第一話
『江梨、今日夕飯一緒に食わない?』
広海からの一本の電話。静かな電話の向こうとは反対に、こっちは鳴りやまない電話のベルや怒鳴り声で聞き取りづらい。
「え?今日?え〜っとちょっと待って。」
乱雑な机の上で膨大な紙きれに埋もれる手帳を探す。
「あっもしもし?ごめんね。今日は21時すぎなら大丈夫なんだけど…。」
チラ、と左手首に巻きつく白いフォリフォリの腕時計に目をやる。あとニ時間弱もある。
『そっかぁ21時か。ん〜まぁいいや。待つよ。もう二ヶ月以上会ってねーもん。二時間くらいあっという間だよ。』
なるべく早く終わらせるから、と詫びて携帯電話を切る。
広海は私よりも二つ年下だけど、数少ない私の理解者であり付き合って四年になる恋人。ギャンブル好きで時間にルーズだけど、とにかく優しくて私を大切にしてくれる。なくてはならない存在。そして絶対幸せにならなきゃいけない二人なのだ。
広海と出会った当時、彼には付き合って三年になる年下の彼女がいた。仲間内では有名な仲良しカップルらしく、それを聞いた私は広海を好きになることは絶対ないなと思っていた。
だけど意外なほどあっさりと二人は恋に落ちた。
きっかけは二人で居酒屋に行った時。
なんだかその日は体調が悪く、すぐに酔っ払いそして吐いた。もうすぐ終電の時間になったので駅に向かい切符を買った。私はJR、彼は私鉄だったので改札で別れることになる。でも、握りしめた切符を改札に通すことが出来なかった。彼また、別れの言葉を口にせず、私達はただ黙ったまま最終電車を見過ごした。
ホテルに誘ったのは私の方からだった。別に何かをしようとしていたわけじゃなくて、ただ酔いがまわって気持ち悪くて、とにかく寝たかったのだ。お互い帰らない理由を口にせず、気まずい雰囲気のままホテルに入った。もう一度言うけど、何かをしようと思ったわけじゃない。けど、もしかしたらという気持ちもあったのは事実。だけどそんな私の予想は裏切られる。
広海は一切手を出してこなかった。一つのベッドに寝転がり、私の右肩と彼の左腕が触れるか触れないかの微妙な距離。なんだか全身がヒリヒリする。神経が過敏になっている感じ。
私は彼とキスしたいという衝動にかられ、口に出してみた。一瞬動揺したように見えたけど、恐る恐る顔が近付いてきて、軽く触れるだけのキスをした。その時二人の関係が崩壊したみたい。そのまま静かにお互いを求めあった。
なのにさぁこれから一つになりますという時に、広海はできなくなり私に気を遣いながらもその日はそれで終了。後から聞くと、彼女の顔が頭に浮かび罪悪感に堪えれなくなったとか。理性が性欲に勝る男が、私にとっては初めてだったので感心したのと同時に『絶対射止めたい』と強く思ったのだ。
広海が完全に私のところに来るまでそんなに時間はかからなかった。
彼女の気持ちを考えると、私の胸も張り裂けそうになり、やっぱり諦めたほうがいいのか本気で悩んだ。広海のほうがその思いは強かったと思う。だけどどうしても私を忘れることは出来ないと、最終的に私を選んだ。その時に、安易な気まぐれではなく絶対真剣に付き合っていこうと心に決めた。