夏の始まりの事でした。3
「そうです、天使ですよー」
天使は両手を腰に当て、えへんと非常になだらかな胸を張る。
なんなんだこいつは、天使ですよーってどれだけ軽いんだ…ん?
「お前今、俺の心読んだのか!」
「それくらい君の表情を見れば簡単にわかりますよー」
天使はちょちょいのちょいと言いたげに、したり顔で人差し指を立てくるくる回している。
なんて分かりやすいんだこの子。
俺もこの天使なら心読めそう。
そんなことより、とサツキは仕切りなおす。
「お前が天使であることは千歩譲って受け入れよう。いや、この状況じゃ受け入れざるをえないんだが…。とにかくだ、お前は何故こんな所にいる?」
当然の疑問だった。
常識的で正常な人間であれば必ず行き着く先であろう。
「君が神様を冒涜するようなこと言うからだよー。神様はたまーに気まぐれで奇跡起こして、適度に神様の存在を知らしめるのが仕事だからねー。ただ最近は、若者があまりに簡単に奇跡を望みすぎるから、神様悩んで悩んで胃潰瘍になっちゃって休業中なの。その間私が代わりにお仕事しているわけですー」
「胃潰瘍…そりゃまた災難な…」
ひどく具体的な病名を言われ、全力で肩を引っ張られ現実に戻された気分だ。
天使は腕を組み、渋めの表情を浮かべながらうんうんと頷いている。
「ということなので、君に神様の存在を知らしめるために、お一つお願いを叶えてあげまーす」
あまりの一言にサツキの体は金縛りにあったかのように硬直する。
動いているのはいつもより遥かに増す心臓の鼓動だけだ。
落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
落ち着いて天使の言葉を咀嚼しろ。
これは、夢にまでも見た、あのシーンじゃないのか。
「もー遠慮しないで、ちゃちゃっとやっちゃおうよ。何でもいいからさー」
「おい、本当に何でもいいんだな」
サツキの眼は激しく血走っていた。
「え?」
「いいんだな!?」
「う、うん。いいよ…?」
サツキの勢いに明らかに気圧されているようだ。
当たり前だ。
このチャンス、死んでも逃さねぇ。
「よし…言うぞ!」
「うん…」
天使とサツキは同時にごくりと生唾を飲み込む。
サツキは深く息を吸い、そして叫ぶ。
「俺を女の子にしてくれええええええええええ!!!!!!!!」
俺の人生の何もかもを一つの言の葉にのせた。
サツキは必死に目をつむり手を合わせて祈る。
叶え…叶え叶え叶えッ!!!
そしてゆっくり目を開いた。
「これは…」
サツキは自分の体を綿密に確認する。
「男のまんまじゃねぇか!」
「まだやってないもん」
「なぜ!?」
「いやー本当にそんな願いでいいのかなーって思ってね。もっと世界平和ーとか、不老不死ーとかお金持ちーとかいろいろあるでしょー?いいのーそれでー?」
天使は首を傾けながらサツキに問いかける。
「いいんです!これで!頼む!!!」
「んーわかった。じゃなかった、おっけー!」
天使は親指をぐーっと立てている。
わざわざ言い直してまで。
どうやらこの動作にハマっているようだ。
それじゃあ、と天使は一枚のプリントをサツキに手渡す。
「ん?なにこれ?」
「うーんと、女の子になりたいってのは分かったんだけど、具体的にどんな女の子になりたいのか分からないから、そのプリントのアンケートに答えてー。その通りの女の子にしてあげるからー」
サツキは手の震えを抑えきれなかった。
そんな極上すぎるサービス…。
この天使、マジ天使。