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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

目と耳の先の地獄

作者: 6u

 今日学校へ行くと田山先生の顔が半分無くなっていた。

 田山先生は今年教師になったばかりの若い先生で、僕のクラスの副担任をしている。女の先生で、なかなか愛嬌のある顔立ちをしているから、男子生徒に人気があった。その可愛らしい顔が、今日は半分しかない。右半分が、ごっそりと欠けている。断面から中身が見えて気持ち悪かった。

「先生、なんで顔が半分ないの?」

 ホームルームの最中、隣の席の灰崎さんが尋ねた。

「学校に来る途中にね、お腹を空かせた子猫いたの」

 田山先生は半分だけの笑顔を浮かべた。首を傾げているのはバランスを取るためだろうか。

「だから先生、私の顔をお食べって、顔を千切ってあげたのよ」

 どうやら先生は、女性の腕力で引き裂ける素材でできた顔面、または顔面を引き裂けるほどの腕力の、少なくともどちらか一方を有して居るらしい。どちらにせよ、人間業ではなかった。

「じゃあニャンコは飢え死にせずにすんだんですね」

 灰崎さんは胸の前で手を合わせ、嬉しそうに言った。

「ええ、ありがとうって言っていたわ。最近の猫にしては珍しく、礼儀正しい子だったのよ。ただ、そのあと車道に出て、車をはねていたのはいただけなかったわね」

 最近の猫は車の突進をはねのけることができるらしい。パワフルなようで、実に結構。

 一時間目は数学だった。数学の吉木先生はまれに二進法で授業を行う。この日がそうだった。僕は黒板を埋め尽くす一と零の羅列を、桁数を間違えないように気をつけてノートに写した。久保君が当てられて、前に出て問題を解くように言われた。久保君の解答を、吉木先生は一が一つ多いと言ってさんざんにこき下ろした。僕にはどの一が余計なのかちっともわからなかった。久保君は罰として窓の外に立っておくよう言われた。この教室は三階にあって、だから窓から出た久保君は落下して両足の骨を折った。吉木先生はそんな久保君に一層機嫌を悪くして、最近の若者は空中浮遊もろくにできないのかと文句を言った。因みに僕は、生まれてこの方空中浮遊をする人間を見たことがない。

 久保君はえんえん泣いていたけれど、誰も助けにはいかなかった。

 二時間目はテレパシー会話の授業だった。外国言語を学ぶよりテレパシー会話能力を発達させた方がコミュニケーションに有意義だ、という政府の方針のもと、三年前に英語に成り代わった科目だ。このテレパシーショックとでも呼ぶべき教育改革により、全国の英語教師が失業した。

 この授業は全てテレパシーによって進行するので、教室の中はしんと静まりかえっている。僕は脳内に響くニココ・バラマン先生(ハヒロッテ星人。肌が薄緑色)の声を聞きながら、なんとなく窓の外を眺めた。

 久保君はまだ呻いている。グラウンドを囲むフェンスの向こうの空には妖怪ヤマンダーが飛んでいる。

 ヤマンダーは僕に気付くと、笑顔を浮かべて手を振ってきた。僕も小さく、手を振りかえした。

 ヤマンダーは人間の負の感情から生まれた妖怪で、町に出没しては破壊と虐殺を繰り返すはた迷惑で最悪な存在だ。小さな男の子の姿をしているものの、神通力を宿しているため、その力は人類を圧倒している。

 ヤマンダーはどうやら本日の破壊対象を僕の学校に決めたらしい。ぐんぐんと此方に近づいてくる。窓ガラスを派手に割って、ヤマンダーは僕の教室に飛び込んだ。その拍子に、ヤマンダーは二ココ先生の頭部を蹴り潰してしまった。紫色の体液が黒板を汚す。何人かの女子が悲鳴をあげる。

「破壊大帝ヤマンダー! 参上!」

 ヤマンダーは教卓の上に降り立つと、腰に手を当て仁王立ちをして、高らかに名乗りをあげた。ヤマンダーの名乗りはコロコロ変わることで有名だ。断罪の使者だったり、虐殺魔王だったり、邪神将軍だったりと、その時々で違う。その辺りは完全にヤマンダーの気分によって決められているらしい。今回は破壊大帝だった。

「キャー! ヤマンダー様ー!」

「本物のヤマンダー様だわー!」

「こっち向いてー!」

 女子の悲鳴がうるさかった。ヤマンダーも同じように思ったらしく、しかめ面をしながら手近にいた女子を一人ぶっ殺してしまった。すると一層、女子の悲鳴は酷くなった。ヤマンダーはぶりぷり怒って地団駄を踏んだ。教卓がボコボコに凹んだ。

「いいかお前ら! 俺はこわーいこわーい妖怪のヤマンダーなんだぞ! もっとちゃんと怖がれっ! ばーか」

 んべーっ、と舌を突き出すヤマンダー。その仕草は、完全に見た目相応の子供だった。きゃー可愛いと女子が騒ぐ。甲高い声に、耳がバカになりそうだった。

「お前らうるさいっ! これでもくらえ! 必殺! スーパーウルトラグレイトスペシャルバーニングビクトリースーパーパーンチ!」

 ヤマンダーはやたらと長く、しかも『スーパー』が二つ入った技名を叫ぶと、拳骨を頭上に掲げた。僕はヤマンダーがその拳骨をそこらへんの女子に叩き込むのだと予想したけれど、違った。

