Colorful World 〜the created world 〜
『からふるわーるど』の誕生秘話です。
本編もどうぞよろしくお願いします。
窓から入ってくる日光が、部屋の中を照らす。
俺は制服を着ながら目を細めた。
6月も半ばを過ぎてガッツリ梅雨の時期になっているにもかかわらず、雲ひとつない空に浮かぶ太陽は今日もその眩しすぎる笑顔を地上に振りまく。
今年の梅雨前線は遅刻気味のようだ。
俺は少し苦笑して、照りつける太陽の下へと繰り出した。
俺は御陵 俊也。平凡な高校3年生だ。
平凡な、という説明ではアバウトだと思うかもしれないが、俺を表すのにはこれだけで十分だ。
成績、容姿、運動能力全てにおいて中の中。
長くも短くもない髪は、目と同じく俺が日本人であることをこれでもかと象徴する黒。
体型は中肉中背で、クラスでも目立たない存在だ。
な?平凡だろ?
俺は自分を説明するのが面倒で平凡と言ったのではなく、平凡ということ自体が俺の特徴なんだ。
悲しくてつまらない男であることは俺も自覚してる。
でもこんな俺だって、今まで何の希望もなく生きて来たわけじゃない。
俺の唯一の生き甲斐。それは、勉強机の引き出しにしまってあるヨレヨレになったノートだ。
ノートの中には、俺が創り出した物語、つまり小説が書かれている。
高校生になってから書き始めた異世界転生モノで、新しいノートの半分以上を既に埋め尽くしている。
主人公がチート……では当たり前なので、少しだけチートにしたつもりだったのだが、いつの間にか普通にチートになってしまっていた。気にしたら負けだ。
この小説を書いていることは誰にも言っていない。
当然恥ずかしいのもあるが、1番大きな理由はそこではない。
俺が創り出した、俺の好きなようにできる、俺だけの世界。
そこに他の誰かが少しでも踏み込んでくるのが嫌なのだ。
そんなわけで、俺の小説について知っているのは、この世界で俺しかいない。
この事実だけでちょっとした優越感に浸れるから人間ってのは単純なものだ。
最近では学校にいる間ずっと小説のことを考えて過ごす。
次の話はどうしようかとか、新しい登場人物はどんな奴にしようかとか、異世界に盛り込めるネタはないかとか……。
授業?何それ、美味しいの?
俺は他の奴みたいに良い大学に入って出世しようだなんて全く考えていない。
平穏に暮らすのが、俺の望みだ。
あれ、どこぞの殺人鬼みたいになってる。
でもあの人は意図して目立たないようにしてるだけ俺よりマシか。
俺はどう頑張っても良い目立ち方はできないからな……。
「じゃあ悪い方に目立てばいいじゃない」
突然声をかけられ、俺はビクッとして振り向く。
そこにいたのは中学の頃からのクラスメイト、清水 琴音だった。
「良い目立ち方ができないんだったら、ちょっと悪ぶってみたら?目立てるわよ」
「悪い目立ち方してどうするんだ。それよりお前、俺の心の中読むなよ」
「心は読んでないわ。読唇術よ」
「方法がリアルなだけに余計怖えよ」
「失礼ね、俊也がいっつも口だけ動かしてるから勝手に身についたんじゃない」
「なんとか読み取ろうとするのが怖えんだよ。つーか俺そんな癖あんのか?」
「今更気づいたの?教えなけりゃ良かった」
「教えて頂いてどうもありがとうございます」
これから気をつけよう……。
ん?ちょっと待てよ。
俺の声無き独り言が、読唇術で読み取られてたんなら、俺が小説書いてることもバレちゃってる⁉︎
「な、なあ琴音。お前、他にも何か読み取ったりしてないよなあ……?」
「何かって……例えば?」
「例えば、その、何だ、俺が何か書いてるとか……」
「え、あんた何か書いてるの?」
「いや、知らないんなら良いんだ。さあ、今日も青春の1ページを刻みに行こうぜ!」
「良くないわよ!何書いてるか教えなさいよ!」
「そういえば今日日直だったー。早く行かないとー」
「白々しすぎるでしょ⁉︎あ、コラ待ちなさーい!」
「待ってろよ学級日誌!」
「宝物みたいに言うなッ!っていうかあんた一昨日日直だったでしょうがー!」
鬼の形相で追ってくる琴音から逃走しながら、俺は教室に着いてからどうやって誤魔化そうか考えるのだった。
まあ結局琴音は興味を失くしたみたいで、何事もなく1日が終わった。
次の日–––––。
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
外は、ようやく梅雨らしく雨が降り出していた。
傘を持ってきて良かった。天気予報は近頃毎日雨予報だったけど、やっと当たったな。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってか。
弁当を広げて、天気予報に心の中で皮肉る。
「ホント、鉄砲下手すぎよね」
琴音が自分の弁当を持って近づいてくる。
っていうかまた口だけ動かしてたのか俺。
「おう琴音。いい天気だな」
「どこがよ。これがいい天気なら、あんたの心って相当ジメジメしてんのね」
「ジョークだよジョーク。メキシカンジョーク」
「おかしいわね、私にはスペイン語は一言も聞こえなかったわ」
「お前はもう少し広い心を持つべきだな」
