かしら計画されているのか? 俺は呑気にも、随分知らぬうちに敵を作っていたようだ。
「何者かは不明ですが、とにかくエリナの安否が心配です。父上であれば何かエリナを探し出す良い方法をご存じではありませんか?」
方法は幾つか思い当たる。しかし、どの方法も、あまり大っぴらに出来る手段ではない。だが、今回義理とはいえ孫の命がかかっているかもしれない。余裕などないのだ。




