忘れ去られる星より
俺は照明が明滅する倉庫を歩いていた。
探し者をしている。ここには外へ出るための手段、脱出艇がある。
俺はこの世界から逃げ出したい。地獄だ。殺したくないと願っても、女王体の命令のせいで殺すしかなかった。
幸い、逃げることは女王体の命令違反にならなかった。俺達ウイルスの勢力を拡大しようと思っているのだろう。とにかく、脱出艇に乗ったら女王体の命令が届かない所まで逃げよう。
数ある脱出艇の中で、一つだけ出入り口が開いているのを見つけた。
俺はその船に乗り込むと、速やかに出入り口の開閉ボタンを押して壊した。誰も中に入ってこれないようにするためだ。
制御室まで進むと、船を動かすためのパネルを操作する。
全行程を終え、エンジンを点火させるとそいつは現れてしまった。そのまま隠れていてくれていれば良かったのに。
「何で来たのがお前なんだ!」
叫びながら殴りかかってくるように見えた。
だから俺はその人間をトカゲのような黒い腕で払った。
それだけで人間は壁に叩きつけられ、打ち所も悪かったのか気絶した。
これで殺さずに済むと安堵したら、人間の手から零れ落ちる物を見て戦慄する。
手榴弾だ。信管が外されている。
俺は手榴弾を手にとり抱かえこむ。一秒もたたずに爆発した。
体中が痛い。煙りが晴れると自分の体を見下ろした。
手が千切れている。胸が抉れている。床には溢れ出た自分の血が水溜まりのようにあった。
自分の血が床を溶かしていく音が次第に弱まる。
俺の命が持たない。
ならこのまま気絶している人間にこの脱出艇を譲ろうと考えたが、倉庫から出るための扉が閉まっているのを思い出す。
自動で開くわけではない。開けるためにはこの船に装備されている銃器を使って無理やり壊さなければならない。
倒れている人間を見る。この世界はあと少しで破滅するだろう。その時にはこの船ごと終わる。
俺は人間を殺すことにした。いつ目覚めるか分からない人間を生かして共に終わりを迎えるか、俺が生きてこの星から脱出するか。俺は数秒の葛藤の後に後者を選んだ。初めて自分から殺すと決めた。
俺達に感染した者は例外なく死ぬ。俺のように人を殺したくない個体が感染者から腹を突き破って出ないように頑張っていたら、結局は人間の人格は死んでその個体が主人格になった。 だから俺は今までこのような状況になったら迷わず腹を突き破って出てきた。人間を殺さないという選択肢はない。
それに今は時間がない。必要最低限の部位を生成したら直ぐに出た。
目の前のガラス張りの窓に映るのはタコのような姿をした俺。
俺はタコの触手を手のように扱い、パネルのボタンを順に押していく。
船の外に巨大なマシンガンが現れる。同時にパネル上にもそれを操作するためのレバーが降りてきた。
レバーに付いているボタンを長押しして、マシンガンから弾を撃ち出し、倉庫の扉を破壊する。
真空の空間ができたために、倉庫中の空気が軽い物と一緒に一気に吸い出される。
俺は気圧が安定するのを待って宇宙に脱出艇を発射させた。
地獄のようだった惑星があめ玉の大きさになるまでそう時間は掛からなかった。
ディスプレイで遠ざかっていく惑星を見ていると、惑星はあっけなく破裂した。
惑星で生き残っていた人間が自爆装置を作動させていたのだ。
どうやら女王体も脱出出来ずに星もろとも爆発に巻き込まれたようだ。人間に足止めをされていて脱出に間に合わず、断末魔がテレパシーによって聞こえてきた。
ざまあみろと心の中で喜んだ。
星の爆発の余波が船まで来て船体が少し揺れる。
その時ディスプレイにノイズが走り、砂嵐状態になった。船の電力まで消失したようで機器類も作動しなくなる。予備電源が入る様子もない。
気のせいか窓から見える景色がさっきと違うような。
船はどこも故障しているようには見えなかった。お手上げ状態だった。
自分の酸の体液のせいかと思い調べたがこれも違う。
制御室に戻ると窓から惑星が見えた。水や木があるようで青と緑の色だった。
美しいとか思う以前に、エンジンが掛からないこの状態で着陸しようとしたら確実に死ぬだろう。
船は惑星の重力に引っ張られている。
もはやここまでか。
あとは死ぬのを待つだけだった。
結果的に俺も船も無事だった。何故無事に着陸できたのか今は分からない。だが生きているのは確かだ。奇跡としか言いようがない。
外に出て少しはしゃいでみるのもいいかもしれない。
∀
ここに世界一間抜けな魔王がいた。
魔王は勇者達に敗れて逃げてきた。
「この我が敗れるとは、やるではないか勇者共!」
聞くものは誰もいない。人一人いない森の中である。
「フッフッフ。トドメを刺さなかった事を悔いるがいい。このままさらに力をつけて世界を混沌の闇の中に沈めてやろうぞ!!」
大口をたたいているが、この魔王は勇者達に完膚無きまでに叩きのめされ、トドメを刺される瞬間に泣きながらテレポートで逃げてきた情けないやつである。 「ほう、珍しい」
何かを見つけたようだ。 視線の先には黒いタコのような生き物が、足を器用に使って爆転をしていた。
「丸焼きにして我の地肉にしてやろうぞ」
止めておけば良かったのに。
魔王は手のひらに火の玉を出現させると、奇妙なタコに向けて投げた。
タコは逃げることが出来ずに丸焼きとなる。
痙攣しながら食欲をそそる匂いを漂わせるタコはしかしそれでも慈悲深くこう思った筈だ。(悪いことは言わない止めておけ……)
「フハハ。美味そうに焼けたぞ!!」
魔王はタコを拾うと足を千切って食べた。
「なかなか美味いではないか。地を舞うタコ(ランドダンスオクトパス)の丸焼きも」
これが最後の晩餐となったのである。
「う、グオオ! なんだこれは。体中が痛いぞ!」
暴れだす魔王。彼は致死率100%の未知のウイルスに感染した。
「お、おのれぇ。この我が地を舞うタコ如きに遅れをとるとはぁ!!」
本当にその通りである。 魔王が力尽きると同時に体から黒い霧を吹き出した。それは森を浸食するかの如く拡散したが何かに吸収され始めた。
空から落ちて来た船。性格にはその中の死体にである。
この魔王は間抜けではあるが二つの奇跡を起こした。
∀