全く、クソ真面目な野郎だぜ……。野郎ではないか。
「で?何の用だ?」
「あ、タコさんウインナーだっ♪もーらいっ☆」
「お前には話の流れという概念がないのか?」
「分かってるのにシラ切ってるあんたの方がよっぽど呆れられるわよ」
「な、何のことかな……?」
「もう、鬱陶しいわね!昨日はちょっと忙しくてきけなかったけど、あんたが書いてるっていう何か、教えなさいよ」
諦めてなかった……。
何て無駄に執念深い奴だ。
「俺は何も書いてない…書いてないんだ……」
「何よそれ…。書いてないわけないでしょ!あんたの動揺の仕方、普通じゃなかったわよ?」
「それでも僕は、書いていない」
「うるさいわよ。何で映画のタイトルみたいになってるのよ」
「書くマゲドン」
「確信犯じゃない!何よ『書くマゲドン』って」
「しつっこいなあー。何だってオイラの書いてるものが気になるってんだ?てやんでい」
「キャラが迷子になってるわよ。だってあんなに焦って逃げ出したら気になるじゃない。どうせ人に見せられないもの書いてるんでしょ?二次絵とか」
「うん書いてないね。二次絵は真面目に書いてないね。俺がそんな趣味じゃないことぐらい知ってるだろ?」
「じゃあ何書いてるのよ?」
「うっ……。そ、それはだなあ……」
うう、嫌だなあー……。
この学校では1番付き合いが長い琴音でも、俺の小説に入ってくるなよな…。
「何よ、やっぱり言えないんじゃない。分かった、同人誌でしょ?」
「違えよ!」
「じゃあ何よ?」
ううー……。
言うのか?言っちゃうのか俺〜⁉︎
「何なのよ〜?」
「っ!だ、誰にも言うなよ〜…!」
ハイ言っちゃいました俺。
あ、訂正。逝っちゃいました☆
「何だ、そんなこと?」
「へ?」
意外にも琴音の反応はあっさりしたものだった。
「別に恥ずかしいことでもないじゃない」
「いや、そういうんじゃないんだ」
「え?どういうこと?」
俺は琴音に全てを話した。
小説の内容以外な?そこは守りきる。
「そ、そう……。何か悪いことしちゃったわね……」
「今更反省すんじゃねえよオ〜〜ッ」
「ご、ごめんなさい……」
遂に俺が小説を書いているという事実にたどり着く猛者が出てきやがった。
流石に俺を気遣って琴音はそれ以上踏み込んで来ないが、もう心はボロボロだ。
1時間目の体育がマラソンだったせいで、ついでに体はボドボドだ。
「で、でも、私はそういうの、良いと思うな」
「へ?」
「自分で好きなように世界を創れるって、凄く楽しそうだし……」
「次にお前は、『その小説、読ませて欲しいな』と言う!」
「その小説、読ませて欲しいな……ハッ」
「どうだ、スゲーだろ!ヘッ」
「って何やってんのよ!せっかく良いシーンだったのに!」
「お前だってノリノリだったじゃあねーか」
「良いから喋り方戻して!」
「へいへい、戻せば良いんだろ戻せば」
不貞腐れている俺だが、実はすっげー爽快だった。
大体次のセリフは予想できていたのだが、ここまで正確に当たるとマジで気持ちいいな。
ジョ◯フはいつもこんな快感を味わってるのか。
「もう、あんたって人は……」
「話を逸らすためには手段を選ばんもんねー僕ちゃん」
「もうそれは良いわよ!で?読ませてくれるの?くれないの?」
「読ませると思うのか?」
「……読ませてくれないでしょうね」
「分かってるじゃないですか」
「はあ〜ッ、分かったわ。私はもうその話には触れない。それでいい?」
「おう」
「でも1つだけ、1つだけ頼みがあるの––––––––
放課後––––。
「うわ、かなり降ってるな」
あいにくの大雨だった。頻繁に雷が鳴り響き、黒雲で覆われた暗い景色を幾度も照らした。
早く帰ろうと歩調を早めた。前からライトをつけたトラックが走ってきて、俺は道の端に寄った。
今思えばあのトラックが来なければ俺はまだ高校生として普通の生活を送っていたかもしれない。不運なことに、俺がトラックを避けた少し先はごみ捨て場で、その日は大量に空き缶や鉄屑が捨てられていた。ちょうど俺がそこを通った時に無情にも雷は俺の足元の金属の群れを目掛けて、落ちた。
俺は死を目の前にして、昼休みの琴音との会話を思い出した。
「1つだけ頼みがあるの」
「ん?何だ?」
「その小説の、タイトルだけ教えて?」
「タイトル?(まあそれぐらいならいいか。)おう、分かった」
「教えて…くれるの?」
「ああ。とにかく俺が創った世界は、色が重要なんだ。武術なんかの特性も色で決まる。登場人物の個性も様々だ。だから、俺はこうタイトルをつけた–––––––––––
––––––––俺は何故この会話を最期に思い出したのだろうか。
走馬灯も何も走らない。
死の淵に立つ絶望感の中で、俺は温かな光を見た気がした。
無我夢中でそこに飛び込んだ。
この世界との繋がりがなくなるのを感覚的に理解し、咄嗟に地面を見た。
そこにあったのはビショビショになった俺の鞄から、一冊だけ飛び出したノート。
それは、俺が18年弱の短い人生で、1番大事にしたノート。
そのノートの表紙には、太いマジックでこう書かれていた。
『からふるわーるど』
その瞬間、俺は温かな光に包まれた気がした。