「説明しよう!」

 ヤマンダーは楽しそうに言った。

「スーパーハイパーウルトラグレイトスペシャルバーニングビクトリースーパーパンチとは! ヤマンダーが持つなんか凄いパワーによって、空気を切り裂き音を置き去りにし、時空を捻じ曲げ、その過程で天地を動かし、目に見えぬ鬼神、猛き武士、男女の仲をも和らげ、さらに敵の体をぐっちゃぐっちゃのめっちゃめちゃのくっちょくちょにしてしまう、とにもかくにも凄いパンチなのだー!」

 言い終えると、ヤマンダーは満足げに鼻を鳴らした。

 僕はヤマンダーの言う『なんか凄いパワー』の万能性に、ただただ戦慄した。

 ヤマンダーはスーパーなんたらかんたらパンチを、別段騒いでいたわけでもない、まして女子でもない、たまたまそこら辺にいただけの小野君に向けて放った。閃光が僕の目を焼き、轟音が大地を揺るがした。それがおさまると、あとにはぐっちゃぐっちゃのめっちゃめちゃのくっちょくちょになった、哀れな小野君の姿があった。

 ヤマンダーは気が済んだのか、それ以上の破壊も虐殺もしないまま、さらばと言って窓から出ていった。一部の女子が残念そうな声をあげた。ヤマンダーが居なくなった後、クラスで手分けをして教室の片付けをした。掃除用具入れから箒と塵取りを取り出し、ガラスの破片や人間の破片を集めてゴミ箱に捨て、席に戻り三時間目の準備をした。

 三時間目は国語だ。国語の先生は名を松平という。彼は元々英語教師で、テレパシーショックにより職を失うものの、国語教師として舞い戻ってきた不屈の男だ。英語の復権を虎視眈々と狙っていて、隙を見せると英語の授業を始めようとすること以外は良い先生だ。

 この時間、クラスの全員がヤマンダーのもたらした衝撃により上の空で授業を受けていたため、先生の悪癖は発動した。気付くと英語の授業が始まっていた。

「それでは佐藤君。教科書の十八ページを英訳しなさい」

 松平先生はよりにもよって僕を指名した。テレパシーショック以後三年も英語の授業を受けていないので、僕は当然英訳なんてできなかった。代わりにインド語に訳して読み上げたところ、なんとかうまく誤魔化せた。

 三時間目が終わり、昼休みになった。本来なら次は四時間目があるはずなのだけれど、今日は四次元式に時間が進むので、昼休みだった。弁当を忘れた太郎君が自分の指を食べて、それを見た灰崎さんがぽそりとキモいと言った。僕は妹が作った弁当を開けた。中には卵が一つ入っていた。卵を突くと、ピシリとヒビがはいった。観察していると、中から羽毛の青いヒヨコが生まれた。

「わあ可愛い」

 ヒヨコを見つけた灰崎さんが言った。僕はヒヨコを灰崎さんにあげることにした。ありがとう、とヒヨコを受け取った灰崎さんは、何を思ったか、生きたままのヒヨコを頭からバリバリ食べてしまった。何をしているんだと言うと、灰崎さんは照れたように笑って、

「私闇属性だから」

 なんて訳のわからない言い訳をした。

 昼休みが終わると、次はもう一度二時間目をやることになっていた。しかし生憎と担当教師が絶命している。特例として僕のクラスは山田君以外全員家に帰っても良いことになった。

 帰り道、車をはねている猫を見かけた。猫は田山先生の顔の半分を道路にズルズル引きずっていた。 通りすがったガソリンスタンドで、リッターあたり百七十円のはハイオクを、女の人がグラスに注いで飲んでいた。君も飲んでみたまえと勧められたので、お言葉に甘えて少しだけご馳走になった。ちっとも美味しくなかった。

 公園の水飲み場で、太郎君が千切れた指を洗っていた。路地裏で灰崎さんが闇に溶けていた。ぐっちゃぐっちゃのめっちゃめちゃのくっちょくちょになった小野君が、這いずって自宅を目指していた。

 家に帰って玄関の戸を開けると妹が首を吊っていた。靴置き場の上で、ぷらぷら揺れている。

「あ、お兄ちゃんお帰りなさい」

 妹は僕に気付くと、喉がしまっているにしては元気な声をだした。

 首を吊るのは百歩譲っていいとしても、客に見られるとみっともないから玄関で首を吊るのはやめなさいと僕は妹を叱った。

「でもお兄ちゃん、家で首を吊れるのは玄関しかないじゃない」

 と、妹は膨れつらをする。

「お兄ちゃんも首を吊ってみればいいんだよ。凄い気持ち良いんだよ。天に昇るくらい!」

 そりゃそうでしょうね。

 僕は妹の脇を通って家の奥に行き、自室に入り、ベッドに潜り、頭から毛布を被った。そして自分が正気でいるかどうかを考えた。恐ろしい答えしか出ないので、僕はやがて考えるのをやめた。

 世界は今日も狂っている。僕はガタガタ震えながら一日が終わるのを待つ。

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